第22話 結成パーティ


「な、何を……」


 困惑する俺の頭を優しく撫で続けるコノハ。

 下から俺を見上げるその瞳はどこまでも澄み切っていた。

 ホンの十数センチに迫ったコノハの貌。

 いくら幼馴染とはいえ、この距離はない。

 俺は歪む視界に苦心しながらコノハに声を掛けた。


「お、おい……」


 問い掛けに無言のまま応じるコノハ。

 どうしていいか分からない俺に対し、躊躇いを振り切る様に唇を開いた。


「――ありがとう、話してくれて」

「コノハ?」

「そんな事があったのに……ボク、無神経だったね。

 ごめんなさい」

「……お前は何も悪くないよ」

「……最近のショウちゃん、何だか人との付き合いを避けてるみたいだから踏み込めなかった」

「いや……それは事実だ。

 お前を、皆を意図的に遠ざけていたのは事実だ」

「ううん――仕方がないと思う。

 そんな目にあったら誰だってそうなるよ。

 でも、こうして事情を話してくれた。

 今は――それが嬉しい」

「そうか……」

「お仲間さんの事は本当に残念だったし……

 当時その場にいなかったボクが何を言っても慰めにならないと思う」

「……ああ。

 したり顔で安っぽい同情をされるのはウンザリだ」


 そんなものは2ヶ月前、腐るほどされた。

 何もわかっていない奴らの厚顔無恥な助言など……

 いったい何になるというんだ?


「……だよね。

 他人の気持ちなんて――推測は出来ても完全に理解なんて出来ない」

「――ああ」

「けどさ……それでもさ……

 悲しんでいいんだよ?」

「……えっ?」

「ショウちゃんはさ、自分に出来る事を精一杯した。

 結果は至らなかったかもしれない。

 自分を許せないかもしれない。

 だけどさ、その気持ちとは別に――

 お仲間さん達の死を偲んじゃいけないなんて――誰が決めたの?」

「あっ……」


 ――駄目だ。

 特技を抑えるのとは違う、どうしようもない激情の昂り。

 堪えなければ。

 ここで抑えなければ……俺は……


「辛い時、苦しい時――

 我慢しないでボクに打ち明けて?

 ボクは馬鹿だから言ってくれないと分からない。

 頼りないボクじゃ、ショウちゃんを救えないかもしれない。

 でもね――誰よりもショウちゃんの事を大切に思ってる。

 ショウちゃんだけを見てあげる。

 ボクで良かったらいくらでも甘えていい。

 だからさ――泣いてもいいんだよ?」


 どこまでも透明な笑顔を浮かべたコノハの言葉を聞いた瞬間、まるで堰を切った様に熱い雫が……頬を伝わっていく。

 あっ……

 何だよ、これ。

 あいつらが死んだと聞いた時だって涙一つ流れなかったのに。

 今更……何でこんな……


「コノハ……

 俺は――守れなかった……」

「うん……」

「あいつらを……皆を守りたかった!

 もっと一緒にいたかった!

 もう一度会ってゴメン、って言いたかったんだ!」


 次から次に溢れる涙。

 コノハの胸元で優しく抱きかかえられながら――

 俺は駄々をこねる幼児の様に泣き叫び続けた。

 まるで2ヶ月分の涙を流し尽くすように。














「――落ち着いた、ショウちゃん?」


 ひとしきり泣いた後――

 涙でぐちゃぐちゃになった顔をハンカチで綺麗に拭いながらコノハが尋ねてくる。

 意地悪だな、こいつは。

 そんな事、訊かなくても充分分かるだろうに。

 慌ててコノハの胸元から顔を引き剥がす。

 俺はいったい何を……しかも場所が……

 今になって恥ずかしくなってきた。


「わ、悪いコノハ……

 その――迷惑をかけた」

「ちゃんと泣けた?」

「……ああ」

「なら――前に進めるね」


 向日葵みたいな笑顔。

 ああ――こいつは確かに勇者だ。

 レベルとか職業の肩書きじゃない。

 微笑みだけで誰かに勇気を与えられる存在なんだ。


「ボクの胸で良かったらこれからも貸すよ?

 いつでも愚痴を言っていいからね」

「――あまりいい感触じゃないけどな」

「あ~言ったな!

 こう見えて限りなくBに近いAと女子達の間で評判なのに!」


 気にしてるんだから、とふくれるコノハに頭を下げる。

 ホントこいつは笑ったり怒ったり忙しい奴だ。

 いつのまにか俺の口元にも屈託のない笑みが浮かんでいた。

 今なら卑屈にならず言えそうだな。

 ご機嫌斜めなコノハの手を取り、真剣に見つめる。

 雰囲気を察したのだろう。

 コノハも同じく真剣に見返してくる。


「コノハ……頼みがある」

「――なに?」

「俺と――正式にパーティを組んでくれ。

 お前の力があれば、これからも戦える。

 俺はもっと――

 もっともっと強くなってダンジョンを攻略したい」

「……そんなの返答するまでもないよ」

「――え?」

「こちらこそよろしくね、ショウちゃん。

 ボクの力を上手く使えるのは……ショウちゃんだけなんだから」


 固く結ばれる指と指。

 子供の頃にも約束した指切りの契約。

 この日を境に――俺とコノハは生死を共にする仲間となった。

 

 


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