第8話 草木の芽生え

 俺は心の中の存在に問いかける。


(一体何が起きたんだ?)


(言葉そのままの通りじゃよ。天と地そして光が生まれたのじゃ。世界の始まりと言ってもよいかもしれないのう。この短期間にそれを成せるとは、そなたは私よりもはるかに優秀らしい。この先どうなるのか少し不安だったが、安心した。これからも余計な口出しをせず、そなたに任せるとしよう)


(いや、ちょっと待て、何でそうなるの?俺なんかした?)


(その娘に喜びを与えた。世界が変わったのだ)


 確かに何かのはずみで世界が変わったと言う事は有るが、それは比喩的表現だ。本当に世界が変わるなど聞いた事がない。


(百聞は一見に如かずじゃ。外を見るが良い)


 確かにその通りだ。俺は言われたまま、窓に近づき、外を見る。するとそこには真っ赤な大きな太陽とそれに照らされた赤い空、赤い大地があった。ただ空には雲一つなく、大地にも草一本生えていない。荒涼とした景色が果てしなく広がっていた。


「どうかされましたか?」


「おまえは俺の心が読めるんじゃないのか?」


 ルイーダが近づいてきたのでそう聞いてみる。


「それはそうですが、何時も覗いたりはしません。そんな事をしたら嫌われてしまいますから」


 俺はそれを聞いてホッとする。その能力があるのは気持ちが良いものじゃないが、最悪ではなかった。


「では勝手に覗くな。その件はそれで良いとして、窓の外を見てみろ」


 俺は良く見える様に、少し横に移動する。ルイーダは窓から外を見ると目を見開く。


「凄い。外です。外があります!空と大地があります!」


 ルイーダは嬉しそうに声を張り上げる。それを見て不思議に思った俺は、心の中にいる謎の存在に問いかける。


(あんなに喜んでいるのに、なんで何も変化がないんだ?)


(ふむ。それは実に簡単な事じゃよ。これは彼女の力で造られたものじゃ。自分自身で起こした事を本当の意味で喜びはせんのじゃろう。反応からすると、起こしたのは無意識のようじゃがのう)


(そうか……)


 ここには俺と彼女しかいない。つまりは俺が彼女を喜ばせることでしか変化を起こせない訳だ。考えただけで憂鬱になる。


「どうやらこれもお前の喜びが形となってできたものらしい。外に出てみるか?」


「はい。喜んで」


 ルイーダはすぐに返事をした。気のせいか最初にあった時よりも陰気臭さが抜けている感じがする。慣れただけかもしれないが……

 外に出て確かめるのは、この風景が本当の物かどうかは分からないからだ。ただ単に窓に映し出された風景だけなのかもしれないからだ。本物と見分けがつかない風景を、窓に映すことが出来る世界も俺は体験した事がある。

 部屋に一つだけあるドアから外に出る。念の為用心はしていたが真空ではなかった。ドアの外は窓から見た通り、殺風景な風景が広がっている。赤茶けた大地が何処までも広がっている様だった。だが、人間の目の高さで見える範囲などたかが知れている。とそこまで考えた時、風景に違和感を覚える。地平線が直線なのだ。よほど大きな惑星でない限り、こんな直線に見えるようなことはない。


「少し歩いてみるか」


「はい。ご一緒いたします」


 ルイーダは嬉しそうだ。だが、ふと足元を見るとルイーダは裸足だった。


「靴はどうした?」


「えっ?特にありませんけど。裸足の方が楽ですし」


  ん?裸足の方が楽……部屋の中や草原ならともかく、こんな堅い地面なのに?


「いや、結構歩くかもしれないし、裸足の方が楽と言う事は無いだろう」


「ですが、私の知っている靴はこんなものでして……」


 そう言ってルイーダは胸に手を入れて、靴をいくつか取り出す。真っ赤に焼けた鉄の靴。ふくらはぎを締め付ける金具の付いた長靴。針が至る所に飛び出している靴。何となく予想していたが、どれも拷問器具だ。


「すまん……俺が悪かった。俺のものを貸してやる」


 多分ルイーダは裸足で歩いたとしても平気なのだろうが、俺の気分の問題だ。俺は攻撃力や防御力は無いものの、空を飛ぶことができ便利なため持っていた、タラリアと呼ばれる有翼の靴を取り出す。


 ルイーダは靴を履くと、履きごごちに驚き、くるりと回る。そうするとそこから草が生え、見る見るうちに大地を覆っていく。赤い色だった太陽はさんさんと白く輝き始め、空は青く晴れ渡り、所々に白い雲が見える。


(素晴らしい。また一つ世界が形作られた)


 心の中で感嘆の声が聞こえる。俺はまあ、この世界はこういうものだろうと思うことにし、もはや驚かなくなっていた。

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