第31話 空想アディクション
「いくぞ、コノハ」
「むー! むーむ(ふりふり)!!」
食欲の権化と化しているコノハ。
呆れたつつも声を掛けた俺の誘いに、首を振り断固拒否の意を示す。
俺は軽く溜息をつくと、強引にテーブルより引き剥がす。
抵抗しようとするのを何とか引き摺りながら、来た時と同様、女神像に触れる。
すると俺達は瞬く間に元の簡素な礼拝堂に戻ってきた。
備え付けの時計を見るに現実世界との時間差はおそらくコンマ数秒。
あの世界では時間の流れすら違うらしい。
もしかしたらダンジョンで感じる時間経過の違和感は、こういった時間の流れの違った箇所によるものなのかもしれない。
一人納得している俺の脇で、その場に崩れ落ちさめざめと泣くコノハ。
大衆演劇みたいに袖に掴まりながら、ヨヨヨと涙ぐんでいる。
「ううう……酷いよショウちゃん」
「何がだ」
「まだ愛しいマカロンちゃん……
キュートなクッキー君がボクを待ってたのにぃ」
「ど阿呆。
あれ以上空想産物に入れ込むと――最悪、中毒になるぞ」
「――え? そうなの!?」
「あの世界は高度な仮想空間とさっき説明したよな?」
「うん」
「何でも自由が利くって事は――つまり、人の味覚が認識出来る限界を超える味をも再現できるって訳だ。
特にアリシアは人をもてなす事を優先するあまり、そういった事に無頓着なとこがあるしな。
美味さは半端ないが――それに慣れると脳がおかしくなるぞ。
現実で何を食っても美味く感じなくなる……行きつく先は拒食症だ。
それでもいいのか?」
「うあ……それ、かなり嫌かも。
三大欲求を潰されたらボク、生きていけないよ」
「アリシアは悪い奴じゃないが人間の機微に疎い。
美味しいものや快楽を与えるのは構わないが、誰もが誘惑に勝てるほど強くないという事をオーバーロード達はしっかり認識してほしいもんだ」
「――快楽?」
「ん? ああ、まあ詳しい話はいいだろう」
「???」
よく分からないといった感じのコノハ。
下世話な話、セックス関連にあの空間の技術を応用すれば人は快楽の虜になる。
ここの管理者であるアリシアは理知的で賢明な方だから、そういった被害は起きてないが……それに近い事を別の超越者に願い出た者が他国でいたらしい。
そいつがどうなったか?
人の許容範囲を超えた快楽は過剰な脳内麻薬の分泌を促す。
これは科学でも合成できない猛毒の快楽物質だ。
それを仮想現実という歯止めが効かない世界で連続で味わったらどうなるのか。
結果――そいつは廃人になった。
現実という刺激に反応しなくなり、夢の世界の住人となってしまった。
15年前のこの事件を機に、オーバーロードも人類に対して過剰な介入は好ましくないと理解したようだ。
何事も過ぎれば毒となる。
自制と自省が人類には必要なのだろう。
「――そういえばコノハ。
お前の言う三大欲求ってなんだ?」
「ん? くうねるあそぶ?」
「……長生きするよ、お前は」
「そう?
良く分からないけど……まっいいや。
それでショウちゃん、無事転職出来たの?」
「その言い方だとブラック企業に勤めてるサラリーマンっぽいから辞めろ。
ちゃんとクラスチェンジと言え」
「はいはい。
それで――クラスチェンジは出来たの?」
「――ああ。
一応ちゃんと出来たみたいなんだが……」
身体を見回し軽く動かしてみる。
いつもに比べ、少し動きのキレが悪い。
関節の節々に澱が溜まっているような感覚。
おそらくレベルがリセットされた結果、ステータスが下がったのだろう。
また鍛え直さなくちゃならないな。
コノハがいるお陰でレベル上げに苦労しないのは幸いだ。
日数を空けず元の強さを取り戻す事が出来るだろう。
とはいえ、まずはステータスを確認してみるか。
上級職は下級職と違い最初から特技を所持している。
唯一職である俺はどんな特技を持っているのだろう?
未だ謎な遊戯者(トリックスター)なるクラス。
アリシアにはああも啖呵を切ったが……やはり少しドキドキするな。
コノハに転職一連の事を説明し、俺はリーダーに探索者証をかざす。
間を置かず出てくるステータス記載用紙。
博打はしないが、小遣いの全額を賭けた様な気持ちで祈りと共に覗き込む。
「――はっ?
……なんだこれ?」
そこに書かれていた内容に俺は絶句するのだった。
『名前 狭間ショウ
職業 遊戯者トリックスター(大器晩成型)
LV 1
HP 60
MP 15
筋力 30
速力 30
体力 30
賢明 30
幸運 30
特技 パラメータジャグラーL1(10P)
ステータスに任意でL×10Pを付け加える事が出来る。
各項目ごとに割振り可能でいつでも何度でもやり直し可能。
マルクパーシュ L1(消費MP1)
定められた運命への反逆、嘲笑う言葉。
最大制約数L×一文字。
因果律への介入、現実事象への干渉を可能とする。 』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます