第45話 切り札

「……ところでボス。先程から少し気になっていることがあるんですよ。」

「あん?なんだ?」

 3人で今後の詳細を詰めている最中、ふとした疑問をぶつけてみた。

「ボスが付けた私のこの「エルス」っていう名前なんですがね。これってひょっとして勇者さん……アルスさんの名前を文字ったんじゃないですか?」

「なんだ、今頃気付いたのか?……最初にテメェの話を聞いたときに、異世界から来たってのがマジならこの世界を救うのはテメェかもしれねぇと思ってな。「エセ勇者アルス」、略して「エルス」にしたってわけだ。なかなかだろ?」

 ……とんでもなくヒドいネーミングだった。

 子分Eの「E」には「エセ」っていう意味があっただなんて。

 ……聞かなきゃ良かった。

「……プッ、アハハハハッ!そ、それでエルスさんなんですね!」

 そしてアルスには大ウケだったようだ。

「……ボス、その話、皆にはしないでくださいね。ヘタレに加えてエセだなんて、色々と恥ずかしすぎますから。」

 本当は改名を求めたいところだが、既にエルスという名前が定着してる現状、言っても仕方がないだろう。


「……それでカンダタさん、エルスさん。ゾーマと戦う前に部下が複数居るっていうことですよね。」

「ああ。そのうちの1体はオレ達で倒したが、あと2体居るらしい。」

「バラモスゾンビとバラモスブロスという敵ですね。バラモスゾンビは見た目はバラモスを骸骨化した感じで通常攻撃しかしてきませんが、その攻撃力は桁違いです。バラモスブロスは見た目がバラモスの色違いって感じでして、爆発呪文のイオナズンを唱えてきたり炎を吐いてきたりしてきます。確か、こいつには呪文を封じるマホトーンという呪文が有効だったはずです。」

