第11話 ユニ

 いつの間にか、全体が白い靄に包まれた空間に俺は立っていた。俺が長年漂っていた魂のたまり場と同じような場所だ。さっきまで起こっていたことが夢だったのだろうか。

 そう思っていると前方が晴れて、一人の女性がこちらに進んでくる。その女性は足首に届くであろう長さの、黒い髪のようなものが頭から扇形に広がっていた。髪のようなといったのは、明らかに髪ではないからだ。それは一本一本頭から生えている訳ではなく、布状に一体になったものだった。見ようによっては頭からヴェールを被っている様にも見える。

 そして、その中には、まるで宇宙の中の星のように、光りの点が散らばっている。黄金に輝く目を持ち、その容姿も恐ろしく整ったものだった。新緑の薄手のローブを纏っているが、僅かに見える身体の陰から、スタイルが良いのが分かる。正に女神とも言うべき姿だ。

 

 その女性は俺の前まで進んでくると、恭しく跪く。


「我があるじよ。こうしてまみえることが出来たこと、光栄に思います」


 え?記憶を探ってみてもこんな人物の主人になった覚えはない。これだけ特徴のある奴だ。部下じゃなくても、会ったことがあれば忘れるはずがない。


「誰だお前は?」


 幾ら美しいと言っても、正体不明の女だ。いや、美しいからこそ余計に油断はできない。心の美しさが顔に現れるなんて嘘っぱちだ。


「申し遅れました。貴方の心の中に住まわせていたものです。原初の存在と名乗ったものと言えばお分かりになりますでしょうか」


 え?こんな姿だったの?それに喋り方も変わってない?


「本来なら私は決まった形は持っていませんが、我が主に出来るだけ不快感を与えまいと、この様な姿を取らせていただきました」


「お前の主人になった覚えなんかないが」


 いきなり主人と言われても困る。せめて理由ぐらいは知りたいものだ。


「怪訝そうな顔をなさっていますね。もっともな事だと思います。まず、貴方様を主と呼ぶことですが、あの破滅の権化と呼べる存在から私を救ってくれました。そして、この短期間、正に瞬時と言っても良い時間で、世界を作りました。正確に言えば復活でしょうか。どちらにせよ私には出来なかった事です。

 それは、貴方様を主と呼ぶにふさわしいものです。私の力もいくばくかは戻りました。出来れば貴方様の僕として、微力ながら世界の創造を手伝えればと思い、夢の中ではございますが、ご挨拶に伺いました」


「俺の心の中にいたなら知っているだろう。俺は世界を救いたいんじゃない。滅ぼしたいんだ」


「はい、存じ上げております。ですが、無いものは壊せないでしょう。先ずは復活させることが必要かと。その後どうされるかは貴方様のご自由でございます」


 いや、まあ、それはそうだが……どうも釈然としない。俺は世界を破壊したかったが、自分が作った世界を破壊するのはなんだかちょっと違う気がする。考えても見てほしい、幾ら怒り狂って物を壊したくなったとしても、それで壊すのは先ずは自分にとって価値の無いものだ。例えば苦労して作り上げた模型があったとして、それをいきなり投げつけて壊しはしないだろう。つまりはそういう事だ。


 しかも世界を復活させるといえば壮大に聞こえるが、やることと言えばルイーダのご機嫌取りだ。必死にご機嫌取りをして、その後にその世界を破壊する……想像しただけで、情けなくて涙が出そうだ。


「ありがたいね。ありがたすぎて涙が出そうだよ」


 俺は正直に心の内を吐露する。


「ああ、貴方様はご自分の偉大さを過小評価されています。世界を滅ぼした大災厄の後、自我を保っていたのは、私と貴方様のみ。そして、あの存在に影響を与えることが出来たのは、貴方様のみでございます。それが如何に偉大である事か。これを奇跡と呼ばず何としましょう」


「奇跡ねぇ……俺を裏切った僧侶も良く使ってたぜ。俺を使い捨てにした女神とやらもな」


 余りにも俺を持ち上げるので、逆に胡散臭げに感じる。


「そのような矮小な出来事と比較されてはなりません。それはその者の持つ能力によって、起こったものです。例えば鳥が空を飛んだとて、それを奇跡とは呼びません」


「自我を保っていたのが俺とお前だけといったが、エカテリーナも自我があったようだぞ」


 ボロボロの姿にはなっていたが、呼び出された時、俺の名前を呼んで助けを求めるくらいの意識はあった。


「あれは自我を保っていたのではありません。より苦しみを与えるため、意識を保たされていたのです。そもそも互いに喰らい合い、他の魂と混じり合っていたものを、無理やり貴方様に関係する部分を抽出したものです。それ故に性格は大分変っていたのではないでしょうか。あれは自我を保っている状態とは言えないかと」


 確かにあれは記憶にあるエカテリーナと同じ女には思えなかったし、そもそも正気には見えなかった。俺に迫ってくる様子は狂気すら感じた。


「はぁー。まあいい。どうせ他にやることも無い。俺の力では他の世界に、移動することもできないみたいだからな。せいぜいお前には役に立ってもらうぞ」


 俺は大きくため息をついて、目の前の女の言う事を承諾した。選択肢がない以上仕方がない。目の前の女が俺の力になるというなら、せいぜい利用してやることにしよう。ただ、過度の信頼は禁物だ。過去に何度もそれで痛い目に合っているのだから。


「ところで、お前の名前はなんだ?いつもお前では不便だろう。原初の存在などと呼ぶつもりもないぞ」


「私に名前はありません。出来れば我が主から名前を授かりたく思います」


「ふむ。ではユニとでも呼ぶか。俺が知っている言語で、万物をあらわす言葉の頭の部分だ」


「大変光栄でございます」


 ユニは恭しく頭を下げる。しかし、神の神のさらに上の存在と言っていたものがこれで良いんだろうか。こいつは俺を騙してるんじゃないか。どうしてもその疑念はぬぐえない。


「それでは、私は何時でも貴方様の心の中にいます。必要な時にお呼び出し下さい」


 ユニはそう言って立ち上がり、踵を返すと、白い靄の中に消えていく。俺はそこで目が覚めた。

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