第25話 子作り資料

 資料を読み始めて最初に思ったことは、幾ら子作りに関する資料といったって、無駄が多すぎる、って事だった。誰それがどんな性癖を持っているとか、どんな食べ物が好きとかどうでも良い。……いや、良くはないのか。確かに同性愛者同士ではこの文明レベルでは人口は増えないし、食べ物によっては性的不能に陥るものもある。だが、それが滅亡につながっているかというと、そうは思えなかった。そういう者はマイノリティーであり、誤差の範囲としか思えなかった。それよりは性病が蔓延してた可能性の方が重要だろう。それに、どの体位が好きだの、性感帯はどこだのという記述とかどうでも良い。

 何も俺がそういう事が嫌いな訳ではない。だが資料として読むとなると、やることやってればいいじゃん、としか思わない。それよりも個人情報がここまでバレている事の方が嫌気がさす。つまり、俺の事もばれていると考えていいわけだ。俺だって清い身体って訳じゃない。そういうことは沢山している。特殊な性癖を持っている訳ではないが、他の者につぶさに知られている、と考えただけでも気が滅入る。

 もしかしたら、実験的なこの村だからつぶさに記録していたのかもしれない。そうだ、そうに違いない。俺はそう思って、資料を読み進めた。


 俺は精神的にダメージを受けながら何とか資料を読み込んだ。そこでなんとなく分かったのは、この村には差別というものが無かった、と言う事だ。この文明レベルにおいて、結婚できない男や子が産めない女は差別対象だった。ところが、この村はそれが無かった。町と呼べる規模に発展したら、子供を労働力とみなす風潮も無くなった。この文明レベルでは子供を労働力に加えないと、生産性が低くなりすぎる。

 要するに皆倫理観が過ぎたのだ。確かに飢饉の時に皆で餓死するのを選ぶほどではないが、これは致命的だ。人口や文明レベル的に、後の世から野蛮と言われるぐらいの倫理観でないと人口は増えない。


「何となく分かった。この人間たちは倫理観が高過ぎたんだ」


「えっ?それなりに負の感情を解放したと思ったんですが……倫理観が高くてで困ることがあるのでしょうか?」


 ルイーダが不思議そうに尋ねる。


「うーん。まあ、倫理観が高いのが悪い事ではないと思うが、差別とかが無さすぎるのが不味かったみたいだな。この文明レベルだと無理にでも結婚して子供を作らないと、人口は増えない。もっと文明のレベルが発展すれば話は別だろうが……」


「ヴィル様は男ですものね。無理やり犯される女の気持ちは分からないのですね……」


 ルイーダが悲し気な表情をする。


「いや、そこまで極端な話じゃねーよ。普通に親に結婚を決められたりすることだよ。この文明レベルだと乳幼児は半分以上が死ぬのに、平均出生数が4人以下じゃ人口は減るばかりだろう」


 自由恋愛、自由な家族計画、大いに結構だが、この文明レベルで維持できることではない。


「また、最初からやるのか?もうある程度、文明が発展してから始めた方が早くないか?」


「残念ながらこの村の規模から始めるのが、限界です。どんな世界であれ、知性が目覚めたとたん高度な文明を築くことなどありえませんから。それにこれはルイーダ様から、力を引き出して築いています。ルイーダ様の許可なくは、それ以上の力は揮えません」


 はぁー、相変わらず面倒臭いな。


「いっその事、違う種族でやるってのはどうだ?」


「主様が、この様な場合に生殖について分析できるのであれば構いませんが……」


 うん、それは無理だな。同じ人間型でも分からない事があるのに、完全に他種族なんて無理だ。昔、多くの種族が宇宙に散らばる世界に生まれたことがあるが、魚類から進化した知的生命体の生殖活動なんて理解できない。


「ルイーダとしてはどうなんだ?こんなちまちまやってても仕方ないだろう」


「いいえ。人間が自分の愚かさによって滅んでいくこと。なかなか面白いものですよ。ヴィル様も世界を滅ぼそうと決心されたのです。楽しんではいかがでしょうか?それに、力を開放するのは構わないんですが、どこまで開放すればよいか不安なんです」


 こいつも面倒臭い女だった。


「ああもう、分かったよ。じゃあ次はもう少し悪意がある村だな。悪意といったら言いすぎか。もうちょっと他人を強制させるような奴が居る集団だ」


 ユニが前と同じように一瞬だけ目を瞑る。そしてそこにはまた最初の村が出来ていた。今度出来た村も基本的には善人の村だ。だが、しばらく暮らして見ると、仕事を怠ける奴や、それを怒る奴が居る事が分かる。何となく普通の村っぽい。


(ではまた、千年後に移動しますね)


 猫になったユニがそう心に囁き、次の瞬間には景色が変わる。村はそれなりに大きな町と呼べる規模になっていた。


「おっ、前より良さそうじゃないか。やはり多少は発破を掛ける奴がいないと駄目なのかもな。それと怠け者も」


「怠け者は必要なのでしょうか?」


 ルイーダが不思議そうに聞く。


「本当の怠け者は必要ないだろうけどな。有能な怠け者は必要だな。彼らが楽をしたいと考えてくれることで、人間は進歩するんだ」


(それではまた、千年後に移動しますね)


 景色がまた変わる。今度は廃墟ではなく、低いながらも城壁を備えた、かなり大きな街だった。多くの家は木造ではなく、石か煉瓦で作られている。中央には領主の館らしい比較的大きな建物もある。


(どうやら複数の町や村が出来ているみたいです。この街が一番大きな都市ですね)


 ユニがここ以外の情報を伝えてくれる。それが本当で、周辺の町や村をこの都市の領主が治めているのなら、ちょっとした国ともいえるものだ。その割には城壁が低いが……一応石造りではあるが、高さは3mもない。壁の厚さも薄そうだった。城壁というより家の塀を、都市を囲うまで規模を大きくした感じだ。

 奇妙といえば奇妙だが、そもそも壁などない都市もあったのだから、これぐらいは許容範囲だろう。


「取りあえず入ってみるか」


 俺はそう言って街の方へ進んでいった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る