第21話 最初の村

 揺れが収まった後、周りを見渡してみるが、目に見える範囲では変化がない。最も窪地なので、目に入る範囲などごくわずかである。俺はどちらに進もうかと迷ったが、取りあえず先に、つまり今森の方向とは反対側に進むことにした。丘の高さは変わらなかったので、直ぐに頂上に着く。

 そこから見えたのは、たわわに実った小麦畑と、100軒ほどのちょっとした農村だった。畑には小麦を刈り取る村人がいる。村の中では収穫した小麦を脱穀したり、小麦粉に加工したりしている姿も見える。皆意志があり、働いているようだ。さっきのゾンビもどきとは違う。着ているものはみな粗末なもので、豊かそうには見えなかったが、みんな笑顔だ。子供たちも元気に走り回ったり、親の手伝いをしたりしている。細かいことかもしれないが、年頃の若い男女もいる。

 文明だ。初期の初期のものだが、文明と呼べるものだ。当たり前といえば当たり前の風景だが、随分久し振りに見たような気がする。ん?だがちょっと待てよ、いままで兎や魚ですら生命の根源とかなんとか、御大層な設定がついていた。ここにいる人間が普通の人間だろうか?もしかして神とか言う奴ではないだろうか。


(なあ、あそこにいる奴らって神なのか?)


 俺は心の中でユニに聞いてみる。我ながら情けないが、俺の自分の力に対する過信はとうに失せている。何せこの世界では兎ですら殺すのに苦労するのだ。相手によってはこちらが殺されかねない。


(貴方様の思い描く神ではありません。力も持っていません。ただ、世界が広がり信仰する者が出てくると神になる可能性は秘めています。ただこの者達は彼女が監視だけしている、善良な魂の集まる世界から漏れ出したものが素となっていますので、今のところは善良なただの人間ですよ)


 それなら、あの兎や魚なんかはどうなんだよ、と思ったが、多分この世界そのものとつながりが有るか、よそから魂を持ってきたかの違いがあるのだろう。うん、そうに違いない。

 俺は村の方に歩こうとしたが、いつの間にかルイーダが左手を掴んでおり動かない。無意識に力を入れたのか、ミチミチと聞こえてはいけない音が左手から聞こえてくる。


「おい!いくら何でも強く握りすぎだ。痛いじゃないか」


 思わず俺は声を荒げる。


「す、すみません……つい力を入れてしまいました」


 入れるたって限度があるだろう。この俺が痛がるほどの強さだぞ。一瞬そう思ったが、直ぐにエカテリーナの様子を思い出す。こいつは見かけによらず、人の手ぐらい簡単にちぎってしまう女だった。

 だがその恐ろしい女は、眼下の平和そうな村を見て、何と怯えていた。


「なんだ?何か怖い事でもあるのか?お前が待ち望んだ世界の復興と言うべきものだぞ」


 原始的ではあるが、初めて知性を感じられる者達に出会ったのだ。宇宙云々より、こう言った物の存在こそが、世界を感じさせるのではないだろうか。


「それはそうなんですが……私、人が怖いんです……」


 ルイーダはそう言って、村から顔をそむけ、手を逆に村の方に向けた。すると手から一条の光が放たれる。それが村を一薙ぎすると、地面がすさまじい音と閃光をあげてはじけ飛んだ。

 直ぐに衝撃波と熱波が俺を襲う。俺は地面にうずくまり、それに耐えた。

 どれぐらいたっただろうか、俺は厚く積もった灰を押しのけ立ち上がる。横にはボーとしているルイーダがいた。あの衝撃でも傷一つ負ってはいない。

 眼下に広がっていた、平和そうな農村はクレータと化している。爆発のエネルギーはすさまじく、まだクレータの内側は熱を帯びた岩が赤々と燃えている。もちろん村の跡など、かけらも残っていない。


「お前、世界を救ってほしかったんじゃなかったのかよ……」


 いやー、正直自分でも滅びた世界を救うなんて面倒臭いとは思っていたけど、流石にこれはどうなの?なんか糸口が見えたかもと思った瞬間、灰燼と化してるよ。ちょっと人目を避けたい程度の感じで、村一つ無くなってるんですけど。


「すみません。心の準備が整ってなかったものですから。まだちょっと大勢の人が居る所は怖いようです」


「それって治るもんなの?それとも治るまでこれを繰り返すの?そうだったら流石に善良そうな村人を使うんじゃなくて、エカテリーナみたいなので練習すればよくないか」


 俺も確かに世界を滅ぼそうとは考えていた、その時にはもちろん罪の無いものも犠牲になっただろう。覚悟はしていた。だがこれはちょっと違う気がする。


「あちらは私の体内の一部で、単なる栄養源だから別に緊張しないんですよ。ですが、善良な人たちを見ると、なんか自分が穢れてる気がして、責められそうで怖いんです」


 実際これ以上ないって、ぐらい穢れてるけどね。自覚ないのかぁー。


「で?じゃあどうするの?もう一度村を出して練習するのか?まあ、止めはしないが、俺は離れたところにいるから、心の準備が出来たら教えてくれ」


 平和な村が一瞬で完膚なきまで破壊されるのは、自分がやるならともかく、人がやっているのを見てもつまらない。


「そんな。村の作り方なんて自分に分かりません」


「いやそんなこと言われても、俺も知らねーよ」


 なんだよ。本当に無自覚に作ったのかよ。同じ喜びでは変化が無いってユニにも言っていたしな。もう一回花冠を被せても無理だろう。

 さてどうするか、と思っていると、目の前に霧が集まり始め、それが人型になり、そして夢の中に出てきたユニの姿になった。そして俺達の前に恭しく跪く。


「お困りの様子ですね。私でお役に立つことがあるなら、何なりとお申し付けください」


「貴方、誰?」


 俺に対する態度とは違い、冷たい口調でルイーダが尋ねる。


「これは失礼いたしました。以前は貴方様の一部として吸収されていたのですが、今はヴィルヘルム様を主とし、精神の中に住まわせていただいているものです。この度また少し私の力が戻り、こうして姿を表すことが出来るようになりました」


「何を企んでいるの?」


「何も。私はヴィルヘルム様を主としております。強いて言えば、ヴィルヘルム様の望みを叶える事でしょうか。もちろん力の及ぶ範囲内ではありますが……」


 なんとなくとげとげしい雰囲気が、ルイーダとユニの間に流れているような気がする。そもそも元は敵同士みたいなものだ。だがユニを今殺されたら困る。今、この世界に俺とルイーダ2人っきりになってしまう。


「あー、なんだ。見ての通りせっかくできた村が無くなってしまった。どうすれば良いと思う?」


 ともかく、今は争っている場合ではない。俺は建設的な方向に話を持って行く。


「また作ればよろしいかと思います。ここにあった村は単に破壊されただけで、素となった粒子は漂ってますし、魂もまだ滞留しています。良ければ私がやりましょうか」


 え?村の再生って、そんなに簡単に出来るものなの?部屋の掃除をやっておきましょうか、というようなノリで言われたんだけど……


「まあ、出来るならやって欲しいが……」


 半信半疑でそう答えると、ユニは目をつぶり一瞬だけ集中する。そしてその後には、以前と変わらない村が眼下にできていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る