第42話 想い
ヴィクターさんは宿には戻っておらず、街の外れにある小川のほとりで1人座り込んでいた。
酔いでも覚ましているのだろうかと思って近づくと、ヴィクターさんの独り言が聞こえてきた。
「……どうすればいいっていうのよ……」
……どうしたんだろう、一体何を思い悩んでいるのだろうか。
自分絡みの件だとすると、ヘタレとの接し方とかそういうことなんだろうか。
……ここで悩んでいても仕方ないし、直接話を聞いてみるしかないだろう。
「……ヴィクターさん、お隣、失礼してもよろしいですか?」
「エ、エルス!?ど、どうしたの?」
「いえ、レディを1人で帰すわけにもいきませんので、追いかけてきました。」
ホントはドネアさん達に言われて来たわけだが、それは言わないでおく。
ヴィクターさんの隣に座りこんだのはいいが、一体何を、どう話せばいいのだろう。
「……ねぇ、エルス。」
1人悩んでいるところにヴィクターさんが話しかけてきた。
「あなたの世界の価値観というか、常識というか……考え方について、教えてもらえないかしら。」
「は、はい……どういったことでしょう?」
「……男女のこと。」
「……すみません、もう少し具体的にお聞きかせ願いますか?」
「……あのね……」
気がつけばヴィクターさんの顔が真っ赤になっている。
それは酔いのせいなのか、それともこれからする話のせいなのか。
「あなたの世界では……好きな人に対しては、男性と女性のどちらがその想いを告げるものなの?」
……男女間の友情は成立するのかとか、てっきりそういう類のものと勝手に思い込んでいただけに、少し意表を突かれた。
なぜ、こんな質問を2人きりの時にしてくるんだろう。
……まさか、ひょっとして……
いや、どうせ期待して裏切られるっていうオチなんだろう?
「……特に決まり事があるわけではありません。一昔前は男性から想いを告げる方が男らしいと言われたりはしていましたが、最近では女性から積極的にアプローチをかけることも当たり前の風潮になっていたと思います。」
草食男子、肉食女子っていう言葉も生まれてたぐらいだしな。
もっとも、自分には縁遠い話だったけど。
「……エルスは、元の世界で恋人はいなかったのよね。」
「ええ、前にも申し上げましたが、そのような縁なんて一切なかったです。」
「……好きな人はいなかったのかしら。」
好きな人か……幼稚園児の頃は先生のことが好きだったりしたとは思うけど。
「何人かを好きになったことはあると思います。でも、すぐに諦めていました。」
「どうして諦めてしまったの?」
「手が届かない相手だったり、相手が別の人と既に付き合っていたり、そういったことが理由だったと思います。」
「……諦めることが辛かったりはしなかった?」
「……どうなんでしょうね。辛いとか思う以前に諦めてた感じですから。」
どうせ自分には無理だろうとか、勝手に決めつけてたと思う。
そんな自分が嫌だとも特に思わなかったし……そもそも好きになった人のことなんて今はもう思い出すことすらできない。
「ヴィクターさんの世界ではどうなんですか?」
「……私達のいる世界では、少なくともサマンオサでは、男性から女性に想いを告げるのが当然というかマナーみたいな感じになっているわ。女性は、自分の恋い焦がれる男性が、いつ、どうやって自分に告白してくれるのか、色んなシチュエーションを想像しながら、それを待ち続けているの。」
話を聞く限り、割と王道な感じがする。
「ヴィクターさんも、サマンオサ時代に想いを告げられたことがあるんですか?」
「私がそういった年齢になった頃には既にサマンオサはそれどころじゃなかったわ。だから、私もそういったことが実はよくわかっていないのよ……。」
確かにモンスターに支配された国では、国に仕える騎士が恋愛なんてするヒマも余裕もなかったんだろう。
「……でも亡くなった母からは父とのそういった話を良く聞かされていたわ。私にも、いつかそういった男性が現れて、素敵な告白をしてくれると良いわねっていうオチを付けながらね。それもあって、私はそういうものなんだっていう考えで過ごしてきたわ。……でも、私の好きな人が私に告白してくれる保障なんてないってことを知ったの。」
……勘違いしてもいいのだろうか。
……今、そんな話を、ここで、自分だけにしている意味は、やはりそういうことなんだろうか。
「……この前ね、ドネアに言われたの。自分のそういう価値観だけで行動していたら大事なモノを手放すことになるかもしれないって。必要とあればその価値観を壊してでも自分から動いていく必要があるんだって……」
……自分の心臓の音が聞こえてくる。
……おそろしく早く、強く動いている音が。
「……でもね、どうしたらいいのかわからないの。自分が一体何をすればいいのか……。いえ、頭ではわかっているのだけど、それでもやっぱり動けないのよ……」
……なぜ、好きな人に、ここまで言わせてしまっているのだろう。
……いくらなんでもヒドすぎるだろう、ヘタレにもほどがあるじゃないか。
……奮い立てよ。この状況で奮い立てなかったら、もう救いようのない屑だぞ。
「ヴィクターさん……私は、自分が思っている以上にヘタレです。」
「エルス……?」
「先ほど申し上げましたとおり、私は好きになった人がいてもすぐに諦めていました。そしてそれは……この世界に来ても同じでした。」
「……この世界にも……エルスには好きな人がいたのね……」
「……その人は、とても誇り高い人で、自分の弱さを人には見せない、隙なんて絶対に見せない感じの人でした。でも、暫く経ってから、その人は実は年相応の女の子だとわかりました。」
「……それで?」
「はじめの頃は私に心を開いてくれていない感じでした。でも色んな出来事があって、その子と少しずつ打ち解けることが出来て、そして初めてその子の笑顔を見た瞬間、私は、その子に恋をしたんだと思います。」
「そうなのね……」
……その落ち込んだリアクションはどっちなんだ?
