第12話 生命誕生

 随分と眠っていたようだ。まだ日が暮れる前に寝たというのに、既に日は大分高くなっている。1日の長さが分から無いので何とも言えないが、少なくとも自然に目を覚ますぐらいの時間は寝ていたようだ。

 寧ろ少し寝すぎたかもしれない。なぜなら寝すぎの時に起こる、関節のちょっとした痛みがあるからだ。

 ゆっくりと身体を動かし、腕や足を少し動かしコリを取る。起き上がって背伸びをするとポキポキという軽い音がする。変な夢を見たが寝起きの気分は悪くない。疲れは取れてるし、頭ははっきりしている。

 周りを見渡すと、寝ていた時と変わらない風景だ。豪華な部屋にも拘らずこじんまりとしたソファーとセンターテーブル、寝室の中ではなく同じ部屋にある粗末なベッド。暖炉の火は昨日と同じようにパチパチと音を立てて燃えている。少なくとも昨日の事は俺が勝手に見た夢ではなかったようだ。夢であってくれた方がどんなに良かったことか。

 チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえる。ん?小鳥のさえずり……俺はベッドを降りると窓に近づき、外を見る。そこには昨日は無かった森が広がっていた。森からこの家までhちょっとした広場になっており、色とりどりの花が咲いている。そこには蝶が舞い、どこからか小鳥の鳴く声が聞こえる。


「なんだこれは」


 一体一晩で何が起きた。少なくとも眠るときは何も変化が無かったはずだ。


(我が主よ。これも貴様が起こした奇跡です。あの娘を眠らせることにより、この世界に生命が誕生しました。長年にわたり、あの娘を安心して眠らせることが出来たのは、我が主だけです)


 ユニが心の中で話しかけてくる。


(すると何か?あの女が泉で顔でも洗ったら、そこから神でも生まれるのか?)


(かも知れません。興味が有るのでしたら、やらせてみるのも一考かと)


 軽い冗談のつもりで言ったのに、本当に起きるかもしれないのかよ。俺は落ち込みそうになる自分を奮い立たせて外に出る。兎も角現状把握が大事だ。もう一つのベッドは空になっている所から見て、ルイーダは俺より早く起きて外に出たらしい。横で寝ていたものが起きたことに気付かないとは、知らず知らず油断していたらしい。


 ドアを開けて外に出ると、窓から見た様に花畑が広がっている。ログハウスを中心に半径50m程の円形の花畑だった。その向こうはいきなり森になっている。鬱蒼としたという程ではないが、遠くまでは見通せない。ただ、普通に歩く分にはそれほど支障はないようだった。

 そしてルイーダはその花畑にあお向けで大の字になって寝ていた。


「どうした?何かあったのか?」


 とりえず声を掛けてみる。


「いえ、何も。こんなに美しい風景を、誰にも邪魔されずに見ることが出来るなんて思ってもいませんでしたので、堪能していました」


「そうか、それは邪魔をして悪かったな」


 俺はそう言って踵を返そうとすると、ルイーダに止められる。


「ああ、すみません。ヴィル様は邪魔なんて思っていません。その私が邪魔と言ったのは、私を見張る人の事です。こう言った風景を見るときは、大抵磔か、檻の中に入れられて運ばれていたものですから……」


 途中で言い淀むが、いいたいことは分かったし、詳しく聞く気もない。取りあえず外で朝食でもとるかと、例の魔法を使う。

 昨日と変わらず出てくるのは、パンと野菜スープ、干し肉、ワインだ。だが魔法を使ってみて初めて機能との大きな違いに気が付いた。マナだ、マナがこの地に満ちている。


「どうされましたか?」


「マナがある。魔素ともいわれ、魔法を使う素なるものだ」


 知っているとは思ったが、何せこいつは外見はともかく、能力は規格外の化物だ。世界の創造とやらも、こいつの喜びがあふれたとか、訳が分からない理屈で出来てしまう奴だ。なので一応そう答えておく。


「魔法を使う素ですか?昔はともかく今は自分の中に封じ込めた、魂の煉獄から力を抽出して使うが効率が良いので、気にしていませんでしたが、そんなに違いますか?」


 存在自体は知っていたようだが気にはしてなかったらしい。


(多分、花かなんかに喜んだせいだろうが、もう少し詳しいことは分かるか?)


 俺は心の中でユニに尋ねる。


(それはあの存在が、この空気を深呼吸した時に、僅かに体内のものが吐き出されたものです。先ほども言った通り、あの存在が顔を洗えば神が誕生するかもしれないのです。それ位何の不思議もありますまい。この娘はいわば世界の集合体なのですから)


 えっ、なに、相変わらず話が壮大過ぎて怖いんですけど……


(そうだとすると、仮にルイーダを殺したら世界が解放される可能性もあるのか?)


 内心恐怖を覚えつつも、打開策を見つけようと更にユニに尋ねる。


(そうですね。ただ単に開放するというのなら、そうなる可能性は高いですね。一度に解放された世界がどうなるかは分かりませんが)


 ユニもどうなるかは分からないようだ。試してみるには危険が大きいが、探りを入れるぐらいは良いだろう。


「なあ、お前は世界を救ってくれと言ったよな。それが自分を犠牲になる事としてもそう思うのか?」


「勿論ですよ。今まで何度もやってきたことです。途中で我慢できなくなりましたが、今は大丈夫です。でも、欲を言えば痛くない方が良いですね」


 拍子抜けするぐらいあっさりと自己犠牲を容認する。余りにもあっさりしすぎたためこちらの言葉が詰まるほどだ。


「どうされましたか?ご心配されなくても、私はこの世に未練はないのです。ヴィル様のおかげで楽しい思い出も出来ましたし。なんでしたら、今すぐ首を刎ねますか?」


 今から朝食をとりませんか?程度の軽い気持ちでルイーダは話す。ルイーダは一度立ち上がると今度は横を向いて跪き、髪をかき分け首を出す。要するに首を切れと言う事だろう。俺は少し迷ったが、えいままよ、とその場の勢いに任せることにし、身体の中からレーヴァテインを取り出すと、その燃え盛る刀身を極限まで凝縮し、刃渡り1m程の剣にする。そしてそれをルイーダの首に振り下ろした。レーヴァテインは抵抗なく振り下ろされた。

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