第34話 滅亡前2
店の中は以前とは比べようのないくらい汚れていた。何年掃除してないんだ、というレベルだ。とても食べ物を出す店だとは思えない。それに悪臭が漂っている。ただ、建物が臭いのか、客が臭いのかまでは分からない。座ってる客も店に負けず劣らず汚かったからだ。そして誰もかれも生気のない目をしている。
俺達が入ってきたのに、挨拶もない。俺達は開いている席の中で一番まともな席に座る。がりがりに痩せて、生気のない目をしたウェイトレスがやってくる。まだ若いのだろうが、醸し出している雰囲気はもはや老婆の様だ。
「お客さん、旅人かい。先に金を払っとくれ」
ぶっきらぼうにそう言われる。愛想も何もない。
「先払いは構わないが、料理は何があるんだ?」
俺の問いかけに、ウェイトレスは呆れたような顔をする。
「種類なんてないよ。肉と野菜のスープとパンだけさね。料金は1人前1銀貨。どこもそんなもんだよ。一体どこから来たのさ」
料理の内容にしては高い。最初はぼったくりかと思ったが、ウェイトレスが嘘を言っている様子もない。仕方なしに俺は2銀貨をテーブルの上に出す。ウェイトレスは奪うように銀貨を取ると、厨房の方に向かって怒鳴る。
「あんた。料理2人前だよ!」
そうしてすぐに厨房へと引っ込む。料理はすぐに運ばれてきた。運ばれてきた料理はまるで食欲のわかないものだった。肉はほとんど見えず、野菜というより雑草を煮込んだようなスープ。しかも腐っているのか、変な臭いがしている。パンはボロボロで、焼いてから何日も経っているようだ。所々にカビみたいなものも見える。
俺は食事に手を出さないでいると、ルイーダが平気な顔でそれを口に入れる。
「うーん。食べなれた味といえば、いえなくもないんですけど。ここ最近美味しい物ばかり食べてたんで、不味く感じますね。これならヴィル様が出される料理の方が美味しいです」
俺が魔法で出すものは、少なくとも、俺がちゃんと食べられるものだからな。
「おい、兄ちゃん。一体どこから来たんだい。まだ、まともな飯にありつける場所があるのかい」
横に座って居た男が、俺達に声を掛けてくる。
「俺達はかなり遠くから来たんだ。モンスターの徘徊する場所を抜けてな。あんた達が行くのは無理だな」
「そうか……」
男はがっくりと肩を下ろす。
「この街は何時からこうなったんだ?昔は栄えていたと聞いていたんだが」
俺は逆に男に尋ねる。
「何年前の話だよ。本当に遠くから来たんだな。俺が生まれた時は既にこんな感じさ。爺さんの若かったころには栄えていたらしいがな。この街の向こうに、大きな城があっただろう。あそこに大魔王様が住んでいるのさ。大魔王様が降臨されてからは、ずっとこうらしい」
「原因も場所も分かっているなら、誰か倒しに行かなかったのか?」
俺がそう問いかけると、男はカラカラと、乾いた笑い声をあげる。
「行かなかったと思うかい。何度も行ったさ。城壁に吊り下げられたり、道に磔にされたりしていた死体を見ただろう。あれがその結果だよ。今も生きのいい、5人組のパーティーが大魔王様を倒しに行ったが、死体が増えるだけだろうな。
あんたらがもし大魔王様を倒しに来たんなら、止めておいた方が良い。大魔王様は、もはや神に等しい力を持っておられる。人間ごときが太刀打ちできる存在じゃない」
神、神ねぇ。今更神に等しい存在とか言われても、だから何、としか思わない。こちらにはそれ以上の存在が2人もいる。
「そういう、粋がった奴をぶちのめすのは大好きだ。よし、久し振りに魔王討伐でもするか」
「まあ、それは素敵な考えですね。大魔王とかいう者は、良い声で鳴いてくれるでしょうか?」
ルイーダがうっとりとした表情でそう言ってくる。
「お、おい。あんた達、俺の話を聞いていたのか?人間がかなう相手じゃないんだよ。それにあんたは兎も角、そちらのお嬢ちゃんは、とても戦えるようにはみえねぇ。若い女は特に酷い殺され方をするんだよ」
男が慌てて止めに入る。人相は悪いが、意外と良い奴だな。だがお前が心配したその女こそ、俺達の中では最強の女だ。
「問題ない。この街で一休みする気にもなれんし、早速出発するか。まあ、ちょっとした余興にはなるだろう」
そう、別に人々の為に大魔王とやらを倒すのではない。単なる余興だ。第一、この世界はリセットされると決まっている。つまり滅びる。そして、世界を滅ぼすのは大魔王ではなく、俺の目の前にいるか弱そうな女と、横にちょこんと座って居る無害そうな猫なのだ。
「俺は止めたからな!どうなっても知らないからな!」
口とは裏腹に、男は心配そうだ。最後の最後まで、善人が住む国ではあったようだ。俺は食事をとらずに席を立ち、そのまま魔王城へと向かった。
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