第26話 善人の街1
門には兵士らしき人物が立っている。一応槍は持っているが、体重のかけ具合から見て、足の負担を軽くするための杖代わりに使っている。あれではとっさの時に、槍は構えられないだろう。つまりはたるんでいる。
「おや、旅人さんですか。ペルサロヤの街へようこそ」
こちらが近づくと、兵士はニッコリと笑って挨拶する。えっ、それだけ?身元の照会とかはないの?
「どうかされましたか?」
こちらが固まっていると、兵士が怪訝そうな顔をしてくる。
「ああ、いや、もう入って良いのかなと思ってな」
「もちろんですよ。この街にいらっしゃったのでしょう?」
「それはそうだが……」
「この街は良い街ですよ。きっと気に入ると思います。どうぞごゆっくりお過ごしください」
兵士は全くといって警戒していない。これはこの兵士がそうなんだろうか。それともそういう世界なんだろうか。悩むところではあるが、変に色々調べられるより面倒が無いので、そのまま街に入る。
街の中はそれなりに活気があった。大通り沿いには店の他にも、露店が並んでおり、人通りも多い。
「金が要るか……」
人々はお金を払って物を買っている。当たり前といえば当たり前の光景だが、今までその当たり前の光景が見られなかっただけに、ちょっと新鮮だ。
「お金ですか。それぐらいでしたら、私も用意できますよ」
ルイーダがちょっと得意げに言ってくる。
「いやいい。自分で用意する」
だが俺はすげなく断る。道行く人に質屋か、物品交換所のような所が無いかを聞く。意外な事に冒険者ギルドのようなものはないらしい。宝飾品を扱う店があったので、そこに行く。念の為に、手持ちに換金用の宝石を持っててよかった。
「いらっしゃいませ」
店のドアを開けると、人の良さそうな初老の人物が迎えてくれる。雰囲気からして店主だろう。
「中古の宝飾品を売りたい。頼めるか?」
「はい、大丈夫ですよ。品物をお見せ願えますか」
柔らかい物腰の店主に、俺は持っていた幾つかの大粒の宝石を渡す。店主は宝石をテーブルに置き、眼鏡を持ち出すと、丁寧に一つ一つの宝石を鑑定していく。
「皆大粒で、状態の良い宝石ばかりですね。金貨150枚でどうでしょうか?」
金貨1枚がどれぐらいの価値があるかちょっとわからなかったが、曲がりなりにも金貨だ。1枚で1日ぐらいは過ごせるはずだ。
俺は店を出て次に服屋を探し始めた。
「ちょっと、そこのお兄さん。そこから先は危険だよ。もし、普通の買い物がしたいだけなら、大通りで済ませた方が良いよ」
ちょっと小道にそれようとしたところ、巡回していた兵士に声を掛けられる。
「危険って、どれくらいだ?命の危険があるのか?」
「とんでもない。そんな危険な場所なんて、街の中に有るわけないじゃないか。スリが出るんだよ」
兵士が俺の言葉に驚いている。ちょっと雑然とはしているが、普通に人も歩いていて、確かにそこまで危険な様子はうかがえない。何より殺気を感じない。スリ程度で危険な場所か……治安は良い様だな。
スリ程度、俺には危険の内には入らなかったが、俺の捜しているものも無さそうだったので、兵士の忠告を素直に聞いて、大通りに戻る。
「何かお探しなんですか?」
ルイーダが俺の行動を不思議に思ったのか、そう尋ねてくる。
「まあ、ちょっとな。お、良さそうな店があった」
そこはちょっと高級な普段着を扱う店だった。パーティなどできるものではない、高級だが、普段着を扱う店だ。
「いらっしゃいませ」
中には中年の女性がいた。
「ちょっと聞きたいのだが、表に飾ってある服の値段はいくらだ?」
「あれはうちでもとっておきの品でして。銀貨25枚ですよ」
1金貨が何銀貨かは分からないが、10銀貨としても2.5金貨だ。十分足りる。
「では表にあるやつと、もう一着この娘に合う服を見繕ってほしい」
「はい、畏まりました。お嬢様は素材がよろしゅうございますからね。きっと何を着てもお似合いになりますよ」
そう言ってにこにことしながら、置くへと品物を取りに行った。
「え?ヴィル様。どういう事でしょう?」
「見ての通りだ。白いワンピースのままじゃなんだろう。せっかくまともな服を作れる街が出来たんだ。今のうちに買っておけ。ほら」
そういって俺は夫人の行った奥へと、ルイーダを押しやる。暫くすると花柄で青を基調とした生地に、胸元に大きなリボンが付いているブラウスとブラウン系のフレアスカートを着たルイーダが現れる。こういう服を着たことが無かったせいか、少し顔を赤くして恥ずかしそうにしている。最初は病的に思えた面立ちだが、今では健康そうな顔になっており、元が良いだけにかなり可愛い。正体を知らなければの話だが……
「どうでしょう。見間違えたのではありませんか?」
婦人はにこにこしながら言う。まあ、確かに悪くはない。
「この街に来たばかりで、金貨しか持ち合わせがない。金貨で何枚だ?」
「あらまあ、2つあわせても、銀貨60枚ですよ。金貨1枚分にもなりません。もしよろしければ他の服もご購入されますか?」
「ああ、では頼む」
次に着てきたのはワンピースだ。だが白一辺倒の飾り気の無いものではなく、淡いパステルピンクの生地に、銀糸で幾何学模様の刺繍がしてあるものだ。これも悪くはない。
「これと、靴を2足合わせまして、丁度金貨1枚でどうでしょう」
相場は分からないが、この婦人がぼったくりをしているようには見えなかった。それに、金貨1枚ならどうと言う事もない。どうせ長くこの街にいるつもりもないのだから。
「ヴィル様。えっと、有難うございます。何をお返しすればよいか……」
「お返しなどいらん。目的あっての事だ」
(一応服をプレゼントしたが、あまり喜んでないのか?特に変化が無い様だが……)
今までは、喜んだとき大きな変化があった。それを期待したのだが、目に見る限り変化はない。
(いえ、ルイーダ様の中の心の変化には大きなものが有ります。おそらくこの街が気にいったので壊したくないのでしょう)
(そうか、ならば、暫くここに滞在するのも良いか。俺としてはもう少し発展した時代の方が好みなんだがな)
かと言って、時代を進めれば、何かの拍子でこの街も滅ぶかもしれない。俺はそう思い、この街にしばらく滞在することにした。
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