 これらとの戦いの後にゾーマ戦が控えているから、ゲームではできるだけ魔力を温存しながら戦った記憶がある。

「アルス、上の世界にいたバラモスもイオナズンを使ってきたか?」

「そうですね。炎も吐いてきましたので、能力の方も似ていますね。」

「アルス達の中でマホトーンを使えるヤツはいるか?」

「ソフィが使えます。」

「じゃあオレ達がバラモスゾンビとやらを引き受ける。アルス達はバラモスブロスの方を頼めるか。バラモスを倒した経験が役に立ちそうだからな。」

「こちらは問題ありませんが、カンダタさん達は大丈夫ですか。」

「通常攻撃しかしてこないヤツなんぞ幾らでもやりようがある。エルスのピオリムもあるからな。」

 ピオリムを唱えてとにかく攻撃を避けながらっていう戦法になりそうだ。

 ボストロール戦と近い感じだな。

 またヘマをしてあんな目に遭わないよう気をつけよう。

 ……ヴィクターさんを、もう悲しませたくないから。


「……そのピオリムっていう呪文は凄いですね。素早さが2倍になるなんて。」

「えっ?アルスさん達に使える人はいないんですか?」

「誰も使えませんし、そもそもそのピオリムっていう呪文は、少なくとも僕は聞いたことすらありません。」

「……コイツは異世界から来たせいなのか、妙に変な呪文ばっか覚えるんだよな。他人に変身するモシャスもそうだが、透明になる呪文や扉を開ける呪文だったりな。」

「……とんでもない呪文ばかりですね。」

 ……確かにモシャスだのレムオルだのは実在したらヤバイってのはわかるけど、ピオリムまで特異な呪文だとは思いもしなかった。

「ではアルスさん達にも戦闘が始まったらピオリムをかけますよ。その方がより安全に戦えるでしょうからね。」

「一度ピオリムの効果に慣れておいた方がいい。この後にでもここいらにいる雑魚で少し体を慣らしておけ。」

「わかりました。エルスさん、よろしくお願いします。」

 こうして、アルス達勇者御一行と初めて一緒に戦うことになった。

 ――― 少し身震いがしたのは、自分がその事実に興奮しているからだろうか。


「……ねぇ。このピオリムって呪文、反則過ぎない?」

 リムルダールの外にアルス達と一緒にやってきた。

 勇者パーティに異世界から来たサポーターが加わった形だ。

 ボス達もそれを見学しにきている。

「あんた、シャンパーニで私と戦った時もコレ使ってたんでしょ。ズルいわよ。」

「戦いにズルいなんていう概念はありませんよ。勝利こそが正義です。」

「……あんた、逃げ回ってただけじゃない。」

 ブツブツと文句を言いつつ、サラキアが軽快に敵を倒し続けている。

「これは確かに凄い呪文ですね。もう暫くお付き合いして貰ってもよろしいですか?」

「ええ、大丈夫ですよアルスさん。魔力はまだまだ余裕がありますから。」

 アルス達の戦闘を見るのはシャンパーニの時以来だが、はっきりいって尋常じゃないほど強くなっている。

 アルスも然りだが、サラキアも相当な腕前だ。

 少なくともヴィクターさんやドネアさんよりも強いのは間違いなさそうだ。

「……はぁ、自信なくすわねぇ。あれだけレベルを上げたのに敵う気がしないわぁ。」

 ドネアさんも同じような感想を持ったらしい。

「この世界を救う勇者とその仲間達なのよ。私達が敵うようだったら、むしろそっちの方が問題だわ。」

 ヴィクターさんは悔しがるかと思っていたのだが、とても大人な発言をしていた。

「異世界がもたらす呪文っていうのは興味深いですね、キャシーさん。」

「だよねー。私達も使えるようにもっと勉強しなきゃねー。」

 ソフィとキャシーちゃんは異世界呪文の正体に興味を持っている。


「あの、エルスさん。もし良かったらモシャスという呪文も見せて貰えませんか。」

「えっと、マールさん?どうしてまた?」

「い、いえ。ただの興味本位でして……無理にとは言いませんが。」

「ボス、構いませんか?」

「ああ。せっかくだからそこに居るアルスに変身してみろ。「エセ勇者アルス」の神髄を見せてやれ。」

「プッ……カ、カンダタさん、笑わせないでくださいよ。」

 ……内緒にしろって言ってあったのに、あっさりとバラしやがった。

「……なに?そのエセ勇者ってのは?」

 やめてサラキア、そのネタに食いつかないで。

「エルスさんは異世界から来た別の勇者かもしれないから、カンダタさんが「エセ勇者アルス」を略して「エルス」って名付けたんだって。」

「アハハハハッ!何それ!カンダタさん、素晴らしいセンスね!」

 一体どこが素晴らしいんだ。

 この世界、笑いのレベルが低すぎないか。

「エ、エルスさん?あ、あまり気に、な、なさらないでくださいね。ボ、ボスの、わ、悪ふざけ、なんですから。」

 アリサさん、慰めは嬉しいのですが……笑いを堪えてますよね?

「わ、私は素敵な名前だと思ってるわよ。……それに、異世界から来た勇者だなんて、格好良いじゃない。」

 ヴィクターさん、公衆の面前でそのセリフは流石に気恥ずかしいです。

 ……そして、どうか気付いてください。ドネアさんとサラキアがニヤニヤしながらこっちを見ていることに。

「よーし、エルスー!エセ勇者に変身だー!」

 変な悪のりしないで、キャシーちゃん。

「……いきますよ。モシャス!」

 ――― もう半ばやけになって、呪文を唱えた。


「ア、アルスが2人……」

 マールが絶句している。

「ちょっと冗談でしょう?似てるなんていうレベルじゃないわよ。」

 サラキアも予想以上の効果に驚いているようだ。

 ……いやぁ、それにしてもさすがは勇者アルスだ。

 ボスに変身した時もその強さを身をもって知ったが、それ以上の衝撃だ。

 下手するとボスより強いんじゃないだろうか。

 勇者特有の呪文であるライデインとギガデインも、ちゃんと覚えている。

「いつ見ても圧巻よねぇ。そういえば、あの時はアリサに変身してたけど、どっちがアリサか見分けがつかなかったものねぇ。」

「……そういえば、アリサにも変身していたわね。」

 ……ヴィクターさん、なんか滅茶苦茶怒ってませんか?

 で、でも、あの時はやむを得なかったから……酌量の余地があると思いませんか?

