第44話 決意
勇者達と共にリムルダールの街に戻ってきていた。
勇者も、ボスも、オルテガの死がかなり堪えていたからだ。
オルテガの亡骸は、その場に一切残ることなく、消え去ってしまった。
「アルスは宿に引きこもっているわ。あなた達のボスもアルスと一緒にいるみたいね。」
サラキアがそう教えてくれた。
ボスは、勇者を励ましているのだろうか。
「大丈夫。アルスならきっと立ち直ってくれる。私は、そう信じてる……」
ソフィは自分自身に言い聞かせるように呟いていた。
……16歳の青年が、父親の死をどこまで受け止めきれるだろうか。
両親を亡くした自分は、心を病んでしまった。
父を亡くしたヴィクターさんは、予めそれを覚悟していても、そこから立ち直るのに時間を要していた。
でも勇者なら……少なくとも自分なんかよりも遙かに強い男だと信じたい。
「エルスさん。キングヒドラの攻撃に、死へと誘うものがあったのでしょうか。」
アリサさんが小声で聞いてきた。
「いえ、聞いたことがありません。定められた運命は決して変えられないという、何かしらの強制的な力が働いてしまったとしか……」
ゲームでは単にキングヒドラの攻撃にやられたところしか描写がなかった。
まさか回復してもダメだなんて、思いもしなかった。
そんなこと……悲劇の内容を予め知っていた自分がリスクとして当然に考えておかなければいけなかった。
「エルス、ちょっとこっちに……」
ヴィクターさんがここから離れるよう声をかけてきた。
「……気にするな、とは言えないわ。でも、1人で背負い込みすぎないで。」
「ヴィクターさん……でも、私が……」
「あなた1人だけじゃないのよ。あなたがもたらしてくれた情報は、ボスも含めて私達6人全員で共有していたわけなのだから。だから、もしオルテガさんの死を背負い込む必要があるとしても、それはあなただけでなく私達全員ですべきことよ。」
「……ありがとうございます、ヴィクターさん。」
「……私はあなたを守る。絶対に、あなたを1人になんてしないから。」
……本当に凄い女性だ。
体だけでなく、心も守ってくれると言っているのだ。
自分なんかにはとても真似できるようなことではない。
そして、それはきっと騎士だからっていうだけじゃない。
……参ったな、男としての立場がないじゃないか。
「……なんかさ、からかってやりたいシーンがあっちの方で繰り広げられてるっぽいんだけど、今はとてもそんな気分にはなれないわ。」
「あの2人のことはもう放っておいて良いわよぉ。それよりも、勇者さんの方をどうにかしたいわねぇ。」
サラキアとドネアさんが、真面目なのか不真面目なのかわからない会話をしている。
「大丈夫です。ボスが勇者様の側にいますから、何とかしてくれます。」
アリサさんが自信満々に答えている。
「でも、カンダタさんはオルテガさんの仲間だったわけですよね。アルスだけじゃなくカンダタさんの方も心配です。」
マールの言うとおり、ボスもかなり悲痛な顔をしていた。
この世界に来てまでして何とかオルテガを救おうとしていただけに、そのショックも相当大きいのだろう。
「……それでもうちのボスならさー、きっと、大丈夫だよー……」
キャシーちゃんの声に、いつもの元気さはなかった。
「……おい、エルス。ちょっと来てくれ。」
突然、ボスが現れた。
「オレ様と一緒に勇者の部屋に行くぞ。3人だけで色々と話したいことがある。」
どういうことだ?なぜ自分だけを呼ぶんだ?
「カ、カンダタさん。どうしてエルスさんを?」
「それはオレ達3人で話し合った後に説明する。今は詳しくは言えん。」
マールの質問にボスがはぐらかして答える。
……自分の正体のことを、ゲームのことを、勇者に話すつもりか。
「……エルス、さっき言ったとおりよ。1人で背負い込みすぎないでね。」
「はい……」
ヴィクターさんからの励ましの言葉にも、自信をもって返事ができない。
勇者に、オルテガの件を責められても仕方ないと思っているから。
「ね、ねぇ。あなた達も、何か知っているの?」
「……今は私達からの口からは何も申し上げられません。どうかボスのおっしゃるとおり、お三方の話し合いが終わるまでお待ちください。」
サラキアの疑問にアリサさんが申し訳なさそうに答えている。
……勇者の仲間達からも責められる覚悟を持つ必要があるかもしれない。
「……エルスさん、全てカンダタさんから事情をお聞きしました。別の世界から来られたというのは本当なのでしょうか。」
部屋に入って早々、勇者から直球の質問が飛んできた。
「……その通りです。私は、皆さんがいらっしゃる世界の住人ではありません。」
「その、別世界にあるゲームというものが、この世界と同じだというのも本当なのですか。」
「……はい、そうです。」
勇者の顔をまともに見れなくなってくる。
「では……エルスさんは、僕達のことも、カンダタさんのことも、オーブのことも、バラモスのことも、ゾーマのことも……父オルテガのことも、全て御存知だったということですか。」
「はい。私は、皆さんのいるこの世界が、私が住んでいた世界にあるゲームというものと同じだとしたら、この世界のどこに何があるのか、これから何が起こるのかなどについて、全てわかっていました。」
「……だからカンダタさんは、僕達の知らない色んなことを御存知だったというわけなんですね。」
「ああ、オレ様はコイツから情報を貰って動いていた。できるだけ勇者様の邪魔にはならないようにな。」
