第14話 換金ワークショップ


 探索者証を読み取り機にかざし、コノハと共にゲートを抜ける。

 何気ない日常に見えるこの行為。

 だが――

 探索者証が常に所持者の状態をモニタリングしているとなれば話は別だ。

 もしこの段階で探索者の身に何らかの異常があれば、看過出来ないほどの大音量でゲートは警告音を発するのである。

 ダンジョンで喰らう恐れのある、毒・薬物・病魔・呪い。

 魔化により魔導具と化した探索者証はそれを見逃さない。

 水際で集団感染を防ぐ為の自衛手段の一つである。

 勿論、ダンジョンの外でアウトブレイクに繋がるほど生き延びられる感染源は極稀にしかいない。

 とはいえ、抵抗力の弱い人達の間に紛れたら何が起きるか分からない。

 よってこの段階で警告をくらった者は待機してる自衛隊員達の手厚い送迎を以て、即【治療院】行きになる。

 治療院とは必ずダンジョン前に敷設される国営機関であり、通常の医療従事者だけでなく、治療魔法に長けた者が24時間常在する場所である。

 有事の際には彼らも武器を取るくらいレベルの高い人達なのだ。

 彼らのお陰で大概の状態異常は見逃される事なく快癒している。

 ならば――死はどうか?

 残念ながら死は絶対だ。

 瀕死や仮死からの復活魔法(ザ〇リク系)はあるが、完全に死した者を甦らすのはどんな優れた術者でも不可能な事である。

 四国のシステム風にいうならHPでなくLPの枯渇。

 死ぬ前に死の要因である事象を改変――結果として死なない勇者と違い、俺達一般探索者はやり直しの利かないクソゲーをやっているのである。

 セーブもロードもない。

 なのでどんな探索者も強制連行に反対はしない。

 どんな些細な事であれ、結果としてそれが自らの生存率を高める事に繋がるからである。

 ちなみに脱出魔法を使い地上に帰還した際――

 これは筆舌にし難いかなり厳しい検査を受ける事になる。

 治療院で1日を潰す(しかも保険が効かない)検査をするのなら、まっとうに帰還した方がよほど面倒がない。

 まあ――そうも言ってられないのがダンジョン探索か。

 俺は一人苦笑しながら不思議そうに俺を見上げるコノハの頭を軽く撫でる。


「ほら、着いたぞ。

 この工房で魔石を換金をしてくれる。

 渡した魔石は取ってあるか?」

「うん、ここに」

「12個か……結構頑張ったな」

「えへへ。もっと褒めて?」

「ああ、大したものだ。

 初陣でメタルスライムに遭遇して泣き叫んだ俺とは違う」

「え? それって……」


 平原(アリアハン)エリアのレアものであるメタルスライム。

 初陣でこいつにブチ当たったのは運がいいんだか悪いんだか。

 家が古武術を伝える道場という事もあり、腕前にはかなり自信があった。

 なので傲慢だった当時の俺は一人でもいける、と愚かにも錯覚していた。

 その結果が大惨敗である。

 何せやつは――動きが素早い。

 並のスライムが鈍行ならメタルスライムは急行列車級である。

 さらに必死に刀を当てても頑強な金属体に刃筋が立たず弾かれる。

 たまらず距離を取ると火炎魔法を使ってくる始末。

 偶然通り掛かった昔のパーティメンバーたちが助力をしてくれなかったら……俺はダンジョンの犠牲者名簿の仲間入りをしていただろう。

 けど――その甲斐もあって撃破した際には莫大な経験値が入った。

 初心者であった俺は一気に中堅どころの仲間入りを果たし、助けてくれた彼女らとパーティを結成することになったのだが……

 ――今となっては古い話だ。

 俺は感傷を振り払う様に首を振ると、コノハに優しく話し掛ける。


「体力はレベルアップで回復したとはいえ、精神的に疲れただろ?

 換金作業は俺がやっておくからお前は装備を外してこいよ。

 更衣室の奥はシャワールームになってる。

 風呂程はさっぱりはしないが、探索後のシャワーは別格だ。

 汗を流してくるといい」

「いいの?」

「遠慮するな」

「良かった。

 実は服の中、汗でべとべとだったんだ。

 じゃあ――お願いするね?」

「ああ。任せろ」

「そういえば――ショウちゃん」

「なんだ?」

「今日はありがとね?」

「何だ、今更」

「フフ……嬉しかったんだよ、ボク。

 最近のショウちゃんは冷たかったから」

「……まあ俺にも色々あったんだよ」

「うん。分かってる。

 今は言いづらいことも……でもさ」

「ん?」

「いつかはボクに話してね?

 頼りなくても幼馴染なんだしさ」

「――ああ。そうだな」

「良かった。

 じゃあ行ってくるね、ショウちゃん。

 覗いちゃ嫌だよ?」

「あほ、早く行ってこい」

「あはは☆

 じゃあ後で」


 笑顔で手を振り店員と共に更衣室へ消えるコノハ。

 あいつは昔から妙な所で鋭い。

 俺の抱えた事情もある程度察してるに違いない。

 こういうところが幼馴染の難しいところだろう。

 隠したいことも何となく伝わってしまう。

 まあ……まずは目の前の事から片付けるか。

 俺は装備準備室の片隅に設けられた窓に寄る。

 カーテンが掛かり内部が見えない構造。

 これだけ見れば大人(アダルト)なお店のレジに見えないこともないが、ここが

れっきとした魔石及びダンジョン拾得物買い取り処。

 通称【換金所】である。


「これを頼む」


 声を掛け、簡素な麻袋に入った魔石を差し出す。

 間を置かず開くカーテン。

 中に座っているのは目元をベールで隠した商人風の女性。

 俺も彼女の詳しい素性は知らない。

 ただ――経済に、てんで無頓着な魔女をサポートし、この工房を切り盛りしている凄腕という事は知っている。

 彼女は黙したまま俺の事をじっと見つめてくる。

 ……何か俺に用事か?

 疑問に思った俺の問いより早く――


「お帰りなさいませ、狭間様。

 勇者様のチュートリアル――お疲れ様でございました」

 

 思い掛けない労いの言葉を掛けられるのだった。

 


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