「……まぁ、非常事態だったわけだし、仕方ないわよね。」

 あ、わかって貰えた、良かった。

 ……ヴィクターさんの拳が震えてるけど、見えないフリをしておこう。

 ……ようやくわかってきた、この子、かなり嫉妬深い。


「おい、エルス。あそこに居るモンスターに勇者の呪文を使ってみろ。」

 突然ボスから依頼がくる。

「やってみますね。ギガデイン!」

 ――― 途端、強烈な雷が敵全体を襲いかかった。

 あっさりと敵の姿が消え去り、後には魔石だけが残されていた。

「まさか……呪文の効果も威力も全く同じだなんて……!」

 ソフィが感嘆の声を上げている。

「いやぁ、このギガデインっていう呪文は凄いですね。勇者専用と言われるのも頷けますよ。」

 超強力な呪文をぶっ放した爽快感が半端ない。

 キャシーちゃんが呪文の虜になるのもわかる気がする。

 ……やっぱり魔法使いに転職すべきだったかなぁ。


「……異世界の勇者ってのも、あながち間違いじゃねぇかもしれんな。」

「……そうですね。これは切り札になるのではないでしょうか。」

 ボスと勇者が急に真面目な顔になっている。

「……おいエルス。ゾーマの部下との戦いではピオリム以外の呪文を一切使うな。できるだけ魔力をゾーマとの戦いまで温存しておけ。」

「あれ?ゾーマはアルスさん達に任せるって……」

「アルスを助けるって言っただろ。ゾーマとの戦いでも助力するぞ。」

 マジかよ、ラスボスと戦うのか。

 ……ていうか、まさか……

「……ひょっとして、私もアルスさんに変身して戦えと……」

「そのとおりだ。その力を使わないなんて、そんな勿体ねぇことできるかよ。」

「ちょっと、ボス!私は反対よ!エルスに戦わせるだなんて!!」

 ヴィクターさんが怒濤の勢いで反対してきた。

「ゾーマがどれほど強ぇのか実際に戦ってみねぇとわからんが、簡単に倒せるほどヤワじゃねぇってのは想像つくだろ?出し惜しみしてると、やられるのはこっちだ。」

「エルスはサポーターなのよ!?」

「そのサポーターはモシャスで勇者にめでたくクラスチェンジだ。2人目の勇者の力を使わない理由なんてねぇだろ。」

「で、でも……」

「心配すんなヴィクター。エルスのことはオレ達全員で守るぞ。」

 それは、いわゆる護送船団っていうやつでしょうか。

「おそらくゾーマに対して最も有効なのは勇者による攻撃だ。特に勇者専用の呪文なら大ダメージが期待できる。勇者の仲間もルビスの加護があるからそれなりに効くだろう。一方で、オレ達にはその力がない。……エルスのモシャスを除いてな。」

 ……エセの力がラスボスに通用するかなぁ。

「エルスが使えるっていう目途がついた今、そのエルスを守り切るのがオレ達の、最後のミッションってやつだ。」

 ……今までずっと日陰にいたのに、急に陽の下に引きずり出されても戸惑ってしまう。


「……わかったわ。私が、絶対にエルスを守りきってみせるわ!」

 何度目かになるヴィクターさんの守ってくれる宣言。

 嬉しいは嬉しいのだが……今までとは自分の立場が真逆になっている。

 これまでは逃げ回ってるだけで済んでたのに、プレッシャーに押しつぶされそうだ。

「ボ、ボス。いくらモシャスで変身したとしても、私はアルスさんのように闘える自信なんて……」

「多くを期待してるわけじゃねぇ。とにかくテメェはさっきの勇者専用の呪文を使うだけでいい。」

 そ、それだけなら、まだなんとか……

「……ただし、ゾーマもテメェを驚異とみなしてくるだろうがな。」

 ですよねー、自分もゾーマの立場ならそう思います。

「大丈夫ですよエルスさん。私も支援しますからね。」

「今回は私も支援役に回ってあげるよー。だから、私の分まで暴れまくってねー。」

「いざとなれば私が抱えてでも逃がしてあげるわよ、心配する必要なんてないわぁ。」

 仲間達からも励まされる。

「エルス。私達を……私を信じて。あなたには……あの時の約束を守って貰わなきゃいけないんだから……」

 そして、一番大切な人が、照れながらも自分を奮い立たせてくれる。

「……わかりました。私は、嘘つきにはなりたくないですからね。」


 ヴィクターさんとの明るい未来が、すぐそこまで来ているんだ。

 ここで日和ってその未来を手放すなんて、そんな勿体ないことできやしない。


 最後の最後で主役級に躍り出るなんて思いもよらなかったけど、最後くらいは男らしいところを、大切な人に見て貰おう。

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