第28話 円環リンカーネイション
「ここって……」
周囲を見渡しながらコノハが呟く。
かなり驚いているようだが無理はない。
一瞬にしてこの場にいる事もだが、まずこの寺院の造りに誰しも圧倒される。
寺院のイメージとしては、ヴァチカンにある大聖堂をベースに各宗教施設の装いが施された様な感じだが……似通っていながら実はそのどれでもない。
その理由を知れば最もな事だが。
「コノハは寺院(ここ)に来るのは初めてだよな?」
「うん」
「到達者に達した者だけがここに入ることを許される。
寺院は職業を変える事が可能な場所だ。
他種への移行、上級職への昇格。
全てはここで行われる――」
「そんな事が出来るの!?」
「20レベル以上になれば、な。
ただいきなり転職(クラスチェンジ)をするのも難しいだろ?
他の職業に移行すると各種ステータスは軒並み下がるし……レベルだってもう一度1レベルからやり直しだ。
そんな不安を取り除く為、ここは事前に相談させてくれるのさ。
職業を授かる時に水晶(レンズ)に触れた事を覚えてるか?」
「えっと……あの蒼いやつ?」
「そうだ。
アレは超越者達に通じるインターフェースになってる。
つまり水晶を通し俺達はランクアップをした訳だ。
ここはアレの中……っていうのは語弊があるな。
要は俺達人類の深層心理を投影した世界なんだ。
だからこの寺院も現実にある訳じゃない」
「え? じゃあここって――」
「お、もう分かったか。
鋭いな、コノハ。お前の考えてる通りさ。
ここは――俺達の心の中。
正確にいえば俺達の深層心理を下に描かれた仮想現実(ヴァーチャルリアリティ)の世界だ」
「解説ありがとうございます、狭間君。
説明する手間が省けて大変助かります」
ゾクリとするほど澄んだ声でそう言いながら奥へと続く扉から姿を現したのは――神々しい美貌を持った麗人だった。
男女どちらともつかぬ見た目もさながら流れる銀髪にサファイアの様な蒼の双眸。
まるで稀代の天工が身命を注いだかの様な容姿。
簡素なローブすらその美しさを際立たせる。
一番特徴的なのは両手の甲で輝く蒼い水晶だろう。
吸い込まれそうな深い色合いのそれは――畏敬を抱かせる、神秘に満ちた装身具(アクセサリー)だ。
あまりの美貌に硬直するコノハの前に来ると丁寧に頭を下げる。
「咲夜さんとは初めましてですね。
わたしはこの寺院の管理者を務めますアリシアといいます。
どうかよろしくお願い致します」
「は、はい……」
先程の換金所よろしく硬直しているコノハ。
無理もないか。
アリシアはこう見えて紛れもない超越者の一柱だ。
亜神(アークオブイース)と呼ばれるオーバーロードで、俺達人類とは魂の位階(ステージ)が違う。
とはいえアリシアはかなり人類に友好的だ。
数少ない直接謁見できる超越者の一柱であるし、気さくな人柄で話しやすく、人類の隣人たらんとした好意的スタンスを取っている。
なのでアリシアは男女問わず探索者の人気が高い。
まあ到達者のみの話なので、そう数は多くないが。
ちなみに性別はなく、男でも女でもないらしい。
だから気安く恋バナにも乗ってくれると噂に聞いた。
そういったところも人気の一つだろう。
照れるコノハをニコニコしながら見つめるアリシア。
その様子はまるで遠足の引率に来た保育士さんの様である。
業魔の侵攻に晒された未熟な人類に手を差し伸べる超越者達からしたら――人類も幼児レベルなのかもしれない。
そんな俺の想いが伝わったのではないだろうが、俺の方へと向き微笑みを浮かべるとお辞儀をするアリシア。
統計を取った訳ではないけれどアリシアは誰に対しても礼儀正しい。
慌てて俺も礼を返す。
するとアリシアの双眸が優しく細められた。
「そしてお久しぶりです、狭間君。
その御様子ですと……ついに吹っ切れたのですね」
「分かるんですか?」
「ええ、前に来られた時とは違いますから」
「あの時は……本当にすみませんでした」
「いえ、親しい方を亡くされたのです。
生き返りの方法を模索するのは誰だって一緒です。
力になれず申し訳ありませんが。
死者復活や時間遡行は干渉値を超える行為。
なので禁止されているのです」
「そこを理解してなかった俺が馬鹿だったんですよ。
ただ……それでも一つだけ聞きたい」
「何でしょう?」
「あいつらは……
無事に逝けたんでしょうか?」
「はい、円環の理に基づき輪廻の輪に戻りました。
通常、業魔に殺された無垢なる魂は消滅します。
ですが――わたし達の加護があればそれを防ぐことが出来る。
直接この世界に干渉することは協定により禁止されています。
しかし安らかな眠りさえないのは――あまりにも救いがない。
規約ギリギリの行為ですが、せめてそれくらいはさせて下さい」
仲間を失った後に寺院へ訪れた俺。
荒れていた俺はアリシアに色々求め、詰め寄った。
今思い返してみても相当失礼な態度と言動だった。
しかしアリシアはそんな俺に優しく応対し、励ましてくれた。
アリシアの助言と慰撫が無ければ発作的に自殺していたかもしれない。
コノハとは別の意味で恩人(?)である。
だが――今日はついにアリシアに訊けた。
あいつらは無事に成仏出来たと確認出来た。
俺は前回は怖くて訊けなかった疑問の回答に、そっと一滴の涙を流すのだった。
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