第31話 モンスターの肉

 部屋は一流の宿だけあって、この文明レベルにしては綺麗なものだ。シーツも清潔だし、部屋の中に風呂もある。しかも蛇口をひねるとお湯が出る。流石に温度調節機能は無いが、かなり快適なところだといえるだろう。

 そういえばこういった風呂に入るのは久しぶりだ。俺はちょっと嬉しくなる。


「ヴィル様ちょっと嬉しそうですね」


「そうだな。それなりにでかい湯船があったからな。湯船にゆっくり浸かるのは好きなんだ」


 風呂は良い。落ち着くし、嫌な事を一時的に忘れさせてくれる。本当は天然の露天風呂が一番だが、この街でそこまで望むのは酷というものだろう。


「私はこういった、水やお湯を入れるものには、あまりいい思い出がありません」


「そうか。それは災難だったな」


 俺はルイーダの身の上話を軽く聞き流す。どうせ聞いても、ろくなもんじゃないに決まってる。気にするだけ無駄だ。

 早速、湯船にお湯を張り、風呂に入る。


「お背中でもお流ししましょうか?」


「必要ない。しばらく一人にしてくれ」


 ルイーダが声をかけてくるが、俺は素気なく断る。なんだかんだで、彼女と一緒にいると疲れるのだ。

 一人で湯船に浸かりながら、心を楽にする。最近何かと考えてばかりだった気がする。本来俺は力業で解決する方が好みなのだ。知恵を出すのは、賢者や魔法使いの役割だ。

 だが、なんの因果か、今回のパーティー?では、俺以外はポンコツである。頭は良いのかも知れないが、常識がずれてる。

 だが、この壮大だか何だか分からない実験も、回を増すごとに確実に進んでいる。上手くいけば今回で終わりかもしれない。そうなったら、出来上がったどっかの世界に、さっさと移動しよう。なに、深く考えなくても上手くいけば、数多くの世界が出来上がる。気に入らなければ滅ぼして別の世界に行けばいいだけだ。

 そんな事を考えながら、久しぶりの風呂を堪能した。


 翌朝スッキリとした気分で目覚める。時刻はもう昼に近い。夜は早く寝たのでかなりの時間眠っていたことになる。どうやら知らず知らずの内に疲れがたまっていたらしい。

 ルイーダはすでに起きていて、バルコニーから街の様子を見ている。


「何か珍しいものでもあったか?」


 俺が声を掛けると、ルイーダは振り向いてニッコリと笑う。


「なにもかもですよ。こんな場所から街を眺めるのなんて初めてですから」



「そうか。では、飯を食いに行くぞ。近くにモンスターの肉を取り扱う店があるらしい。ワイバーンは無理だが、オークの肉なら何時でも食えるそうだ」


 俺はルイーダを外に連れ出す。モンスターの肉を食うのも久しぶりだ。大体の世界において、モンスターの肉の美味さは、モンスターの強さによるが、ことオークに限っては、例外であることが多い。何故かは知らない。きっと普通の動物でも、ライオンより猪や鹿の方が美味いのと同じようなものだろう。


 紹介された店はなかなか繁盛しており、昼食時を過ぎていたというのに、ほぼ満席だった。席に案内されたた後、オーク肉のおすすめ料理を頼む。おすすめはシンプルなステーキだった。


「これはなかなか美味いな」


 味付けは塩と幾つかのスパイスのようだが、肉のうまみを上手に引き出してる。食べ応えも十分だ。ルイーダの方を見ると、目を瞑り感動に打ち震えているようだ。


「本当に美味しいですね。ドラゴンの肉はもっと美味しいんですか?」


「多分な」


「それは楽しみですね」


 最初の、ゴミを平気で食っていた人物とは、まるで別人のようだ。

 それから俺達は、パレードが始まるまで、出店をまわったり、吟遊詩人の歌を聞いたりして過ごした。

 

 いよいよ、パレードの日がやってきた。煌びやかな音楽隊が先導し、後に騎士団らしき者たちが続く。中央にいるのは国王だろう。兜を脱いで、大勢の民の声援にこたえている。そしてその後には、本当に巨大なドラゴンが、半ば氷漬けで、特別製の馬車に乗せられて運ばれていた。頭から尻尾まで50mはあるだろう。ざっと見積もって体重は100t以上。確かにこれならば、1万人は居ると思われる、この都市の住人全員に、配れる量の肉は取れそうだ。気前のいい話だとは思うが。


 パレードはゆっくりと進み、王城の前の広場でひとしきり国王の演説があった後、ドラゴンが解体され始められる。貧富の差こそあれ、皆行儀よく列を作って並んで、肉を受け取っている。流石に貴族や王族と思われるようなものは並んでなかった。それらの者達は別口だろう。もしかしたら、下っ端貴族は、召使か誰かが並んでいるかもしれない。

 肉は生でもらっても、焼いたやつをもらっても良かった。せっかくなので焼いたやつを貰う。オークと同じステーキだったのだが、まず匂いが違う。色も違う。油が光っている。それもギラギラという光りではなく、キラキラという光り方だ。

 

「うーん。なんて美味しいんでしょう。何だか食べただけだというのに、こう、胸が熱くなるようです。これが感動というものなんでしょうか?」


 確かに肉は美味かった。だが俺はそれよりも、遥か彼方に不穏な空気を感じていた。


(これはあれか、ドラゴンが大量に発生したのか?)


(私もそう思います)


 ユニがそう答える。


(放っておいたらどうなる)


(間違いなくこの国どころか、すべての生物は食いつくされ、後はドラゴン同士の共食いが始まるでしょうね)


 ユニの答えに、俺は小さくため息をつく。


(どう考えても、ルイーダのせいだよな。この世界そのものとは関係ないよな)


(そうですね。失敗の原因は明白ですし、次は上手くやれるのではないでしょうか?)


 何でもない事のように言うが、こういう感じで俺の人生も決められていたのかと思うと、何だかイライラする。


(いや、ドラゴンを倒して見守ろう。まだ、人を襲ってない状態なら影響ないだろう?)


(多分としか言えませんが……)


 俺とユニが真剣な話をしているにもかかわらず、原因たる当の本人は、幸せそうにドラゴンのステーキをほおばっていた。

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