第13話 目から汗が
俺は振り切ったレーヴァテインを茫然と見つめる。柄の先には有るのは、世界を燃やし尽くす強大な力をもった炎ではなく、まるでろうそくの炎のような、今でも消え去りそうな小さな炎だった。
「あっ、あっ」
絶望、落胆、恐怖、怒り、憎しみなど色んな感情がまじりあって、俺は声が出せない。
「どうされましたか?」
ルイーダはそう言って起き上がる。切りつけた首は切れるどころか、ほんの少しの焦げ跡も、一筋の傷さえ見えなかった。
「俺の生涯をかけて手に入れた剣だったんだ……」
苦難に耐え、屈辱にまみれ、力のみを求めて手に入れた最強の剣。それを振るった結果がこれなんて酷すぎる。
「切るどころか、お前に傷一つ与えることが出来ないなんて……」
心のどこかでは殺せないだろうとは思っていた、だが傷一つも付けられず、ましてや、肝心の剣がこんな情けない姿になるなんて、思ってもみなかった。これならものは試しとばかりに、切り付けなければよかった。俺の中に後悔の念が広がっていく。
ルイーダは俺の言葉を聞いて、首の後ろを触り、それから後ろ髪を前にやり、丁寧に見た。そして、何かを見つけたのか、嬉しそうに俺に話しかける。
「ヴィル様。ほらここ、この髪の部分です。ちょっと縮れていると思いませんか。きっとヴィル様が付けたものですよ」
言われたところを見てみると、真っ直ぐで白い髪の毛の1本が途中ちょっとだけ縮れている。一房ではなくたった1本だ。だから何だという話だ。余計に自分が惨めになる。
「俺の剣……」
こんなロウソクの炎みたいな姿になってしまうなんて……その炎からは力も何にも感じない。
「ええっと。あ、そうだ!」
俺の様子におろおろしていたルイーダは何か思いついたのか、パッと明るい表情をすると、その髪の毛のわずかに縮れた部分を引っ張る。髪の毛は直ぐにぷっつりと切れる。そうして切れた髪の毛を、チロチロと燃えているレーヴァテインの炎に近づけ燃やす。
何という事だろう、そうすると炎が激しく燃え上がり始める。直接魂が結びついている俺には分かる。今のレーヴァテインは元の力、いや元以上の力を宿している。
たかが髪の毛の切れ端を、1本燃やしただけである。俺はその事実に足の力が抜け、地面に崩れ落ちる。膝を抱え込んでうずくまりたい。いや、こんな恥をさらすくらいなら、いっそ消えてしまいたい。
「あの……剣は元通り、ですよね」
「ああ、元通りだよ。元通り以上と言って良い」
俺のプライドはボロボロだけどな!
(我が主よ。悲観することはありません。あの存在を倒せないことは予想できたことではありませんか)
(それはそうだが、髪の毛1本すらまともに切れないなんて予想外だよ。何が奇跡の存在だ。単なる道化じゃないか!)
(それは仕方がありません。あの存在は謂わば世界の集合体なのです)
(俺の剣だって、世界を燃やし尽くす力を持っていた。それなのにこのざまだぞ。奴は2096の世界を滅ぼしたといっていた。それなら殺すとまではいかなくても、傷ぐらいはつけれたはずだ)
(貴方様がいう世界は知的生命体1種類、場合によると数種類の場合がありますが、その生命体が共有する世界を一つと数えています)
(それはそうだろう)
(実は本当の一つの世界というのは、それが数千億、数千兆も集まったのです)
(なに?)
(分かりやすく言えば、世界樹に例えればよいでしょうか。葉や実の一つ一つが世界を形作り、それが集まって世界樹を形成しています。でもそれは森の中の一つの木に過ぎないのです。その森が一つの世界です)
(つまり、ルイーダはその無数ともいえる世界の集合体を2千以上破壊したと……)
(はい、その通りです)
なんてことだ。目の前の化物は、想像以上の化物だった。
(そんな化物を俺にどうしろと……)
もはや対抗する気すらおきない。目の前の存在に比べたら俺など虫けら……いや、塵芥の類に過ぎないだろう。
(そう落ち込むことも無いでしょう。幸いにして、貴方様に好意を抱いている様子。今まで通り彼女を喜ばせることを第一に考えましょう)
なんだか軽いノリで言ってくるが、やるのは俺だ。他人事だと思いやがって、と思う。
(もう死んでしまいたい)
(えっ?言いにくいのですが、それは少々難しいかと。先ほども言ったように彼女は貴方様に好意を抱いています。死を許すとは思えません)
(彼女を殺すことはできなかったが、俺は自分の首を切り落とす事ぐらいはできるぞ)
(それは、肉体的な死でしょう。そんなものはすぐに生き返らせることが出来ます。それに肉体が滅んだとしても、魂の管理は今は彼女の管轄ですよ。例え魂まで粉々にしたとしても復活させるでしょう。その証拠に昔貴方様を裏切った女性を、完全とは言えないまでも復活させて見せたでしょう。あれは長い年月が経っていましたが、死んですぐの者なら復活させることは容易ですよ。今の私でもその程度なら出来ますし)
そっかー。俺の生死なんてその程度、と言われる程度の問題なのかー。
「ヴィル様。ヴィル様。大丈夫ですか」
ルイーダが心配そうに顔を覗き込んでくる。不思議な事に、この化物に対してもう恐怖は感じなくなっていた。人間、感情が振り切れると達観するものなのだろうか。
「大丈夫だ。朝食を食べよう」
俺はせっかく出した朝食をもそもそと食べ始めた。ルイーダにはこの朝食は出せない。しかし俺のという存在は簡単に生き返らせることが出来るそうだ。つまり俺はこの朝食にも劣る存在なのか……
元々美味いものではないが、その朝食はちょっとだけ涙の味がしたように感じた。
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