不安になってくるじゃないか。
……でも、ここで引くわけにはいかない。
「……その子の側にいたい、ずっとその笑顔を守りたいって思っていました。でも私はヘタレで、とても弱くて、……むしろその好きになった子に守られてしまうような人間でした。そんな私だから、きっとその子に自分は似つかわしくないんだろうって、その恋を半ば諦めていました。」
「……っ!ね、ねぇ。その好きな人って……」
「さらに今……私は、そのヘタレさが故に、好きな女の子に苦しい胸の内を語らせてしまう愚鈍な人間だとも知りました。……今まで自分の気持ちに向き合わず、逃げてばかりいたことのツケが回ってきたのですね。」
「あ……あの……」
心臓が破裂するんじゃないかってほどの動きをしていて、とても息苦しい。
自分が、こんなセリフを吐くなんて、思ってもいなかったから。
「……ヴィクターさん。」
ヴィクターさんを見つめる。
ヴィクターさんの顔も、耳も、手も、全てが真っ赤になっている。
きっと、自分もそうなっている。
「……今、この場で自分の想いを語るのは止めておきます。こんな私にも、男としてのちっぽけなプライドがあるみたいです。好きな女の子に諭されてだなんて、そんなのとても格好悪くて出来ません。」
「……うん……」
「だから……世界が平和になったら、改めて……サマンオサの風習に則って、私からこの想いを告げさせてください。」
「エルス……!」
ヴィクターさんが、泣いている。
あの素敵な笑顔で、泣いている。
「……その代わり、今はこれで勘弁して貰えますか。」
「えっ……!」
ヴィクターさんの肩に手を回して、優しく抱き寄せる。
ヴィクターさんの体が強張っている。
「こうやってヴィクターさんの温かさを感じさせてください。私の体に、その温かさを覚えさせてください。私が、弱い私が、いつか来るその時に、勇気を出せるように。」
「……ふふっ、そんなに弱いってことを強調しないでよ。心変わりしちゃうじゃない。」
「こういう時の気障なセリフってのが思い浮かばないんです。」
「……普段はお調子者のくせに、おかしな話ね。」
ヴィクターさんの体から力が抜けたようだ。
こちらに体重を預けてくれる。
「あなたの体って……思ってたよりもしっかりしてるのね。」
「ヴィクターさんの体は、思ってたよりも柔らかいです。」
「……変態。」
「……ヘタレずに、素直になっただけです。」
「……バカ。」
ヴィクターさんは目を閉じて、自分の胸に頭を預けている。
「……あなたの心臓の音が聞こえるわ。それとも私のかしら。」
「私の心臓の音なら、きっと今まで聞いたことの無いくらい、速くて強い音が聞こえていると思いますよ。」
「だったらどちらかわからないわね。私のもそうなっているんだもの。」
「……もう暫くこのままで居ても良いですか?……お互いの心臓が落ち着くまで。」
「……うん、お願い。暫くは、落ち着きそうにないもの。」
……ホントはここでキスの一つでもするべきなんだろう。
でも、今はまだ早いと、心にブレーキを踏んでしまう。
そう簡単にヘタレは治らないってことか。
でも、今は、この幸せを、このまま噛みしめさせて欲しい。
この先、いつまでも忘れることのないであろうこの感情に、今は存分に浸らせて欲しい。
……きっとヴィクターさんも、同じように思ってくれているだろうから。
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