第36話 魔王と勇者2
「よく休めたかね?体調は万全かな?何かやり残したことがあるなら相談したまえ。出来る限りの事はしよう」
魔王は優しく勇者たちに問いかけてくる。敵意はまるで感じられない。本当に魔王かと疑う程だ。だが、肌にピリピリとする強大な力の気配が、間違いなく目の前の男が、見かけ通りの優男ではなく魔王だと告げている。
「お前と話すことなど無い。世界の平和のため、お前を倒す!」
勇者がそう言うや否や、仲間達も武器を構える。その姿を見ても、魔王は武器を構えるどころか、玉座から立ち上がろうともしなかった。
「やれやれ、せっかちな勇者殿達だ。ここまでたどり着けるものは、極一握りの人間に過ぎないと言うのに、会話も楽しめないのかね?」
両手を広げ、大袈裟に首を振る姿からは緊張感がまるで感じられない。
「ホーリープロテクション、ホーリーウェポン、ホーリーパワー……」
「身体能力向上、攻撃力向上、命中率向上……」
魔王が何もしない間、聖女と女魔法使いが、次々に仲間に強化魔法をかけていく。勇者たちの身体が、武器が、淡い光に包まれていく。だが、魔王は勇者達が準備が整うのをじっと待っている。
「俺達が四天王ですべての手をさらけ出したと思うな。くらえ!」
勇者の掛け声とともに、勇者の剣が、戦士の大剣が、盗賊の弓が一斉に魔王に襲い掛かる。だがそれは魔王に届く前にすべて弾かれてしまった。魔王には傷一つついていない。
「なら、魔法ならどう?ヴァルキリーズジャベリン!」
「神の裁きを!ホーリーライトニング!」
無数の槍が、神の聖なる雷が魔王を襲う。人間が使える最高位の魔法だ。くらえば、並のモンスターなど、塵一つ残らない。
だが、魔王にはやはり傷一つ付いていない。それどころか、退屈そうに玉座に肘を付き、顔を傾け、その手にもたれかかっている。
「なっ、馬鹿な。四天王とここまで差があるとは……」
魔王は四天王より強い。それは勇者達も予想していた。しかし、魔王の強さは予想を遥かに越えるものだった。
「四天王?ああ、そう言えば雑兵の隊長に、そう名乗るように言っていたな。名無しの雑兵では、倒しがいが無いだろうと思ってな。だが、所詮は雑兵。強さではそこに居るメイドの、足元にも及ばぬ」
魔王が告げた残酷な事実は、勇者達にとって衝撃的だった。だが、勇者は心を奮い立たせる。
「くそ、もう一度だ」
勇者達が再び剣を構える。
「もうネタ切れかね?その心意気には感心するがね。それだけでは、どうにもならないものだよ。自分の命を犠牲にして爆発するとか、そんな技はないのかね?」
魔王は残念そうに、勇者たちに言う。
「もっと魔法の重ね掛けをしてくれ。一撃で決める」
勇者の気合を込めて言い放ったセリフに、魔王は軽くため息をつく。
「重ね掛けをしても無駄だよ。それすらも分からないとはな……どうやら、期待外れだったようだな。私は強くなりすぎてしまったようだ。戦いがこうもつまらぬものとなるとはな……」
「言わせておけ、ば……」
勇者は最後までしゃべることが出来なかった。魔王が軽く腕を振るうと、勇者も戦士も盗賊も、サイコロ状に縦横に切られ、崩れていく。飛び散った血が、聖女や女魔法使いの顔にべっとりつく。
「あっ、あっ……」
魔王の圧倒的力の前に、女性二人は声が出なくなった。
「怯えているのかね?何、私は女性には優しいのだよ。命は助けてあげよう」
優し気に、魔王は声を掛ける。その言葉に女性二人の目にほんの少し希望の光がともる。
「まあ、そのうち何故か、殺してくれと嘆願するようにはなるのだがね。私が飽きるまで、何度も治療して、死んでも生き返らせてやろう」
魔王がパチンと指を鳴らすと、空中にとある部屋の様子が映し出される。それはあらゆる拷問具が並べられた悪趣味な部屋だった。そこには醜悪な姿にされながらも、死ぬことを許されない何人もの女性たちがいた。聖女と魔法使いは恐怖のあまり言葉を失う。
「私の趣味の部屋だよ。君達をここに招待しよう。良い声で鳴いてくれるのを期待しているよ」
魔王はニヤリと笑う。会ってから初めて見せた邪悪な顔だった。
上機嫌な魔王に、メイドがそっと耳打ちをする。
「ふむ。この短期間に二度目の侵入者とな。今日は何と良き日であることか。どれどれ、次の勇者たちの顔を見てみよう」
再びパチンと魔王が指を鳴らすと、城の外の様子が映る。一人の男と2人の女がいた。男は兎も角、他の二人はとても戦闘する服装には見えない。映像の中で男は魔王の方を見ると何かを話す。口の動きから
「なに見てやがる。すぐにそちらに行くから、おとなしく待っていろ」
といっているのが分かる。
「なんと、私が見ているのに気が付くとは、今度の勇者は期待できそうだ」
魔王は嬉しそうに言う。その画面に映っているのは、ヴィルヘルム、ルイーダ、ユニの三人だった。
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