第20話 花冠

「私、作るのは苦手なんですが、壊すのは得意なんですよ」


 少し自慢気にルイーダは話す。それはそうかもしれないが、あっさり消し過ぎじゃないだろうか。世界を救ってとお願いするぐらいならもう少し検討しても良いと思う。


「消すのは良いが、次のあてはあるのか?」


「いいえ、全くありません。強いて言えばまたヴィル様が喜ばせてくれれば、新しい変化が生まれるんじゃないでしょうか」


 多分そうだろうが、他人事だと思いやがって。喜ばせるといったって、何すりゃ良いんだ。


(こんな何もなくなった世界で、今度は何をやれば良いんだ?お前に何かアイデアはないのか。仮にも神と言われてたやつらの、もっと上位の存在だったんだろう)

 

 困った時の神頼みならぬ、ユニ頼みだ。俺の心の中に住まわせてやっているんだ、困った時は積極的に助けてもらいたい。


(そうですね。供物として人間を捧げたら喜びそうですが、そもそもその人間がいませんからね。花で冠を作ってやったらどうでしょうか)


(えっ、花冠かよ)


 俺は自分が作った花冠を、ルイーダの頭にかぶせる姿を思い浮かべる。全然美しくない。こう言った物は小さい子供がやるから良いんじゃなかろうか。だからといって、さっきのゾンビもどきの子供に、やってもらうわけにはいかないだろうが。


(花冠は無理だな。作り方が分からん。花束ぐらい作ってみるか)


 改めて草原を見てみるが、生えてる花はどれも貧相だ。地面に群生してる分にはそれなりに綺麗だが、バラや百合のような華やかさも美しさもない。そもそも花束にするには花も、茎も小さすぎる。

 でかくしたら見栄えが良くなるだろうか……巨大化の呪文なら使える。ものは試しだ。失敗したところで、何のリスクもない。そう思い巨大化の魔法を、足元にあった青紫色の小さな花に使った。

 見る見るうちにその花は大きくなり、背丈は自分の身長ぐらい、花は直径30㎝程の大きさになる。

 小さいときは可愛らしく良いかなと思ったが、大きくなると結構グロかった。そっくりそのまま大きくなるので、葉脈が大きく浮かび上がっているし、小さいときは目立たなかったおしべめしべなどがでかくなると無視できなくなる。それにアクセントだった赤い斑点もなんか病気みたいだ。

 ……こんな事なら、綺麗な花を咲かせる魔法を学んでおくべきだった。役に立たないくだらない魔法だ、とその魔法が好きな奴を馬鹿にした、過去の自分を殴りたい。


「ヴィル様。なにをなさっているんですか?」


 ルイーダが俺の顔を覗き込みながら聞く。ああ、全く何やってんだか、俺も知りたいよ。


「何でもない。魔法の実験だ」


 我ながら苦しい言い訳だと思う。


「もしかして植物型のモンスターを作る魔法ですか?動きそうにありませんけど……」


「……失敗したんだ」


「そうなんですか?あ、良ければ私が教えましょうか?作るのは苦手なんですけど例外の一つにモンスターの創造があるんです。色んなモンスターを作れますよ。もちろん植物型のモンスターもいます。結構好きなんですよ。眠らせて養分にするより、しびれさせてツボ状になった花弁の中で、ゆっくり身体を溶かしていくようなモンスターが好みですね。その時の人間の苦悶の表情といったら……」


 ルイーダは恍惚とした表情を浮かべる。セリフと表情が全くかみ合っていない。これが、悪の女王みたいな人物だったら似合っていたのかもしれないが、見た目は可憐な少女なのだ。


「まあ、そんなものとは比べ物にならない苦痛を、魂の煉獄の中では味わってもらってるんですけどね。ただ、纏めて苦しめるのと、一人をじっくり苦しめるのでは、後者の方が味わいがありますよね。纏めてですと、どうしても大雑把になりますけど、一人ですと色々試せて、じっくり楽しめますもの」


 ルイーダはそういって両手を祈るように前に組み、少し潤んだ瞳で見つめてくる。明らかに俺に同意を求めている。多分同意すれば喜ぶだろう。それは分かるが、同意したくない。それは俺だって復讐を誓った以上、人間をどうやって苦しめようとか考えたことはある。だが、俺の考えた復讐方法なんて、ルイーダのやっていることに比べれば児戯に等しい。


「すまん、嘘をついた。実は花束に出来る花が作れないかと思って、花を大きくしてみたんだ。花冠は作れないからな」


「花束をどうするのですか?花冠は罪人にかぶせますけど……あれって棘がチクチクして地味に痛いですよね。特に磔にされた状態だと、かゆみも襲ってきてちょっと堪えた記憶があります。そんなものを作ろうとするなんて、ヴィル様は復讐する相手がいなくなったので、私を苦しめるおつもりですか?」


 ルイーダは少し怯えたそぶりを見せる。お前そんな魂じゃねーだろ、それにそんな危険な真似なんてしたくない。


「花冠はそんな事には普通は使わない。ちょっと待ってろ」


 はーっと、一つため息をつくと、俺は草むらの小さな花を採り、昔もらった花束の様子を必死に思い出し、つたないながらも茎を編んでいく。思考錯誤して1時間ぐらいたっただろうか。不格好ながら何とか輪になった花冠を作り上げる。


「ほらよ。不格好ですまないが、本来はその人物の栄誉を称えたときに送ったものだ。時代が進むにつれて勲章なんかに変ったがな。後は結婚式なんかに使われたりもしたかな。まあ、それはこんな不格好なものじゃ無かったろうがな」


 そう言って俺はそっと花冠をルイーダの頭にのせる。花冠は不格好だが、素材は良いのに質素で飾り気のない服を着ていたせいか、意外に映える。

 俺は鏡を出してルイーダに見せる。ルイーダはまじまじと鏡に映った自分の顔を見続ける。そして、ツーっと一滴の涙がルイーダの目から零れ落ちる。


「あれ?なんでしょう。この冠、痛くないのになぜか涙がこぼれます」


 その瞬間、地面がグラグラと揺れだす。


(えっ?もしかして喜ばれたの?)


(そのようですね。これは大きな変化が期待できそうです)


 ユニは嬉しそうだが、ちょっと待って欲しい、いくら何でも嬉しさの閾値が低くないか?食事の件といい、ベッドの件といい、世界創造がこんなんで良いの?色々ツッコミたいが今更といえば今更だ。俺は大人しく揺れが治まるのを待った。



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