第9話 辛辣アドバイス


 黙ったまま、ただ静かに俺を見据える魔女。

 怜悧なその瞳に動揺する心が見透かされそうだ。

 いたたまれなくなった俺は場を誤魔化すように苦笑を浮かべる。


「……いきなり辛辣ですね。

 ひょっとして俺っていらない子でした?

 これでも結構売り上げに貢献したと思うんですけど」

「誤魔化さなくていいわ。

 あんな事があったのに廃人にならないだけでも上出来よ。

 わたしたちの不甲斐なさが君達を苦境に追い込んでしまった。

 こればかりは謝っても謝り切れない」

「よしてください、室長。

 アレは誰も予想出来なかった。

 そして俺達しかいなかった。

 それ故の結果、っていうやつです」

「――ありがとう。

 そう言ってくれると少しは気が楽になる。

 わたしたちの後を継ぐべき若手が死ぬのは……

 自分が死地に赴くよりもつらいものよ?」

「ですか」

「――ええ。

 君も後輩が増えれば理解できるわ。

 でもさらに辛辣な事を言えばね――

 それでも君はダンジョンに潜るべきよ」

「それは――」

「だってそうでしょう?

 君が最前線から引いて2ヶ月……

 日数にすればそれだけだけど、ね。

 ここ(ダンジョン)では色々あったわ」

「みたいですね。

 ミズキたちがトップパーティの一端に喰い込んだみたいですし」

「君の手解きがあったからでしょ。 

 戦場の一月は人を変える。

 生と死の狭間、隣り合わせの灰と青春。

 濃密な時間は人を急激に成長させる。

 ならば――君は自身の力を役立たせるべきだと思う」

「室長も意地が悪いですね。

 知ってるでしょ、俺の【職業(クラス)】に伴う力を。

 窮地で役立つどころか……むしろ邪魔をしかねない」

「それでも、よ。

 君の助言と指導があれば新参者の生還率が少しでも向上する。

 これは本当なら君に秘密にしなければならないのだけど、条件次第で君を訓練所の指導員に引き抜こうという意見もあったのよ?

 今はまず心と身体を休ませる時間が優先と――

 皆の反対があったから行政側は黙ったけど」

「それは買い被り過ぎじゃないですかね?

 ちょっと意味不明ですし」

「まあそれだけ君に期待してる人間もいるってこと。

 今まで君が積み上げてきた実績は無駄じゃないわ。

 それだけは覚えておいて」

「――はい」

「あら?

 随分素直な返事ね」

「一応俺も成長したんですよ、きっと」

「――かもね。

 今日はあの娘のエスコート役?」

「ええ、まあ」

「なら――しっかりなさいな。

 男は嫌いだけど君なら百歩譲って認めてあげる。

 騎士として姫様を護りなさい」

「いや、俺が目指すのは侍だったんですけど」

「似たようなものでしょ?

 ああ、ほら。

 もう着替え終わった様よ

 お邪魔虫は去るから、ちゃんと褒めて上げなさいね。

 朴念仁のフラグブレイクも程々にしないと……

 捻り潰すわよ?」

「こわっ!」

「じゃあね、コノハちゃんによろしく。

 わたしは本業に戻るとするわ」


 手を適当にひらひら振り、工房奥へ消える魔女――レイカさん。

 自分しか出来ない武具の魔化に専念するのだろう。

 俺に会いに来たのは息抜きを兼ねて、ってところか。

 魔化は極度の集中を維持し続ける作業なので気が休まらないからな。

 ――しっかしホント、先輩方には敵わない。

 一人で鬱屈してた俺が馬鹿みたいだ。

 上手い事乗せられた気がするが……少しだけ前向きになれた。

 無意識に拳を握る俺。

 瞬間、勢いよく更衣室のカーテンが開き――

 装備を纏ったコノハが飛び出てきた。


「お待たせ~ショウちゃん!

 見て見て~☆ どう? 可愛い?」


 矢継ぎ早に話し掛け、俺の前でくるくる身を翻すコノハ。

 額に輝くのは宝玉が飾られた幅広のカチューシャ。

 丈夫で動きやすい防刃仕様の皮鎧に厚手のズボンとブーツ。

 先程からひらひら視界に舞うのは真っ赤に染められたマント。

 どこに出しても恥ずかしくないくらいの見習い勇者がそこにいた。


「――あれ? 反応は?」

「あっ……ああ。

 よく――似合ってるな」

「ええ~それだけ!?

 何かもっとこう……さ」

「……別にいいだろ。

 ――ほら、次は武器の選択だ。

 今日中に潜るんだろ?

 さっさと行くぞ。

 俺も預けてた自分の武具を装備してくる」

「あ、待ってよショウちゃん!」


 少し、ホンの少しだが――コノハを可愛いと思ってしまった。

 調子に乗るから絶対本人には言えない。

 内心の気恥ずかしさを隠す為、俺は足早に更衣室へ向かうのだった。





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