「……エルスさんがいるなら、カンダタさん達だけでこの世界を救うこともできたのではないでしょうか。もしくは、エルスさんが僕達と一緒に行動しても……」
「……前者に関してだが、全てをオレ達だけでやるわけにもいかねぇと考えたんだ。この世界はルビスの加護を受けた勇者が救うべきモノだからな。後者に関してだが、エルスが別世界の人間であるからこそ、この世界に過大に干渉するのはマズいとオレ様が判断した。却ってこの世界に悪影響を及ぼす怖れもあるからな。」
「…………」
勇者は黙ってしまった。
やはり納得がいかないんだろう。
そりゃそうだ、そんなチートな知識があるなら助けろよって思うだろうし、父親のことだって、知ってたのなら事前に相談しろとか思っても無理はない。
「エルスさん……本当に、色々とありがとうございます。」
……だから、この御礼には心底驚いた。
「な、なぜですか?私は、勇者様に責められても仕方がないと……」
「とんでもありません。そもそもエルスさんは被害者です。望まぬまま僕達の世界に飛ばされてきたのですから。それなのに、カンダタさんを通じて色々と僕達を助けてくれた方を、どうして責めることができますか。」
「で、でも、もっと上手くやれれば、オルテガさんのことだって……」
「いえ、そのゲームというもので父が死ぬことになっていたのであれば、それはこの世界でも逃れられない運命だったのでしょう。……むしろエルスさんにお聞きしたいのですが、ゲームと大きく運命が異なった出来事がこの世界で起きたりはしていますか?」
「い、いえ……色々と細かいところでの違いはありますが、ゲームの本流から大きく外れた事までは起きていないかと……」
「それならば尚更エルスさんを責める理由なんてありません。むしろ、僕達を色々と助けてくれたことに対して、感謝する気持ちしか湧きませんよ。」
……勇者は、本当に立派な青年だ。
当初はこんな勇者で大丈夫かと心配していたのに、自分みたいな人間に心配されるような、そんな柔な人間なんかじゃなかった。
勇者も色んな思いがあるだろうに、それらを全て飲み込んで、相手を許すどころか感謝すらしてしまう、その器の大きさというのを見せられた気がしている。
「……そもそもエルスが責められる筋合いなんかねぇんだ。オルテガの件もそうだが、オレ様がもっとうまくやるべきだった。」
……まさか、ボスがそんなことを言うなんて。
「そんな!カンダタさんが責められる事なんてありませんよ!」
「そうですよ。ボスに責任なんてありません。」
勇者の言うとおりだ、何故ボスが責められなきゃいけない。
「アルスは勇者と言えどもまだ年端のいかない子供だ。エルスもオレ達の住む世界に対する責務なんぞハナから背負う必要なんかない。……オレ様のような人間が、テメェらをちゃんと導かなきゃならねぇんだ。」
「……何言ってるんですか。そもそも私なんて得体が知れなくて誰も異世界だなんて信じることできないはずなのに、ボスはそれをちゃんと見極めたでしょう。そんなことができるのって、世界は広しといえどもボスぐらいしかいませんよ。」
……本当に、心の底からそう思っている。
ボスに会えなかったら、自分は頭のおかしい人間に認定されたまま、あっさりとのたれ死んでいたに違いない。
……ボスには、面と向かっては言えないが、本当に感謝しているんだ。
「……ふん。テメェなんぞに励まされるとは思いもよらなかったぜ。」
内心は照れているのかもしれないが、ボスはそういったのを顔に出さないからよくわからない。
「カンダタさん。そしてエルスさん。僕は、改めてゾーマを倒すことをここに誓います。それは勇者だから、ルビス様の御意向だからというだけではありません。父の、オルテガの意思を、僕が引き継ぎたいのです。」
勇者の瞳が強く光る。
眩しく、真っ直ぐで、強い瞳だ。
「ああ。勇者……アルスは、あの孤高の戦士オルテガの立派な息子だ。それについてはこのオレ様が保障してやる。」
「カンダタさん……」
「そして……オレ様がオルテガの代わりにアルスを助けてやる。アイツに頼まれたというのもあるが、オレ様自身が助けてやりたいと思ってるからな。」
「本当にありがとうございます、カンダタさん。父も、きっと感謝してくれています。」
「……ゲームでは、勇者がゾーマを倒してハッピーエンドとなりました。この世界でも同じことが起きるはずです。私は、勇者さんを、アルスさんを信じていますからね。」
「エルスさん、心強いお言葉ありがとうございます。勇気が湧いてきました。」
勇者が笑顔で答えた。
「……なんだか、新しい父と兄ができた気分です。」
「おいおいアルス。こんなヘタレなヤツが兄だと、弟は色々と苦労するぜぇ。」
「ねぇアルスさん。こんなろくでなしが父親だと、息子は色々と苦労しますよ。」
「いえいえ、不出来な父と兄を持つっていうのも味だと思いますけどね。」
「……弟が生意気な口をきいてますけど、父親として躾けるべきじゃないですか。」
「……テメェが言うな、バカ息子が。」
気がつけば即興コントが繰り広げられていた。
この世界に来てずっと女性に囲まれた生活だったからか、こういった男同士の会話に新鮮味を覚える。
勇者も……アルスもそうだったからか、この会話を楽しんでるようだ。
本当に好青年だ。兄が卑屈に感じてしまうほどの、自慢の弟だ。
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