第27話 善人の街2
ペルサロヤの街を一言で言うなら、治安の良い街だ。この時代にしては、というかどの時代と比較してもかなり治安がいい。何せスリが出るぐらいで、治安が悪いと言い、恐喝なんてされたものが出た日には、兵士が駆けつける。街中合わせても、喧嘩すら年に数回あるかどうか。殺人など起こったことがないらしい。刑罰での死刑もない。この街の物は人が死ぬことを極度に拒否反応を示していた。
そのせいだろうか、兵士の態度も物腰が柔らかい。その兵士の仕事だが普段は迷子の世話や落とし物探しがメインだそうだ。ちなみに冒険者ギルドどころか、冒険者という職業もない。
(ある程度の負の感情は有りますが、殺人を犯すほどではありませんから)
俺が考えているのを知って、ユニがそう言ってくる。自分の中ではこの街の規模なら、年に数回は殺人事件が起こってもおかしくはない、と考えている。また、正当防衛で相手を殺してしまう事もあるだろう。だが、そういった考えはこの街ではかなり物騒な考えらしい。
強いて難点を言うなら、生活臭がいささかきつい事だろうか。だがこの文明レベルではそれも仕方ない事だ。寧ろましなレベルだろう。
「さて、観光するほどの建物が有るわけじゃ無し、飯でも食いに行くとするか」
戦争が起きたわけでもないので、記念館や銅像らしきものもない。衣住食には困らないが、逆を言えばそれだけだった。
「ここにするか」
俺は大通りの、ちょっとこじゃれた店に入る。
「いらっしゃいませ」
若い女性の店員が明るい声であいさつしてくる。この街の店員は全てレベルが高い。外見とかそういうのではなく、横柄な態度をとる者が居ない。直ぐに丁寧な態度で、空いた席に案内してくれる。
「ご注文はお決まりですか?」
「特に希望はないかな……まあ、肉料理でおすすめのものが有ればそれで」
「わ、私も同じものでお願いします」
こういうところに慣れてないのか、はたまた、まだ人間が怖いのか、ルイーダは少し顔を赤らめ、俯き加減で喋る。今の姿からは、とうていエカテリーナを丸飲みにした姿は想像できない。
「それでは子羊の煮込み料理はいかがでしょう?」
「ああ、じゃそれを二つとパンとワインをくれ」
「はい。承知いたしました」
こ気味よく答えて店員は去って行く。モンスターの肉なんかは無いようだ。ランクの高いモンスターの肉は、肉それだけでうまい。もちろん畜産が発達すれば美味い肉用の家畜も生産されるようになるが、この文明レベルではそれは期待できない。
(モンスターはいないのか?)
(そうですね。知性の無い、小型の凶暴な生物はいますが、モンスターと定義してよいか微妙ですね。所謂悪意を持ったものではありませんから)
ルイーダは、人間以外にもいきわたるほどの、負の感情は解放しなかった、という事だろう。
そんなことを考えていると料理が運ばれてくる。料理は丁寧に作られており、盛り付けも丁寧だが、美味いかと言われると微妙というのが正直なところだ。多分この文明レベルでは美味いんだろうが、俺の舌が肥えているからだろうか、モンスターがいた世界では、ただ焼いたオーク肉でもこれより美味かった。
だがルイーダは目を輝かせて、肉をほおばっている。
「うーん。このお肉は柔らかくて美味しいですね。噛まなくても口の中でとろけていくようです」
いや、それはおおげさだろう。そこまで柔らかくはないし、口の中でとろける程脂がのってるわけでもない。大体羊の肉なんて、高級と言ってもたかがしれている。しかもこの店がそんな最高級の料理を出してくるとは思えない。
ワインも食事と一緒に飲むなら、こんなものだろう、という程度だった。だが、それもルイーダは美味しそうに、ごくごくと飲んでいる。一瞬だけ急性アルコール中毒を心配したが、この女がそんな事で死ぬわけがない。
「まあ、美味いんだったら何よりだ」
俺はぶっきらぼうにそういう。と言いつつも、単純に奢った相手が嬉しそうに食事をするのは、悪い気分じゃない。それに、不味いといわれても、これ以上の料理を自分で作れるわけじゃない。人の入り具合から言って、このレストランが不味い店というわけでもないだろう。
「ヴィル様は、あまり美味しそうではありませんね」
食べることに一息ついたのか、俺の様子をルイーダが心配している。
「不味くは無いが、他に美味い物を知っているからな。この文明レベルではこんなものかという程度だな」
「これより美味しいものが有るのですか?それはどんなものでしょう?」
ルイーダは子供のように、少しはしゃいだ様子で聞いてくる。
「そうだな、肉料理に関しては、やはりドラゴンの肉は文句なしに美味い。モンスターの居ない世界では霜降りの牛肉だな。だが、ドラゴンはやはり別格だ」
似て良し、焼いて良し、どんな料理でもドラゴンの肉は美味かった。思い出しただけでもよだれが出そうだ。
「ドラゴンといったらモンスターですよね」
「まあ、そうだな。世界によっては知的生命体の一種族の場合もあったがな。大体においてモンスターの肉は普通の動物より美味かったな。解体して、結構な値段で売れたものだ」
俺は冒険者だった時代を、少し懐かしく思い出して答える。思えば勇者などと担ぎ上げられる前が一番幸せだったかもしれない。
「それは、やはり負の魂が有る方が美味しいと言う事でしょうかね」
ルイーダが考えるようにいう。
「そこまでは知らんよ。第一、知性がないモンスターも多かった」
「そうなんですね。でも、負の魂を開放する事が、ちょっとだけ楽しみになりました」
「せっかく、ここまでうまくいったんだ。変な気を起こさないでくれよ」
いきなり、モンスターの大群に襲われて滅亡とかなったら、またやり直しである。いくら時間があると言っても、無駄な時間を過ごしたいわけじゃない。
(では、食事を終えたらまた千年後に行きましょう)
(そうだな)
取りあえず、この街でこれ以上ルイーダの機嫌を取るのは無理そうだ。もっと発展したら宝飾品でも送れば喜ぶだろうか。
そんな事を考え、千年後に行った世界は、またもや街が廃墟になった世界だった。
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