第36話 決意トランスポート
「少し……お話をよろしいでしょうか、狭間様」
装備を整え、いざダンジョンに赴こうとしていた俺。
その背に声を掛けたのは換金所の主、ウルカさんだった。
珍しいな、彼女が換金所の外に出てるなんて。
余程の事がない限り彼女は外部へ出ない。
振り返った俺は調整室の待合所前に立つ彼女を見る。
均整の取れた肢体。
まるでベリーダンスを踊りそうな服装は非常に魅力的だろう。
身にまとった、そのシリアスな雰囲気さえなければ。
ヴェール越しでも分かる深刻な表情。
俺の中にある第六感が危機を囁き、警鐘を鳴らす。
彼女は高レベルユーザーにして行政側の職員でもある。
もしかして俺達の行動に何か不正があったと疑われたか?
いや、ちょっと待て俺。
他人を疑って掛かるのは良くない。
ひじょ~に良くない。
人類皆兄弟。
ちゃんと自分の行動を振り返れば問題ない筈だ。
――あれか?
コノハを囮に、業魔をどこまでトレイン出来るか試した事か?
あれは目撃者の少ない森林(ノ〇ニール)エリアだったから大丈夫。
最終的には自爆呪文で殲滅したしな。セーフ。
ならば――あれか?
砂漠(イ〇ス)エリア唯一の建造物、ピラミッド。
自爆呪文でどこまで傷をつけられるか試して……連続発動の結果、勢い余って完全崩壊させたやつ。
門番のスフィンクスに俺達以外に侵入している探索者はいない事を確認した後の話だから人的被害はない。
次の日には再構築されていたし、これもセーフ。
……な訳がないか、やっぱ。
もしかして全部アウトだったりするのか?
っていうか、ここ最近ロクな事をしてないんじゃないか、俺?
身に覚えがあり過ぎてダラダラ汗を流す俺を不審げに見つめてくるウルカさん。
まだ更衣室にいるコノハの幻影がジト目で睨んでくる気さえする。
ここ最近、俺の株価は最安値を更新中。
むしろ世界恐慌を起こしてそうな気がしないでもない。
「――狭間様?」
「ハイ、ナンデショウ?」
「どうして返答がカタカナなんですか?」
「ボク、ナニモシテマセンヨ?
ボク、イイスライム」
「――狭間様達<ソレイユ>が、最近派手にダンジョンを賑わかせていらっしゃるのは……ちゃんと把握しておりますので、どうぞご安心ください。
勇者であるコノハ様の糧になるなら、大概の事には目を瞑ります」
……全部バレていたらしい。
さすがの情報収集能力と褒めるべきか俺達が迂闊なのか。
多分後者だな。
しかし罪の告発と糾弾ではない――
ならばいったい彼女は何の用事があって俺に声を掛けてきた?
疑問に思った俺は率直に聞いてみる。
ウルカさんは幾分かの躊躇いの後、口を開く。
その内容は驚きのものだった。
「ミズキ様達が――
どうやら危機的状況に陥っている様なのです」
「――ミズキ達が!?
いったいどうして!?」
「これを見て頂いてよろしいですか?」
「何ですか、この小さい天球儀っぽいのは?」
「最近政府が開発した特殊魔導具【ダンジョンシーカー】です。
ダンジョン内部を簡易投影して探索者の動向を窺えます」
「なん……だと。
噂には聞いたことがあるが、まさか完成していたとは――」
「これもまだテスト段階です。
多人数の認識は出来ない為、最前線のパーティとなる方々のみに端末をお配りし、その動向を窺っておりました。
そして件のミズキ様達ですが……
今朝より最下層である10層のある地点からまったく動きがない。
バイタル良好を表す緑の光が燈っているのでまだ全滅はしていないようです。
ですが――徐々に色が薄くなってきているが分かりますか?」
ウルカさんが指し示す天球儀。
その最下層部にある三つの光点。
確かに彼女の指摘通り、それは徐々に色褪せ――
鈍い色彩へと変容し始めている。
「――救援要請は?」
「勿論――行っております。
しかし当該職員は出払い中で、あと1時間は掛かると――」
「くそっ!
エージェント達はいつも後手に回るな」
「不利な戦況の火消しが彼らの本業なので、決して責めないであげて下さい。
わたくしやレイカのような生産職と違い――
彼らは常に最前線を命を懸けて支え続けているのですから」
「あ――すまない。
これは俺の失言だった。謝罪する」
「いえ」
「でも貴女がここにいる、ってことは――
他の高レベルパーティへの要請も難しいって事だな」
「はい――現在最下層部に到達している6組中、他5組の方々にもアプローチしようとしましたが……探索中で既にダンジョンへ潜ってしまっているか、休養中ですぐには動けない状況なのです。
ですから――わたくしの知る限り最も有望なパーティにお声を掛けたいと思い、お待ちしておりました」
「つまり――俺達に行け、と?」
「――はい。
通常の踏破ではとても間に合わず、転移アイテムの力を借りなければならない。
ですが最下層まで行ったことのある者にしか、ダンジョン内転移アイテムである【移送の翼】は扱えません。
ただ地上に戻る【帰還の翼】とは違うのです。
何より狭間様は誰よりも最下層を熟知しているでしょう?
