第19話 人間?

 俺は身体強化で視力を強化し眼前の景色を観察する。身体強化が問題なく働くのは、この世界に召喚されてから安堵した、数少ない事の一つだ。そして、その眼前に見えるのはボーっとうつろな目をして動き回っている人間の集団だった。一人や二人じゃない、ざっと見ても千人以上の人間がいる。それが、丘に囲まれたちょっとした窪地の中を歩き回っているのだ。

 その動きはまるでゾンビの様だ。まるで生気が感じられない。それに、誰も服を着ていない。素っ裸だ。老若男女問わずである。いや老若男女と言うと語弊があるかも知れない。言葉の字面をそのまま解釈すれば間違ってはいないが、若い者はせいぜい7、8歳以下、老いたものは良くても60歳以上という極端な年齢層の集団だからだ。

 これが若くて、見目麗しい乙女がいたのなら、ちょっとは目の保養になったかもしれないが、いるのがちんちくりんのガキとしわくちゃな爺婆である。それが生気のない目でうろつきまわっているのだから、正直気持ち悪い以外何ものでもない。いまさらゾンビごとき恐れるものではないが、これは鳥肌ものだった。新種のモンスターか何かだろうか。

 ただ少なくとも此方を襲ってくる気配はない。じっと観察するのも嫌だったので、ユニに聞いてみる。


(あれはなんだ?モンスターなのか?ゾンビとも違うようだが……)


(モンスターの定義がいまいちわかりかねますが、あれは人間の抜け殻とも言うべきものでしょう。外見はあなた様と同じ種族ですが、肝心の魂が入っておりません。おそらくですが、睡眠も食事も必要ないのでしょう)


(あれも、ルイーダの意識から飛び出たものなのか?)


(それは間違いないかと。ただ、前にも述べましたように、魂はルイーダが管理しております。魂が無いと、小型の生命体程度ならともかく、知的生命体と呼べるものは活動できません。魂を自然に宿すには長い年月が必要です。貴方様に分かりやすく説明するなら、少なくとも50億年以上の年月が必要です。もちろんこれは私が元となった世界の法則ですので、彼女が作った世界には当てはまらない可能性もあります。

 ただこの世界は彼女が取り込んだ世界、つまりは滅ぼした元の世界がこぼれ出たものが基本となっているようですので、同じような法則である可能性が高いかと思います)


(何となく分かったような、分からないような……まあいい、それよりもなんでガキか年寄りばかりなんだ?それも世界の法則なのか?)


(ガキと年寄りばかりですか?余り差異は無いように思えますが。誤差の範囲なのではないでしょうか)


 これが誤差の範囲かよ……これだから超常の存在ってやつは……心の中で毒づく。ユニには聞こえているだろうが、聞こえていても構わない。


「なあルイーダ。こいつらはいったい何なんだ?」


 放っておいて、先に進んでも良いんだが、何となくそれは躊躇われた。例えて言えば、このイベントをクリアしないと次に進めないような、そんな感じだ。


「見ての通り人ですよ。なんとなくですけれど、ちょっとだけ人を赦す気になったのかもしれませんね。見てください、この人達は私に敵意を向けないんですよ。なんてすばらしい素晴らしい人達なんでしょう。」


 敵意どころか、何の反応もないし、知性もないけどな。


「若い男女、いや若すぎるのはいるが、まあ俺達ぐらいの男女がいないのはどうしてだ?」


「ヴィル様と私がいれば、十分なのではないでしょうか?」


「いやいや、俺とお前だけでどうするよ。世界を救いたいんだろう?そこに俺とお前の他は、このゾンビの成り損ないのような奴しかいない世界なんて俺は嫌だぞ」


 第一知性もないんじゃ、命令も実行できなければ、快適な生活を送る為の文明を作ることもできない。仮に何かできたとしても、こんな奴らに世話をしてもらおうとは思わない。しかも同年代は俺達二人で十分とか言いやがった。少なくとも俺は同じ女とずっと一緒にいるなんて御免だ。

 別に俺が浮気性な訳じゃない。普通の人間の一生なら分かる。だが永遠となると話は別だ。良く永遠の愛をとかぬかす奴が居るが、あれは何も起こらなくても、最後は寿命が来るからこそ誓える言葉だ。本当に永遠なんて言われたら、世の中の大半の奴がいやと言うに決まっている。


「どうして嫌なんですか?ここは良い世界じゃないですか?悲しみも苦しみも無いですし、美味しいご飯をヴィル様は作ってくれますし。もう世界は救われたんですよ。これもヴィル様が私を喜ばせてくれたおかげですね。

 うすうす感じてはいたんですけど、私が心を開くと世界が生まれるんですよね。その為に、ヴィル様はいろいろしてくれたんでしょう?もう十分ですよ。世界は救われました。こんな穏やかな気持ちになれるなんて、なんてすばらしい事でしょう」


 ルイーダは笑顔で天高く手を掲げて、丘の上でくるくると嬉しそうに回る。その下ではゾンビの成り損ないが、蠢いている。いや、どう考えても救われた世界じゃない……仮にそうだとしても、俺はどうなる。こんな世界で永久に生きろとでもいうのか。召喚されたら世界を滅ぼしてやる、と意気込んではいたものの、滅ぼしたい世界はこんな世界じゃない。寧ろこれは、滅んだ世界に近い。


(ユニはこれで世界が救われたとかんがえているのか?お前の描いていた世界はこんな世界だったのか?)


 ルイーダに尋ねてもらちが明かなかった為、またユニに尋ねる。


(最初に申し上げました通り、貴方様のなさることに口出しするつもりはありません。貴方様がこの世界に満足なさっているのであれば、私から特に申し上げることはございません。先ほど申しあげた通り、新しい魂も50億年もすれば芽生えるでしょう。その頃にはもう少しあの女性も打ち解けて、世界の法則が変わるかもしれません。そうなれば、世界樹の中にある世界も発展していくでしょう。素晴らしい事です)


 駄目だ、こいつも役に立たない……


「すまないが、俺は多少苦労があっても、それ以上の喜びや刺激がある方が好みなんだ。確かに不幸すぎるのは嫌だけどな。それに俺は俗っぽいんだ。こんな何もない世界で、仙人のように暮らす気なんてないんだ」


「ヴィル様は、眼下の者達を統べる王ですよ」


 ゾンビもどきなんかの王になったって、嬉しくねーよ。


「いや、あんな知性の無い者達を統べても意味がない。だからといって滅ぼそうという気にもなれない」


「つまりは、あの者達は役立たずと言う訳ですね」


 役立たずとはちょっと違うと思うが、訂正するのも面倒だ。


「そうだな」


 俺はそう相槌を打つ。


「残念です」


 ルイーダがちょっとだけ表情を曇らせる。すると一瞬だけヒヤッとする風が吹き抜ける。何とはなしに眼下を見てみると、ゾンビもどきが動きを止めている。いや凍っている?そう思う間もなく、細かな亀裂が体中に入り、割れたかと思うと、細かく砕け、空中に霧散していく。

 後には、まるで最初から何もなかったような、窪地が残るだけだった。


「役立たずは、後腐れなく消えてもらうのが一番ですよね」


 ぼそりとルイーダが呟く。後腐れなく、て確かにそうだけど、なんか違わなくね?こんなサラリという事なの?それとも俺の感覚の方がおかしいのか?俺はだんだん自分の感覚がマヒしていくのを感じた。


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