第29話 善人の国1
その都市の城壁は、明らかに外敵からの防御を目的としたものだ。それがモンスターなのか同じ人間なのかはまだ分からない。
城門には門番が立っており、城門で荷物や人物のチェックなどを行っている。どうやら都市に住んでいる人間や、商人なんかは、身分証のような物を持っているみたいだった。ああ持っていないものは別の列に並ばされ、入念とは言わないまでも、それなりのチェックを受けていた。それに、金も払っているようだ。
「お金はどうしましょうか?」
こいつは簡単に金を作れるんだよな。だが、あまりこういった些細なことで頼りたくはない。というか借りを作りたくない。
「……前に換金した金が、通用するか試して見てからにしよう。この文明レベルでは、どうせ金貨銀貨は、重さで価値が判断されているはずだ」
駄目だったら、ご丁寧に門から入る必要もない。結界も張られていないし、これぐらいの城壁など、入ろうと思ったら簡単に入れる。
「そうですか……」
ルイーダはちょっと残念そうだった。なにか、もしかして俺を助けようとしてくれたのか?余計なお世話だ。そう思うなら、さっさと俺を開放してくれ、と無駄だと思いつつも願ってしまう
俺達は身分証が無いもの、所謂よそ者が入る為に並んでる列へと進む。俺達が並んでいると前に並んでいた奴が話しかけてくる。ギターに似た弦楽器を背負っていて、見るからに旅の吟遊詩人といったいでたちだ。
「お二人さんはどういった御用で、この街まで来たんですか?」
職業柄、好奇心が旺盛なのだろう。特に俺達を怪しんでる風には見えない。
「ちょっと人探しをしていてな。この街なら見つかるかも、と思ってきたんだよ」
俺はこういった時につく嘘を話す。無難で怪しまれにくい怪しまれにくいやつだ。
「ああ、なるほど。この街はよそから流れてくる人も多いですし、何より国一番の冒険者ギルドがありますからね。ちなみにどんな方なんですか?差し支えなければ教えて頂いても良いでしょうか。私、見ての通り旅の吟遊詩人でして、もしかしたら存じ上げているかもしれません。もちろんこちらから話しかけたのですし、情報料は頂きませんよ」
どうせ嘘だし、こいつが知っているわけでもないのだが、わざわざ無償で情報を提供しようなど、お人好しなやつだ。もしかしたら存外演奏の腕が良くて、金には困っていないのだろうか。
「捜しているのは、こいつの姉だ。顔立ちはよく似てるが、髪はブロンドで、瞳は青いな」
「うーん。これ程美しいお嬢さんなら、合えば忘れるはずもありません。残念ながら私はお会いしたことがないようです」
吟遊詩人は少し残念そうに言う。まあ、適当に言った嘘だからね。逆に知ってるとか言われたら困るし、なんか企んでいそうで怪しい。
ルイーダの方は褒められたというのに、顔を少しこわばらせている。
「どうしたんだ?」
「いえ、その、こういった方々には何度も騙されていましたので……」
ルイーダは小声でそう答える。ああ、こいつらいわゆる流れものだからな。犯罪に手を染める奴も少なくないだろう。だが、世界を一瞬で消せる奴が心配する事ではないと思う。
「しかし、旅芸人と思われる者が意外と多いな。この街はこんなものなのか?」
ざっと見たところ、こちらの列に並んでいる物の三分の一ぐらいが何らかの旅芸人らしき恰好をしている。文明レベルにもよるが、娯楽を主体として街が成り立つこともあるので不思議ではないかもしれない。だが、俺の感覚ではちょっとそれには足りないように思える。
「おや?あなた方は知らなかったのですか?凱旋パレードが開かれるんですよ」
吟遊詩人が驚いたような顔をして言う。
「凱旋パレード?」
「ええ。国王陛下が軍を率いて竜を倒したんです。五つの村と二つの町を破壊し尽くした、邪悪な巨竜ですよ。これから先数百年、いや下手したら数千年語り継がれ、おとぎ話になるような英雄の誕生ですよ」
少し興奮した様子で吟遊詩人が説明する。巨竜ね……そう聞くと凄い様だが、実際は5mぐらいの大きなトカゲに、羽が生えたような場合もある。権力者はとかく自分の手柄を大きく見せがちだ。そもそも本当に危険なら、国王自ら討伐に向かうというのがちょっと信じられない。
「なんか、お二人とも反応が薄いですね」
吟遊詩人が訝しげな表情をしている。
「ああ、いや、急にそう言われても凄すぎて実感がわかないだけだな」
慌てて言い訳をすると、吟遊詩人は疑う様子もなく、相槌を打ってくる。
「そうでしょう、そうでしょう。自分も最初聞いたときは、直ぐには信じられませんでしたからね。この英雄と同時代に生まれたことを神に感謝していますよ。私の作った歌が英雄譚として語り継がれることになるのですから」
そう言って、吟遊詩人はうっとりとした表情になる。列に並んでいるだけでも吟遊詩人らしき者は何人もいる。お前が作った歌が残ると決まっている訳じゃ無かろうに、と言いたかったが、何も自分から喧嘩を売ることはあるまい、と考えなおして、列に並んでいる間、吟遊詩人と話し込んだのであった。
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