第10話 ちょっと寝よう

 しばらく歩いていると、地平線からログハウスが見えてくる。この新しくできた惑星は、感覚的には今まで生きてきた、大抵の惑星と同じ大きさの様だった。具体的な名前を一つ上げれば地球と呼ばれる星だろうか。魔獣こそ居なかったものの、生命にあふれた豊かな星だった。

 歩いているうちに、影が少し伸びているのが分かる。そう言えば壁にあたるまでは、影の長さは全く変わらなかったように思う。つまりそれまで太陽は動いていなかった訳だ。

 手をつないで歩いたため、ログハウスに付くのは行きより少し時間がかかる。特に話すことなく黙々と歩いたが、ルイーダはずっと幸せそうに微笑んでいた。

 

「ああ、もう着いてしまいましたか。どうせなら反対側も行ってみませんか?」


 よほど嬉しかったのか、もっと歩く様にせがんでくる。だが、どうせ反対側にも同じ風景が続くのは分かっている。もし、違う風景を見たいとしたら、少なくとも数日は歩かないと無理だろう。飛翔の魔法で高速で飛べば話は別だが、何が有るか分からない世界で使うのはためらわれる。


「必要ない。ログハウスの中に戻るぞ」


 そう言って俺は手を離し、ドアを開けて中に入る。中は出た時と変わった様子はない。暖炉の火も、薪を追加した訳でもないのにまだ燃えている。外は気持ちの良い暖かさだったが、暖炉があるこの部屋の中も同じ気温だ。不思議だが、これまで起きたことに比べれば些細な事だった。

 俺は中に入ると、そのままソファーに向かい、どっかりと腰を落とす。何だかんだで疲れた。勿論肉体的にこの程度の運動で疲れると言う事は無い。だが精神的に疲れたのだ。


「随分とお疲れのようですね」


 疲れさせた張本人のルイーダがそう言う。ルイーダは疲れた様子は見られない。寧ろ最初にあった時より元気そうだ。


「まあな。まだ日が高いが、もう寝たい気分だよ」


 そんなに時間は経ってないと思うが、呼び出されて直ぐに行った、壊れた世界でどれぐらいの時間を過ごしたのか分からない。もしかしたら数日間寝てないのかもしれなかった。感覚的にはそれぐらいつかれている。


「分かりました。それではベッドを作りますね」


 そう言って、現れたベッドは木で出来た粗末なベッドだった。それはまだいい。そのベッドの頭と足をおく部分には棒があり、それぞれ手錠がついていた。そしてその棒はそれぞれ上下に引っ張ることが出来るようになっている。所謂四肢を引っ張り関節を外す、ラックという拷問具である。


「これがベッドか……」


 どうせこんな事だろうと予想はしていたが、それが当たったからといって嬉しくもなんともない。天蓋付きのベッドとは言わないが、もっと普通のベッドが欲しかった。もしかして嫌がらせなのかと勘ぐってしまう。


「ええっと。これが横になれるので一番寝やすいかと。リッサの鉄棺は窮屈ですし、ジベットは立ったままなので慣れないと寝にくいと思いますよ」


 そんなものに慣れるつもりなんてねーよ。そう、喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。予測の範囲内だ。ここは建設的に行動すべきだ。何より、更に疲れた。少なくとも表面上は嫌がらせをしているようには見えない。本当のところは分からないが。


「これは改造しても構わないんだろうな」


 幸いにして、基本的な形はベッドだ。余計なものを外して、毛布をかぶせれば寝れなくはない。こんなに生活必需品が必要なら、もっと自分の中に取り込んでおくべきだった、と少し後悔する。しかし、幾ら城ごと入れられる容量があると言っても、魂だけの状態から世界に顕現する場合、取り込んでいた分だけ魂が削られてしまう。念の為最低限の物を取り込んでいたことを褒めるべきだろう。


「もちろん改造してもかまいませんが、余り引っ張りを強くすると、関節が外れますよ」


「そっちの方に改造なんてしねーよ!」


「す、すみません」


 俺は思わず怒鳴り、すぐにルイーダは謝る。悪気はないかもしれないが、自然にこちらの気分を逆なでする奴というのはどうなんだろうか。

 俺はそんな考えを振り払うように、軽く頭を振ると、デュランダルと呼ばれていた剣を取り出す。どんなものでも切り裂き、決して折れないといわれた神剣だ。

 そして、それを振るい、邪魔な横棒を切る。この剣の制作者もこんな使われ方をする事になるとは思っていなかっただろう。ちょっとだけ同情する。

 余計なものを切り離すと、粗末なベッドが残る。ベッドというよりただの台と言った方が良いものだが……兎も角それに毛布を被せると、何とかベッドに見える様になる。


「うわー。ちょっと改造しただけで、何だか寝るのが気持ちよさそうになりましたね」


 ルイーダが感心したようにそう言ってくる。


「今まで、どうしていたんだ?」


「えーっと。そうですね。どうしていたといわれましても、基本的に私は寝ませんので……そうですね、ずっと前だとその手のもので寝るというか、気絶していました。直ぐに起こされて、結局は死ぬまで寝れなかったんですけどね」


 俺は聞いた事を後悔した。そんな話は聞きたくないし、そもそも俺には関係ない。


「もう一つ出せるなら、同じものを作ってやる」


 関係ないと思いつつも、こいつが起きている横で、ゆっくり寝れる気がしない。なので、もう一つベッドを作ろうと考えた。こんなものでも寝やすそうとか言うのなら、もしかしたら同じものを作れば寝てくれるかもしれない。


「えっ、本当ですか?直ぐに出しますね」


 いうや否や、直ぐに同じものが部屋に現れる。俺は同じように余計なものを切り離し、毛布を掛ける。本当なら掛けるほうに使いたかったが、幸いにして毛布が必要なほど寒くはない。夜になって冷えるかもしれないが、その時はその時だ。また何か考えればいい。


「寝ても良いですか?」


「お前のものだ好きにしろ」


 ルイーダはそれを聞くと、ベッドに上り横になる。


「これは良いですね。何だか眠たくなってきました。寝ても良いですか?」


「ああ」


 というか、寧ろ寝てくれ。死んだように寝てくれ。


 ルイーダは俺の言葉を聞くと、目を閉じる。ものの数秒で、スースーという寝息をたて始める。はやっ。どっかの漫画の主人公かよ。そっと近づくが、起きる様子もない。

 俺はちょっとだけ安心して、自分のベッドに横になり、眠りに落ちた。

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