第7話 光あれ

 俺は頭が混乱していた。何を召し上がれというのだろうか?俺は飯が食いたいのだ。出来れば美味しい飯を。それに、仮に女が欲しかったとしても、目の前のような女はごめん被りたい。全裸ではあるが、ほんの少しの欲情も感じない。


「俺が欲しいのは飯だ。仮に女を抱きたかったとしても、こんな女はごめんだ」


 俺はなるべく平静に、そして冷徹に聞こえるように言い放つ。全くルイーダとあってからペースが乱されっぱなしだ。そうして女を一瞥すると、女の僅かに目に光が宿る。


「ああ、貴方は、いえ貴方様は、ヴィルヘルム様ではありませんか!私です。貴方の妻のエカテリーナです。私を助けに来てくださったのですね」


 そう言って俺の方に這い寄ろうとする。よく見るとわずかではあるが面影があった。しかし、皆の垂涎の的だった白金の髪はぼさぼさでくすんだ灰色になっており、宝石とたたえられたアイスブルーの瞳の目は、窪みんで血走っている。男たちを魅了したその美貌は、頬もかけ、憔悴しきっている。グラマラスだった身体も痩せこけ、あばらが見える。自慢だった豊満な胸は醜く垂れ下がっている。

 だが、俺に近づく前にルイーダに髪を乱暴に掴まれる。


「食材が喋ってはダメですよ。貴方に許されているのは悲鳴をあげる事だけです」


「いやあああ!お願い、許してください。何でもします。奴隷にでもなんにでもなります。お願いします」


 エカテリーナは悲壮な叫び声をあげるが、ルイーダは表情も変えずに、エカテリーナの右手をつかむと、胴体から無造作に引きちぎった。


「いぎゃああぁ!」


 エカテリーナの悲鳴が部屋に響き渡る。ルイーダは少しうっとりとした顔をする。


「人の悲鳴というのは、何時聞いても心が和みますね」


 そう俺に尋ねてくるが、俺は全く和まない。


「折角暖炉があるので、あぶり焼きにしましょう。その前に爪を剥いでおかないと食感が悪いですね」


 そう言って、指の爪を丁寧に剥がし始める。


「いだあああい」


 エカテリーナは更に悲鳴をあげる。俺はその様子を茫然と見ていた。


「不思議ですか?実は魂の形態を変えただけなので、千切れたようで実は痛覚は胴体とつながったままなのです。動かせはしませんけどね。暖炉が小さいので先ず方手から焼きましょう。本当なら胴体をお尻から脳天まで串刺しにして、丸ごと焼いて、焼き上がったところをそいで食べる方が美味しいんですよ。あ、もちろん、それで死んだりしませんよ。死んだら悲鳴が聞けませんからね。元々死んで魂のみの存在になったのに、死ぬというのは間違っているかもしれませんが、ものの例えと言う事で許してください」


 話しつつも、爪を剥ぎ終わり、どこからか取り出した鉄串を腕に通す。拷問吏もかくやという残酷さだ。エカテリーナはもう言葉の意味をなさない悲鳴をあげ続けている。

 違う。俺が聞きたいのはそんな話じゃない……


「俺はカニバリズムの趣味はないんだ……」


 エカテリーナに何時か復讐したいと考え、その復讐方法を色々考えていたが、目の前の光景を見て全部吹っ飛んでしまった。


「そうですか……私がお出しできる最高の料理だと思ったのですが……」


 ルイーダは少し肩を落とし、パチンと指を鳴らす。するとバキボキと骨が折れる音がし、エカテリーナの身体が折りたたまれ、小さくなっていく。最後には最初に吐き出した赤黒い塊になった。ルイーダはそれをつまみ上げ、口を開け飲み込む。心なしか少しうっとりとした表情をする。


「あの女性は貴方を見たことで希望を持ったようですね。一度希望を持ち、それから絶望を味わった魂というのはなかなかの味でした」


「そうか……それは良かったな……」


 俺は力なく答える。ハッキリ言ってこの女が怖い。だが、ルイーダがその気になれば、俺の心を簡単に読む事が出来そうだ。ここで怖気づくのはまずい、と俺の本能が全力で叫んでいる。


「もう、食事は俺が出そう。もっとも出せるのは保存食程度だがな」


 この空間にはマナがない。なので、自分の中にあるマナを使って、魔法で食事を出すことは、腹は膨らむかもしれないが、魔力的には意味が無い事だ。

 だが、それでも良い。俺はとにかく飯でも食って一旦落ち着きたかった。どうせ食事を出す魔法など大して魔力を使うわけではないのだから。

 俺は軽く集中すると目の前に、パン、野菜スープ、干し肉とワインが現れる。どれも緊急用のもので、お世辞にも美味いものではない。だが、普通の食べ物というだけで、今の俺には十分だった。


 テーブルに出てきた飯を食べる。こんなことになるなら、もっと豪華な飯が出てくる魔法を覚えていればよかったとちょっと後悔する。俺が食っていると、ルイーダがそれを瞬きもせず、食い入る様に見てくる。


「なんだ?こんなものをお前も食いたいのか?腹が減っている訳じゃないんだろう?」


「それはそうなんですけど、美味しそうな匂いだったもので……」


 俺は何も考えなかったが、確かにあのゴミや、人間の焼けた臭いに比べれば、格段に美味しそうな匂いに思えるだろう。俺はもう一度集中し、同じものをルイーダの前に出す。


「食べてよろしいんですか?」


 おずおずと聞いてくるその姿からは、先ほどの残酷なシーンを作り出した人物には思えない。


「毒を疑ってるなら無理にとは言わない。好きにしろ」


 まあ、例え毒が入っていたとしても、この女に聞くとは思えなかったが。

 ルイーダは恐る恐るといった風に、はじめはパンをちょっとだけ齧る。そうして大きく目を開くと、猛然とパンや干し肉を食い始めた。


「凄い。美味しいです。こんな美味しいもの生まれて初めて食べました」


 大げさな、と思っていると、窓からわずかだが光がさしてくる。そう言えば外を見ていなかったな、と思っていると、再び俺の心の中で声がする。


(素晴らしい。今、混沌より天と地、そして光が生まれた)


 えっ?何?どういう事?俺は飯を食って落ち着くどころか、益々混乱した。

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