第22話 善人だけの村

「もうさあ、こんなに簡単に村を作れるんだったらさ、お前ら二人で好きなように世界を作っていればいいんじゃないか。なにも俺を巻き込む必要なんかないだろう。まあ、壊したくなった時に呼んでくれよ。俺は俺で適当に時間をつぶすから」


 半分投げやりな気持ちで俺は言い放つ。だって俺もう関係ないじゃん。なんで俺が付き合わなきゃいけないわけ。俺なんかした。いや、確かに世界を破滅させようと意気込んできたけど、まだ未遂じゃね。実際悪い事、何もやってないよね。


「何をおっしゃいますか。私はただ復元させたにすぎません。この村が最初にできたのは間違いなく我が主の力です」


「そうです。私だけではこんな事はできませんでした。それもヴィル様が私に、喜びというものを教えてくれたおかげです。この花冠、とっても嬉しかったんです」


 二人がかりで去ろうとする俺を止めてくる。さっきまで喧嘩しそうだったのに、お前ら仲が良いな。


「はぁ、まあいい。ではせっかく出来た村に行ってみるか。ルイーダはともかく、ユニは少しどうにかならないか?人型だが、どう見ても人間じゃないだろう」


 俺は軽いため息とともに、そう告げる。


「そんなに違いますでしょうか?それでは一層の事、これではどうでしょうか?」


 ユニはそう言うと、身体を変え始める。見る見るうちに小さくなっていき、猫の姿になった。所々に星のように白い斑点がある黒猫だ。瞳は金色のままである。元の服と同じ、緑だったらちょっと気味が悪かったろうが、これなら許容範囲内だ。


「良いんじゃないか。後ルイーダの方はいきなり攻撃するなよ。絶対だぞ」


 俺は念を押す。先ほどの攻撃なら耐えれるだろうが、こいつは底が知れない。いきなり至近距離で強力な攻撃を食らったら目も当てられない。即死する可能性は十分にあるのだ。その上、俺の魂は負に染まっている。あのエカテリーナの居る所に放り込まれて、ルイーダの糧となってしまったら目も当てられない。


「はい、分かりました」


 ルイーダは素直に頷く。本当に返事通りに分かったならいいのだが……これ以上は考えてもらちが明かない事だ。俺は村に向かって歩き出す。正直に言うと、先頭に立って歩きたくはない。危険な奴を背後に回して歩くなど、ちょっと前の俺では考えられなかったことだ。

 だがなぜか、三人の中で最も弱いと思われる自分が、リーダーシップを取らない状態になっている。状況は違うが、まるで鉱山のカナリアになった気分だった。


 村に向かって丘を下っていき、小麦畑の横を通ると、農夫が声を掛けてくる。


「おやまあ、旅人さんかね。こんな辺鄙なところに、珍しいもんですなぁ。何にもない村ですが、良かったらゆっくりしていってくだせぇ」


 ニコニコとしてそういう姿は善意にあふれている。そもそも辺鄙って、この世界にこの村しかないだろう。ここの村の人間の記憶はどうなっているんだ。


「なあ、この村ってさっきできたばかりだろう?記憶ってどうなってるんだ?」


 俺は振り返って、俺の少し後をおずおずと付いて来ているルイーダに尋ねる。


「……さあ」


 ルイーダはコテリと小首をかしげるが、全く可愛いとは思わない。俺が思ったのは、この役立たずという事だ。魂はお前が管理してるんじゃなかったのかよ。


(主様。補足させていただきますと、この者達の魂は、この世界に合うように、都合よく記憶を書き換えたものです。そうでないと、村という小さな共同体すら維持できませんので。微力ながら私が力を使わせてもらいました)


(ふーん。そりゃ、親切にどうも)


 俺は適当に返事をする。取りあえず今のところ矛盾が無ければどうでも良い。俺達は村の中に入り、散策する。

 村の家はどれも造りが同じで、台所兼居間、寝室と思える部屋が三つ、後は納屋といったところだ。豊かではないが、貧しくもないごく普通の農村だった。ただ誰もが農業をやっているようで、宿屋どころか食事処もない。狭い村なのでゆっくり見回ったが、一時間もたっていないだろう。

