第30話 転職クラスチェンジ
「さて、それでは肝心のクラスチェンジについてですが――」
しばしの雑談の後――
穏やかに微笑み直したアリシアは勿体つける様に口を紡ぐ。
何かを思案する様に束の間沈黙し、再度その可憐な唇を開いた。
「詳しい話は別室でお話しした方が良さそうですね。
申し訳ございません、咲夜さん。
ここでしばらくお待ち頂けますか?」
「はい。別に構わないですけど……」
「ありがとうございます。
これはわたしからのサービスです。
直接おもてなし出来ないのは心苦しいですが、どうぞご賞味下さい」
疑問顔のコノハへ向かい、軽く指を鳴らすアリシア。
次の瞬間、何もないはずの空間に瀟洒なテーブルと椅子が出現する。
その上には英国風ティーセットが鎮座していた。
さらに五段重ねの豪奢なケーキにマカロン・クッキー・ジャムの付け合わせまで。
まるで魔法の様だが、これは文字通り魔法だ。
この空間の主であるアリシアはまさに造物主なのである。
己の意思で宙空に物を出すなど造作もない。
「こ、これ……ホントにいいんですか?」
「ええ、構いません。
どうぞ、ごゆるりとご堪能下さい」
「でも一人で食べたらショウちゃんに悪いし……」
「ああ、そうそう……コノハ」
「な、何?」
「この空間はな、さっき現実じゃないって言ったろ?」
「うっ……うん」
「だからな……
ここでいくら飲み食いをしても――太らないぞ?」
「ほ、本当?」
「ええ。本当ですよ」
「もう~ダメ。
ボク、我慢できない!
頂きますね、アリシアさん!」
「ハハ……そこまで喜ばれると光栄ですね。
はい、どうぞ召し上がれ」
「~~♪」
甘いものには目がないコノハ。
よく会話するまで理性が保ったものだ。
お行儀はいいものの旺盛な食欲を見せるコノハ。
俺とアリシアは顔を見合わせ苦笑すると、そのまま別室……通称【転職の間】へと入る。
そこは床に幾何学模様の魔法陣が敷かれた神秘的な空間だった。
最もアリシア曰く魔法陣だの何だのはただのハッタリで、本当はこの空間に超越者と踏破者が二人きりになることが条件らしい。
中央に招かれた俺はアリシアから説明を受ける。
「以前にもお話しましたが……
遊び人の方は前段階を経ず、いきなり賢者に転職できる。
それは忘れていませんね?」
「ああ、ゲームと同じ仕様だな」
「確かにあのゲームは参考にしましたが……
それだけではないのですよ」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、独り言です。
さて――狭間君。
あなたは踏破者になり転職する資格を得た。
そんなあなたには三つの道があります」
「三つ?」
「――ええ。
一つめは他の下位職への転職。
二つめは上級職である賢者への転職です。
幸いあなたの鍛え方は大変素晴らしいものです。
一番目は論外でしょうが……賢者に転職してレベルが1になっても問題なくやっていけるでしょう」
「――待ってくれ、アリシア」
「……はい」
「何で――その二つなんだ?
残りの三つめは?」
「……訊きたいですか、やはり」
「――ああ」
「では説明しましょう。
コノハさん――勇者という特異点に接触した結果、狭間君の中のオーマスフィアに新しい可能性が生まれました」
「可能性?」
「はい、それは【唯一職(オンリージョブ)】です。
他の誰もが持てない――あなただけに秘められた可能性です」
「……率直に聞いていいか?
それは――何だ?」
「計算されない未知なるもの、としか説明出来ません。
これまでの前例は全世界規模ですら3名。
唯一職の名と能力は各自違うものの、その誰もが強力無比なる力の持ち主となっています」
「……なら、今回俺の選択に浮かんだ職業の名は?」
「遊戯者(トリックスター)……そう呼ばれるそうです。
これがどの様な【職業】なのかはわたしも分かりません。
ただ――ひとつだけ。
この職業の力は、上手く使えば超越者の域にすら及ぶ――と。
本来であれば、人の手には余るものです。
わたしはお勧めはしませんが――」
「――なら決まりだな。
俺はダンジョンを制覇する為にも、それを選ぶよ」
「決心は固いのですね?」
「ああ、先に逝ったあいつらに報いる為にも――俺は強くなる。
どこまでも強くなり続けるしかないんだ」
「……分かりました。
なら目を瞑りなさい」
「こうか?」
「ええ……そのままで」
閉眼した俺に近寄るアリシア。
無言で俺の頬を挟むとその顔を――って、ちょっと待て!
慌てて開眼し離れようとした俺だったが、目の前に口元を抑え笑うアリシアの姿があった。
こいつまさか……
「――キスされそうになったと思ったんですか?
本人に断りもなくそんな無礼な事はしませんよ。
でも、わたしがこれをすると――皆さん慌てるんですよね」
「そりゃ……誰だって、な」
神秘的な美貌を持つ麗人に迫られたら男女問わずドキドキするわ。
そんな俺の様子がおかしいのか、まだ笑いが収まらないアリシア。
楚々たる物腰に今まで騙されてきたが……
こいつ、意外と性格が悪いのかもしれない。
だから俺の声が荒くなるのは仕方がないと思う。
「それで――いつ転職できるんだよ!?」
「――もう終わりましたよ?」
「はっ!?」
「七色の光が乱舞するとか、高らかにファンファーレが鳴り響くとかの演出があった方が良かったですか?
物足りないかもしれませんが、わたしが直接あなたに触れた段階で転職は済みました。後は通常空間に復帰した瞬間からあなたは【遊戯者】の職に就く様になります」
「……盛り上がりも何もないのな。
今までの苦労はいったい」
「そういう仕様なので。
現実はえてしてそういうものですよ、狭間君。
さあ――咲夜さんが待ってます。
早く戻りましょう」
「そうだな……
っと最後にもう一つ聞いていいか?」
「何でしょう?」
「勇者の選考基準は分かった……
ならば――遊び人になる基準はなんだ?
俺は自分でいうのも何だが――面白みのない奴だ。
正直、何故遊び人になったのかよく分からない。
全世界でもそんなに人数は多くないみたいだし。
前衛で戦う意志が強ければ戦士や武闘家、敬虔な信者なら僧侶、賢明なる者ならば魔法使い……なら遊び人の選考基準はいったい何だ?」
「……さあ?
わたしも全知全能ではないので。
もしかして――誰かに笑われる才能とかですかね?
さっきの狭間君みたいに」
「……真面目に聞いた俺が馬鹿だった。
転職はしたし聞きたいことは聞けた。
俺達はお暇することにするよ。
じゃあな、アリシア。本当に世話になった!」
憤慨した俺は、ぶっきらぼうにアリシアへ頭を下げると――大食いに挑戦しているチャレンジャーを回収しに外へ向かう。
この時はこれからの自分のことでいっぱいで常在戦場を忘れていた。
周囲に対する警戒を怠ってしまっていた。
だから――聞けなかった。
俺の後姿を見ながら呟いたアリシアの言葉を。
「遊び人の選考基準……
それはね――業魔の血を引く者なのですよ、狭間君。
今より昔、世界結界がまだ作用していない頃に人と交わった業魔……
つまり魔族の系譜に連なる証。
職業という加護でなく、枷を負わせることでその本質を縛る為のもの。
賢者になり力を得るのでなく、魔族としての特性を解放するだけなんです。
そんな真実を、復讐に駆られた今のあなたにはとても説明できません。
何よりあなたはさらなる苦難の道を選んだ。
さてはて……運命はあなたをどのように導くのでしょう?」
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