第29話 公然シークレット


 無言で涙を流す俺をただ黙って見守るコノハとアリシア。

 情けない姿だが二人には散々無様な所を見せてしまった。

 今更気取っても仕方ない。

 これからの働きで見直して貰おうと思う。

 俺は袖口で目元を拭うと、アリシアへ話し掛ける。


「それでアリシア、今日俺がここに来たのは――」

「はい、最後まで言わずとも重々承知してます。

 クラスチェンジの件ですね?」

「――ああ。

 それも分かるのか?」

「あなたを形成するイデアが格段に向上しています。

 高純度の思念閾値が渦を巻き螺旋を描いている。

 可能性と希望に満ちた正しきオーマの輝き。

 見る人が視ればすぐ判明するものなのですよ。

 狭間君――あなたが踏破者に至った事を」

「ならばすぐにでも――」

「まあ、待ちなさい。

 性急に事を運ぼうとするのはあなた方の悪い癖です。

 それに咲夜さんが置いてけぼりですよ?」

「っと、すまないコノハ。

 俺達だけで勝手に話を進めて」

「う、ううん。

 難しい事はボク分からないから……二人で進めて?」

「そうはいくかよ。

 せっかくの機会なんだから色々聞いておかないと」

「そういうもの?」

「ああ、遠慮はするな。

 そういえばアリシア、まず最初に訊きたい事がある」

「何でしょうか?」

「コノハが勇者に選ばれた。

 この選考基準は何かあるのか?」

「う~ん……これを話していいものか。

 まあ――狭間君たちなら大丈夫でしょう。

 勇者の選考基準、それは偏(ひとえ)に神々……

 超越者たる器に堪えうる魂の持ち主だからです」

「――はっ?」

「――へっ?」

「じゃあ、何か……

 こいつがレベルアップを続ければ、いつかアリシアみたいになり得る、と?」

「そうですよ。

 遥か遠き未来にて、いつか神に至るもの。

 それが――勇者です。

 我々の責務に後継者を探し導くというものがあります。

 可能性の枝葉をより広げる為に。

 人類に対しこれだけの支援を送るのは、そんな雛鳥の卵を守る為でもあります。

 がっかりしましたか?」

「いや……むしろ色々納得いった。

 何で勇者だけが死なないのとか、どうしてオーバーロードらがここまで俺達人類を支援してくれるのか。

 つまりは――ちゃんとした理由と利益が存在していたんだな?」

「はい、その通りです。

 我々も無償の援助を送り続けるほど余力はありませんので。

 人類のみならず、可能性を持つ知的種族にしか介入しません。

 あなた方人類は業魔の侵攻に対し、果敢に反抗した。

 絶望に屈せず戦う道を見せた。

 我々は公平にそれを測り、人類を助けたいという結論に至りました。

 だからこそ――この世界の雛鳥たちの名は【勇者】なのです。

 勇気と希望を捨てず、運命にすら抗う事を示す者。

 我々はそういう魂の在り方を好ましく思います。

 今のあなたみたいにね、狭間君」


 穏やかな口調で語り、最後にウインクすらサービスするアリシア。

 ユーモアに溢れ、それでいて内側に秘める重圧感。

 こういうところは本当に敵わないと思う。


「でも、でも」

「なんですか、咲夜さん?」

「そんな重要な事、ボクたちが知ってしまっていいの?

 よくあるパターンだと偉い人に消されるんじゃ……」

「ああ、こんなものは公然の秘密ですよ。

 生臭い話ですが、我々がこの世界に介入する時に各政府関連には伝達済みです。

 我々の目的を知り有効活用しようと彼らも画策してます。

 急造に勇者を育成してるのも我々に対抗する術を模索する為でしょう。

 まあその為には膨大な経験値と時間が掛かりますがね。

 我々がこの世界に降臨し人類を支配するとでも思ってるのでしょう。

 証明する術はありませんが、我々は後継者の成長と人類の尊厳を守る事以外に関心はないのですけどね」


 困ったものです、と苦笑するアリシア。

 俺とコノハは世界の謎の一端に触れたせいか、開いた口が塞がらない思いでその美しい笑みを見つめるのだった。

 

 

 

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