 村人は警戒心もなく、こちらが話しかけても嫌な顔一つしない。全員がだ。何だか俺はそれが気持ち悪かった。


「取りあえず、人間の世界が出来たみたいじゃないか。後はこれをあの世界樹の中にある、宇宙と結び付ければ、世界が出来るんだろう?ルイーダ良かったな。これで世界は救われたわけだ」


 俺は何にもやっちゃいないけどね。正確に言えば、花冠は作ったか……それを自慢するのはさすがに気が引けるが。


「ええっと。すみません。何だか違う気がします」


「何が駄目なんだ?まあ、俺みたいな者には居心地が余り良くないがな。善人だけの村だ。悪くは無いだろう?」


「そういう訳ではないんですけど……」


 ルイーダは煮え切れない。だが、やることも無いので、ルイーダが人に慣れる訓練だと思って、この村でしばらく暮らすことにした。村人は快く、自分達の家を、俺達の為に丸々一軒空けてくれる。

 だが数日も経つ内に、俺も違和感を覚え始めた。村人は毎日畑に出かけて野菜や小麦を収穫してくる。毎日だ。刈った小麦は次の日には、同じところに実を結んでいる。野菜もそうだ。村人が作る食事も毎日同じ。村人はそれを不思議とも、何とも思っていないようだった。村人の意志はある。だが、それは本当のものとは思えなくなっていた。


(主様。僭越ながら、私が説明させていただいてもよろしいでしょうか?)


 俺がモヤモヤとした気分でいたところ、ユニが恐る恐るといった感じで進言してくる。正体はいまだに胡散臭いと思っているが、こと知識面に限っては、役に立つ奴だ。俺は自分の中のユニの評価を上方修正する。


(ああ、説明してくれ。何なんだこの村は)


(それは、この村に変化という法則が適用されていないからだと思われます。一日二日でしたら何も問題無いでしょう。ですが、この村は未来永劫変わりません。子供は子供のままですし、人が死ぬことも、病気になることもありません。不満が無く、現状に満足しきっていますから、発展することもありません。永遠に同じ毎日が続くのです)


 なんだそれは。ある意味、地獄じゃないか。いや、見方によっては天国なのか?どちらにせよそんな世界は、世界じゃない。


(どうすれば、変化をするんだ?)


(それはルイーダ様が、変化を受けいれれば……)


 要するにルイーダが変化を止めている訳だ。


「ルイーダ。違和感の正体が分かった。変化というのをお前が止めているらしい。心当たりは有るか?」


 早速ルイーダに尋ねる。ルイーダは少し考えて、おずおずといった風な感じで答える。


「それは、あると思います。私は人が変化するのが怖いんです。何度もそれで酷い目に遭ってきましたから……」


 それは分かるが、このままではらちが明かない。


「だが、お前が止めたままだと、世界は復活しないぞ。この村のような世界で十分、というなら話は別だがな」


 これでOKなら、速攻でそんな世界は破壊して回るけどな、と心の中で付け加える。


「いえ……そうですね。私がヴィル様に救いを求めたのです。ヴィル様を信じてみます」


 そう言って、ルイーダは何度か深呼吸をし、何かに祈るようなしぐさをする。


(変化の力が解き放たれたようです)


 暫くすると、ユニの言葉が聞こえる。


(そうか、それじゃあ、世界の完成だな)


 ようやく、これでこの二人とおさらばできる。俺はちょっとほっとする。


(いえ、そううまくはいかないかと……千年後を見てみますか?)


(そんなに簡単に見れるものなのか?)


(時の流れの違う世界に入れば、僅かな時間ですみますよ)


 タイムマシンとかじゃないんだ。


「ルイーダ。ユニが千年後のこの村に連れてってくれるらしい。どんな変化を遂げているか見に行くか?」


 ルイーダは少し迷う様子を見せるが、素直に頷く。やはり、どんな変化があるのか気にはなるらしい。


(じゃあ、ユニ頼むわ)


(畏まりました)


 ユニがそう言うと、景色が変わる。俺の魂が最初に居たような、居心地の良い、だが何もない白一色の空間だ。そして直ぐにまた景色が変わる。おそらく滅んで百年は経ったのだろう。俺達は廃墟となり、誰一人としていない村の中にいた。

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