第11話 呆然ランスケイプ


「ここが……ダンジョン……」


 目前の光景に声を失い、呆然と佇むコノハ。

 無理もあるまい。

 誰だってそうなるだろう。

 何故ならゲートを抜けた俺達が目にしてるのは――

 柔らかく注がれる陽光。

 鼻をくすぐる穏やかな涼風。

 地平線の果てまで続く草原。

 ダンジョンという響きからはとても想定出来ない光景が俺達の前に広がっていた。


「ここがアオバダンジョン第一層平原エリア……通称【アリア〇ン】だ」


 俺の言葉にも反応せず未だショックから抜け切れぬコノハ。

 ――まずいな。

 どこか夢うつつな今の状態では十分なパフォーマンスが保てない。

 ショックには同等のショックが必要か。

 少しでも現実へと気を引く為、俺は解説をすることにした。


「コノハはさ――」

「ん……」

「奴ら業魔に侵略された地がどうなるか――知ってるか?」

「知らない……」

「こうなるんだ」

「――え?」

「俺達人類が築き上げてきた文明。

 あるいは地球が恵んでくれた自然、生態系など様々な恩寵。

 業魔の侵食率が境界レベルを超えるとな――

 それらが上書きされる。

 そこだけ――そこは業魔の住む異界と化す。

 ――分かるか?

 崩壊とかそういうレベルじゃない。

 最初から何も無かった様に――全てかき消されるんだ」

「そんな……」

「業魔への穏健派・和平派は異界で暮らせばいいと言う。

 闘争でなく異界に順応し協調する道がある、と。

 だがな――俺はそれは間違いだと思う。

 そこがどんなに素晴らしい世界でも、人は――今まで積み上げてきた歴史と領土を簡単に譲ってはならない。

 そうじゃないと――奴らに殺された人達が浮かばれない。

 17年前の大災厄では全世界で1億人以上が亡くなった。

 その対価を――奴らに払わせてやらなくちゃな」

「うん……」

「まあもっとも、そんなに住みやすい環境ばかりじゃないんだが。

 低階層の内はまだ人間が暮らせるだろうが、潜れば潜るほど――

深くなればなるほど――生存環境は悪化していく。

 コノハも知ってるだろ?

 どこかの勇者が落ちた溶岩地帯が広がる世界――

 さらには毒ガスと瘴気の満ちる腐敗した世界――

 あるいは生きるモノとて無き永久凍土の世界――

 それが日常となったら?

 悪夢以外の何ものでもないだろ?

 だから俺達探索者は戦うのさ。

 ダンジョンに潜り、1匹でも業魔を多く倒す。

 侵食を喰い止めるには――それは僅かな1滴かもしれない。

 けどな、いつかは――岩をも穿つかもしれない。

 なら――踏ん張って頑張るしかないだろ? 

 超越者(オーバーロード)達の援助と思惑もあるだろうが……

 これは人類にとって生存を賭けた陣取りゲーム。

 哀しい事だけど俺達は――闘う為に生まれてきたんだ」


 優しく――兄が妹へと諭すみたいに喋る。

 幼馴染とはいえ普段こういうマジ話はあまりしない。

 どうやら効果はあった様だ。

 会話が進むにつれ、次第にコノハの瞳に理知的な光が燈る。


「うん、分かったよショウちゃん。

 ならばボク達は――自分に出来る事をしなくちゃね!」

「その意気だ」

「フフ。

 ボク、頑張るよ~!」

「危ないから槍を振り回すな! 

 ……まったくお前は昔からそうだな」

「へへ……」

「言っておくが今のは誉め言葉じゃないぞ?

 まあ――やる気があるのはいいことだ。

 けど、どんな千里の道もまずは一歩からだからな。

 ほら――お客さんが来たぞ?」

「ふえっ!?」


 雑談を延々とする俺達を見逃すほど、奴らは甘くない。

 平原を揺らす草花をかき分け――業魔が現れた。


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