第9話 宇宙誕生

「おおー。何だか世界が輝いて見えますよ」


 そうだね。実際輝いてるからね。


「それにこの靴、軽くてまるで空でも飛べそうです」


 そうだね。その靴神様のもので、本当に空飛べるからね。


「それに空気が澄んでいて、瑞々しいですね」


 そうだね。空は晴れ渡っているし、見渡す限り、地面は瑞々しい草に覆われているからね。


「何だか落ち込んでいらっしゃるようですが、私が何か気分を害するような事をしましたでしょうか?」


「いや。ちょっと驚いていただけさ。少し辺りを散策してみようか」


「はい。喜んでお供いたします」


 ニッコリとほほ笑むその顔は、控えめに言っても可愛い。最初の陰気さもだいぶ無くなっている。ただ、外見通りの少女でないことは十分すぎる程知っているので、それでどうこう思う事は無い。


 自分達が居たところは外から見ると大きめのログハウスの様な感じだった。内装の豪華さとは大分ギャップがある。最も、森の中にあるのなら雰囲気に合うのだろうが、見渡す限りの草原の中に、ポツンと建って居るので、怪しい建物にしか見えない。


 見渡す限り周りは360度同じ風景なので、ドアから出たそのままの方向に歩き出す。爽やかな風は吹いているが、こういう風景にありがちな、大空を舞う鳥はいない。それどころか蝶も、蟻の一匹さえいなかった。生き物の気配が全くしないこの地は、まるで大きなキャンパスに描かれた絵画のように感じる。

 10㎞程歩いても、風景は全く変わらなかった。ログハウスは小さいが、全体が見えている。つまりこの地面は平坦なのだ。

 代り映えの無い風景にそろそろ帰ろうかと思い始めたころ、突然顔が何かにぶつかる。


「いてっ」


 完全に油断していたため、思わず声が出る。


「大丈夫ですか?」


 ルイーダが後ろから心配そうに、様子をうかがってくる。


「大丈夫だ。然しなんだ……」


 俺は手を前に出す。そこには透明な壁があった。手の向こうには、手前と同じく草原が広がっている。だが、ここから先には進めない。試しに、手頃な魔剣で思いっきり突いてみるが、キンッと音を立て止まっただけで、そこには何もない。

 魔力を使うので嫌だったが、探索の魔法を使う。するとこの空間はログハウスを中心に半径10㎞のドーム状の空間であることが分かった。この空間の外がどうなっているのかは分からない。この空間だけ透明な壁で閉じ込めてあるのか、それともこの空間以外ないのかそれすらも分からない。壁は先ほど剣で突いた限り自分では壊せそうにない。


 仕方がないので、一旦ログハウスまで帰ることにする。歩き始めると、ルイーダが何か言いたそうに口をもごもごさせている。


「なんだ?悪いが、俺はお前の心を読めるわけじゃない。何か言いたいことがあるなら言ってくれ」


 立ち止まって俺は聞いてみる。ルイーダはまるで清純な乙女のように、見た目はその通りなのだが、手を前に組みもじもじし、少し顔を赤らめて答える。


「えーっとですね。その、良い天気じゃないですか。それでですね。もしよかったら腕を組んで歩きたいなぁと……てっ、手を繋いぐだけでも構わないんですけど……あっ、あくまでもお嫌じゃなかったらですよ。断っていただいても全然気にしませんから」


 セリフや仕草は完全に恋する乙女だ。だだおれはこいつが、エカテリーナの腕を簡単に引きちぎるところを、そして圧縮して丸飲みしたところを見ている。簡単には頷けなかった。だがここでひるんでいるとみられるのも癪に障る。

 ちょっとの間迷っていると、不安そうに返事を待っているルイーダと目が合う。外見だけは可愛いんだよな。外見だけは。


「腕を組むのは歩きづらい。手を繋ぐだけならいいぞ。但し、左手だ」


 俺は結局折れた。最悪利き腕でない方なら失ってもどうにかなる。再生はもちろんできるが、利き腕は再生しても、元の通りにすぐに動かすのは厳しい。我ながら情けないが、妥協の結果だった。


「うわー。有難うございます」


 そう言ってルイーダは俺の左手を握る。俺は恐怖を必死で抑え込む。幸いな事に俺の心配は杞憂に終わった。ルイーダは手をつないで、実に嬉しそうに俺の横を歩く。


「こうやって誰かと手を繋いで歩くのは、夢だったんですよ。手錠や縄で縛られることもなく、髪の毛を引っ張られたり、槍でつつかれたりしないで歩けるのって素敵ですね」


 あい変らず比較対象が重い……それに比較したらただ歩けるだけで十分だ。そう思っているうちに、風景が少しずつ変わっているのに気が付く。地面が丸みを帯びているのだ。小さく見えていたログハウスは、少しずつ地面に吸い込まれていき、そして地平線の下へと消える。

 探索の魔法を使ってみると、ログハウスは地平線の向こうに確かにあり、そして地面や空は探知外まで広がっていた。


(実に素晴らしい。この世界に宇宙が生まれ、星、惑星が生まれた)


 俺の心の中でまた声がする。わー、すげーや。最早感覚が麻痺して驚きもしない。大体俺は世界を滅ぼすために復活したんだぞ。これでは世界創造ではないか。しかも壮大な出来事ながら、やっていることは女のご機嫌取りだ。段々と自分が情けなくなってくる。兎も角今日はログハウスに戻ったら寝よう。そう考えて、また歩き始めた。

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