第10話 疑問ヘジテイション
厳重に守られている無骨なトーチカを抜ける。
業魔への監視役である自衛隊員が無表情な貌で会釈をよこす。
俺も曖昧な頷きで適当に応じた。
気にする事はない。
彼にとって俺は、ただの探索者その1だ。
その命がどうなろうが――原則、興味はあるまい。
彼らの守るべき対象は無辜なる民なのだろうから。
ダンジョンで不幸にも喪われていく命。
戻ってこないかもしれない者に対して悪戯に心労を掛けるより――
こうやって互いに無関心な間柄の方が、よほど心地よい。
それにしても一人でここに来るのは2か月ぶりだ。
ただの探索者その1としては……精々死なない様、努めるとしよう。
いや、今日はコノハがいるから――その1と2か。
知らない内に何故かツボに入ったのだろう。
無意味に沸き上がる笑動。
屈託のない笑声が出そうになるのを強引に堪える。
親鳥の後をついて回る雛の様に、不安そうに俺の後を歩むコノハ。
こいつをこれ以上混乱はさせたくない。
トーチカを抜けた先――そこにあったのはカードリーダーが備えられているだけの簡素なゲートである。
その先にある仄暗い深淵(あな)。
あの中こそ人類の天敵にして異界からの侵略者。
業魔たちの巣窟へ繋がる魔境だ。
俺は振り返り、コノハにリーダーを指し示す。
「ここに先程手に入れた探索者証をかざす。
ただ――それだけだ。
それだけで地獄への扉が開く」
「う、うん」
「得物は……槍を選んだんだな」
「うん!
ショウちゃんのお勧めだし……」
槍は剣などに比べ簡単にリーチを稼げる。
武芸の経験がない者でも前に突き出す力は相当だ。
死なない加護がある勇者なら――中距離から攻撃をし続ければ、いつか相手は斃れるだろう。
それにダンジョン内では武具を使い続けると強化される。
おそらく戦闘を行う度、俺達の位階値(レベル)に該当するものが向上していくのだろう。
ならばこの軽くて扱いやす合金の槍もいつかは魔槍と化す。
ちなみに余談だが魔石を用いても同様の事は可能だ。
先程の工房主であるレイカさんなどがそれを可能にする上級職だ。
「じゃあいくぞ――覚悟はいいか?」
「勿論! でもその前に――
一つだけ聞いてもいい?」
「……なんだ?」
「ショウちゃんの装備は――何でそれなの?」
コノハの指摘に自分の装備を再度見渡す。
合金を拵えた鉢巻。
頑丈な胴丸に鎖を編み込んだ陣羽織。
腰元には大小二本の刀。
戦闘をするには申し分ない武装だ。
ただ――コノハの指摘も重々理解している。
ここで旗を掲げ、腰に団子袋を下げれば、それは立派な――
「まるで桃――」
「……言うな」
「だって――」
「俺の家が古武術の道場なのは知ってるだろう?」
「――うん。
確か柳生新陰流だっけ?」
「違う――それは開祖の師匠の流派。
ウチのはその弟子筋にあたる柳生心眼流だ」
「あっそうそう。ごめんね?」
「別に構わんが……
まあそれで、だ。
家には道場があり――神前には『武芸神州無敵』を画した、彼の掛け軸が飾られているわけだ」
「あ~はいはい」
「つまり俺にとっての最強の体現者は――」
「なるほど。
だから桃太――」
「言うなって!
せめて吉備津彦命とお呼びしろ!」
「了解~」
「――ほら、もういいだろう?
俺をいじるのもたいがいにしろ。
まったく――どいつもこいつも同じネタで絡みやがって。
とっとと中に入るぞ!」
「あ、待ってよショウちゃん~」
幾分か憤慨しながらも――
俺とコノハはアオバダンジョン第一層へ足を踏み入れた。
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