第35話 魔王と勇者1
その頃、男女5人組のパーティーが魔王城の中で戦っていた。先陣を切っているのは、金髪碧眼の絵にかいたような勇者だ。その横で筋骨隆々とした戦士、素早く動く盗賊が戦っている。それを後から聖女と女魔法使いがサポートしている。
戦っている相手は、ヤギの頭をし、蝙蝠の翼をはやしている悪魔だ。身長は3mをこえ、更にその身長より大きな鎌を振るって応戦している。
「これで終わりだぁ!」
気合と共に袈裟懸けに振り下ろされた剣は、受け止めた鎌ごとモンスターを縦に切り裂く。
「ようやく倒せたか……」
戦士が、巨大な剣を床に突き立て、それに持たれながら言う。盗賊に至っては床にへたり込んでいた。
「だが、これで四天王と言われる奴はすべて倒したな。後は魔王だけだ」
盗賊は声を絞り出すように言う。
「魔王戦の前にどっかで一休みしないと、もうMPがないよ」
女魔法使いが、泣きそうな声で言う。
「そうだな。一旦、前に休息した小部屋まで戻ろう」
勇者がそういった時に、奥にあった扉が開く。勇者たちは、先ほどのだらけた姿が嘘のように、素早く身構える。だが扉から出てきたのは、魔王城には似つかわしくないメイド服を着た美しい女性だった。一見普通の人間に見えるその姿が、かえって不気味な雰囲気を醸し出している。
「大魔王様からのお言葉です。よくぞ四天王を倒した。今晩はゆっくりと休み万全の状態で挑みに来るが良い、だそうです。お食事と、お休みになられる部屋をご用意いたしております。私に付いて来てくださいませ」
鈴が鳴るような美しい声でメイドがそう告げる。メイドの目は瞑られていて、長い黒髪は風もないのにさわさわと動いている。よく見ると頭から生えているのは髪ではなく、細い蛇だった。女はメデューサと呼ばれるモンスターだった。
勇者たちは顔を見合わせる。普通に考えるならこんなのは罠である。のこのことついて行けるはずもない。だが、勇者たちは激戦により疲れていた。疲れを残したまま魔王と戦うというのも避けたい。
「どうする?」
戦士の男が勇者に聞く。
「……ついて行こう。後一戦ぐらいなら何とか戦える。どうせもうどこにいても、魔王のテリトリーの中だ」
前回休んだ小部屋も、考えてみれば休むのにふさわしい、絶妙な位置にあった。
勇者たちはメイドの後ろを油断なくついて行く。メイドは暫く進むと、部屋の扉を開け、勇者たちに頭を下げる。
「こちらが勇者様方の歓待の部屋です。どうぞ心行くまでおくつろぎください。期間は何時まででも構いません。大魔王様は万全の状態の勇者様一行と戦う事をお望みです」
「はっ、随分と余裕だな!」
馬鹿にされたと感じた盗賊が吐き捨てるように言う。だが、メイドはその言葉に少しも反応しない。
通された部屋には、これでもかというぐらい豪勢な食事が山盛りに並べられていた。どれもキラキラとまるで宝石のように輝いており、美味しそうな良い匂いが漂っている。勇者たちが食べたことの無いごちそうばかりだ。ゴクリと喉が鳴る。一人だけではなく全員の喉が鳴っていた。
「ええい。毒を食らわば皿までだ。先ずは俺が毒味をする」
我慢できなくなった戦士が、手近な肉をつかみ取り、一口食べる。……目を見開いて何も言わず、もう一口、更にもう一口。気が付けばそれなりの大きさがあった肉の塊が無くなっていた。
「ど、毒は入って無い様だ」
他の者に見つめられて、バツが悪くなった戦士が慌ててそう言う。
「じゃあ、俺も食ってみるぜ」
次に盗賊が食事に手を出す。盗賊も最初は恐る恐るといった感じだったが、いつのまにか一皿分食っていた。
「俺も食うか」
「じゃあ私も」
「ではわたくしも」
二人の姿を見て、他の三人も料理に手を出す。それは生まれて初めて食べた料理の味だった。魔王討伐の旅に出るとき、村でごちそうを用意してもらったが、そんな物とは比較にならない。気が付いたときには動くのがおっくうになるぐらいに腹に詰め込んでいた。それでもまだ料理は大量に余っているし、食べてない料理も沢山ある。
勇者たちが料理をこれ以上ないというぐらいに詰め込むと、メイドが寝室へ案内する。豪華な天蓋付きのベッドだ。見るからにふかふかの布団が敷いてある。
「どうぞこちらでお休みください」
メイドはそう言うと、一礼し去って行こうとする。
「待て!」
「何でしょう?」
勇者が引き留めると、メイドが首をかしげる。
「お前達の目的はなんだ?」
「最初に申し上げました通り、大魔王様は万全の状態での勇者様方との対決をお望みなのです。それ以上でも以下でもありません」
「随分と余裕なんだな」
「余裕?そういう見方もありますか。まあ、私は大魔王様の命令に従うまでです。あなた方に願うのは、出来るだけ大魔王様を楽しませる戦いをして頂きたいというだけです」
次の日勇者たちは心地よい目覚めをしていた。寝る前には見張りの順番を決めていたのだが、襲ってくる気配が無かったため、いつの間にか全員が寝ていた。皆バツが悪そうに装備を整え始める。
「HPもMPも満タンよ」
女魔法使いが明るく声を出す。ま、いいか、と勇者も思う。兎も角、万全の状態で戦いに望めるわけだ。
勇者たちが装備を整えて、部屋を出ると、昨日のメイドが立っていた。
「もうよろしいのですか。何日かゆっくりされてもかまいませんよ」
「俺達が魔王を倒すのが一日遅れると、それだけ苦しむものが増えるからな。なに、真央を倒した後で、ご馳走も休息もいやというぐらい取ってやるさ」
メイドの問いかけに勇者はそう答える。休息したせいか、それとも食事のせいか、体中に活力がみなぎっていた。今は誰にも負ける気がしない。
「それでは、皆様を大魔王様の元にご案内します」
そう言ってメイドは進みだす。勇者たちは後をついて行った。
広い通路を歩いていくと、奥に巨大な観音開きの扉があった。勇者たちが近づくと、扉がゆっくりと開いていく。
扉の奥には広い部屋があり、その奥には一段高くなったところに玉座があり、一人の男が座って居た。煌びやかで上品な服に身を包んだ男は、まるでどこかの人間の王族の様だった。
勇者たちが前に出ると、禍々しさなどまるで感じられない、屈託のない笑顔をする。
「ようこそ勇者諸君。さあ、私を楽しませてくれた前」
そういって、歓迎するとばかりに大きく両手を広げた。
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