――謎だったダンジョン内全階層の地図を作り上げたのですから。
これのお陰でどれだけの探索者が命を救われたか分かりません」
「……俺が優秀だった訳じゃない。
仲間が――あいつらがそうしようとしたんだ」
攻略に逸る俺を諫め、各階層を丹念にマッピングをする。
その成果も無償で行政に提供してしまう。
当時の俺にとってその作業は、非常に無駄で効率の悪い苛立ち要因にしか過ぎなかった。
マッピングなんて未到達域だけで充分じゃないか?
迅速な攻略の方が重要じゃないか?
幾度かあいつらに抗議した事もある。
しかしあいつらは穏やかに首を振り、微笑み返すだけだった。
だが……上位職になった現在――
あいつらの功績がいかに凄かったか分かる様になった。
あいつらは自分たちだけじゃない――
探索者そのものの生存率を上げようとしていたんだ。
自らに出来る事をただ懸命に為す。
今の俺がリスペクトしてもし足りない部分である。
「そうですね、彼女達がいれば――
狭間様はきっと今頃ダンジョンコアを砕いていた頃でしょう」
「仮定形の未来は好きじゃない。
まずは現在進行形の話だ。
移送の翼に余裕はあるのか?」
「こちらに一組。
そして帰還用の翼は最悪の事態に備え、二組ご準備しております。
救援を引き受けてくれるのですか?」
「俺の一存じゃ決めかねる。
まずはコノハに相談を――」
「行こうよ、ショウちゃん」
いつの間に更衣室から出て来ていたのか?
完全装備のコノハがそこにはいた。
手にした槍は数多の業魔の血を吸い、より鋭く――より強く。
返り血に染まった紅のマントは悪を断絶する情熱さを讃える。
誉れも高き勇者の姿がそこにはあった。
コノハの声掛けに驚く俺とウルカさん。
高レベル上位職に達した俺達にまったく気取られずに現れるなんて。
成長目覚ましいが、最近のこいつは俺でも図りかねる凄みが出てきている。
静かな決意の眼差しでコノハは俺達に告げた。
しかし水を差すようで申し訳ないが、ちゃんと確認しなくてはならない。
「――いいのか、コノハ?
お前にとってはまだ行った事のない未到達の最下層だぞ?
何があるか分からないし――俺でもフォローし切れるか分からない。
それでもお前は――」
「……くどいよ、ショウちゃん」
「え?」
「それだけで10秒無駄にした。
――答えはシンプルでしょ?
助けたいの? 助けたくないの?」
「……助け、たい。
俺は――
俺の知り合いや仲間が死ぬのは嫌だ……嫌なんだ!
正義の味方や英雄にはなれない!
でも――だからこそ、この手で掬える範囲の皆を救いたい!」
「ちゃんと言えたじゃない(うんうん)。
なら……早く行こうよ。
そこが地獄だろうが奈落だろうが――
ボクは一緒に連いていくよ、どこまでもね」
「……ホントにカッコいい奴だな、お前は。
これからも――弱気な俺の背を押し続けてくれるか?」
「任せて」
「ああ――頼むぞ。
じゃあ……ウルカさん!」
「はい、ご馳走様です。
勇者と道化師の睦言……眼福でした」
「――じゃなくて!」
「冗談です――分かっております。
こちらをどうぞ。
使い方は重々承知でございますね?」
「幾度も世話になってるからな」
「それは重畳。
あと――こちらはサービス品です。
余ったら適当に処分してしまって構いません」
「処分って……
これ1瓶数百万円するハイポーションじゃないですか!
それをこんなに……」
「わたくしの我儘に応じてくれた狭間様達に対する、ささやかなお礼ですので……どうかお気になさらず。
なにとぞ、ミズキ様達を頼みます。
わたくしも――これ以上顔見知りが死ぬのは嫌なのです」
「……分かった。
貴女の想いは決して無駄にはしない。
俺が一緒に連れていく。
――さて、コノハ」
「なに?」
「この転移アイテムの力でこれから最下層に転移する……
この手のアイテムはパーティメンバー全員に作用するからな。
――準備はいいか!?」
「いつでもOKだよ」
「なら――移送(ルー〇)の翼よ、その力を示せ!
我臨むは最果ての地――魔城(ネ〇ロゴンド)エリアへ!」
手にした移送の翼が一際まばゆく輝き、砕け散る。
次の瞬間――俺達は最下層へと刹那に転移するのだった。
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