第40話 人外まっしぐら
「モシャス!」
はぐれメタルとの遭遇時、ついに例の呪文を戦闘で使うことになった。
「おー!私そっくりだー!」
キャシーちゃんが喜んで反応している。
こ、これが女性の体っていうヤツか、流石に違和感バリバリだ。
……って、早くドラゴラムを唱えないと。
「エ、エルス!何をモタモタしてるのよ!」
早速ヴィクターさんから注意を受けてしまった。
「ドラゴラム!」
……凄い、自分がドラゴンになってる。
そのまま息を吐くように炎を出したら、あっという間にメタルボディが溶けていった。
ほんと、とんでもない呪文だ。
「やりましたね、エルスさん。いかがですか、レベルは上がりましたか?」
ドラゴンの姿が解けていないためアリサさんに対して頷くことしかできないが、グングンとレベルが上がっていくのを体感する。
これはとんでもないな、こんなにアッサリとレベルが上がるなんて。これまでのルーチンワークがアホらしく感じてしまう。
「いやー、凄いですね。一気にレベルが3つも上がりましたよ。」
はぐれメタル3匹を一網打尽にできたのが大きい。
「……なにニヤニヤしてるのよ。そんなにキャシーに変身できたことが嬉しかったのかしらね。」
ヴィクターさんの言葉がキツい。
「い、いえ。これで私もどんどんレベルを上げることができるっていうのが嬉しいだけですよ。今日はあと2回しか使えませんけど。」
「そう。あと2回しか変身できないのが、よっぽど残念なのね。」
「あ、あのですね、私は別に邪な考えで言ってるわけでは……」
「そうよぉ、ヴィクター。あんまりエルスを責めちゃ可哀想よぉ。」
「べ、別に責めてるわけではないわよ。ただ、いい歳した大人が変なことを考えないように、くぎを刺しているだけよ。」
……ま、まぁ確かに、キャシーちゃんの少し膨らんだ胸の感触を楽しもうとか思ってしまったから、ヴィクターさんが言っていることを強くは否定できない。
やはりこのモシャスは色々と危険だ。DTには刺激が強すぎる。
この後、2回モシャスをしたところで自分はお役御免となった。
レベルは今日1日で6つも上がり、新たに呪文を一つ覚えた!
「……アバカム……かよ……」
「……もうそのリアクションだけでヤバイ呪文なんだなってのがわかるんだけどさぁ。とりあえずどんな呪文なのか、その効果をちゃんと皆に報告して貰えるかしらぁ。」
「……カギの掛かったどんな扉でも開けることができます。」
「……どんな扉も開けることができて、透明にもなれて、あまつさえ他人にも変身できるってわけねぇ。完全犯罪、ここに成立かぁ。」
「……皆さんにお願いがあります。私がこれらの呪文が使えること、決して他の方にはバラさないでください。私は、もう、普通には生きられなくなります。」
「わ、私はエルスを信用しているわよ?モシャスに関してアレだけど……」
ありがとうございます、ヴィクターさん。
「……ボスはその呪文の封印にも反対なさるでしょうね。」
……そうですよねアリサさん、私もそう思います。
「さとりの書でもエルスが覚えた呪文は使えないんだよねー、不思議だなー。」
賢者ともあろうお方が邪な呪文を使うってわけにもいかないんだろう。
「勇者がゾーマを倒したら、ルビス様に全て封印して貰う予定です。例えボスが反対してもそこは譲れません。私は、平和になった世界で人外として生きたくはありませんから。」
ボスは、ゲームクリア=世界が平和になれば、自分への興味もなくすだろう。
そこまでいけば封印に対して反対もするまい。
それまで、あと少しの辛抱だ。
「――― ダメだな、検討もつかねぇ。」
はぐれメタルのルーチンワークを開始してから3日後、別行動をしていたボスがリムルダールに戻ってきていた。
「トベルーラで浮いたまま前に進むというところまではできたんだが、向こうに渡る前に魔力が尽きちまう。効率的に魔力を使う方法が見当たらん。」
そこまで改良できただけでも凄いと思うけど。
「オルテガさんの魔力はボスよりも多かったんですか?」
「いや、オレ様の方が魔力は多かったはずだ。だからオルテガの野郎はここから更に改良を加えていったんだろうな。そういったセンスはアイツの方がオレ様よりも上だったからな。」
流石は元祖勇者といったところだろうか。
「私がトベルーラを使えたらなー。魔力がもつかもしれないのにねー。」
「おそらくキャシーが使えたとしても魔力がもたない。それくらい消費が激しいシロモノだ。」
「そっかー、難しいものなんだねー。」
キャシーちゃんはルーラを使えないから、トベルーラの習得もできないようだ。
そう考えるとサポーターという職業はホントに特殊なんだとわかる。
……それはつまり、ボスもかなり特殊だということだ。
「それでどうしましょうか。やはり、勇者より先にゾーマの城に渡るアイテムを探して、渡ることにしますか?」
「……いや、ここで勇者を待つことにしよう。」
意外な答えだった。
「オルテガさんを諦めるということですか?」
「……勇者は、オルテガがやられる所を目撃するんだよな?」
「ええ、そうですが。」
「なら、勇者達と一緒にゾーマの城に向かい、オルテガがやられそうな所を助ける方針で行く。」
それは、かなり厳しい局面になりそうだ。
間に合うという保障は一切ない。
「オルテガを倒すモンスターはどんなヤツだ?」
「キングヒドラと言いまして見た目は八岐大蛇みたいな感じです。攻撃方法も似ていますね。もちろん、キングヒドラの方が数倍強いですが。」
「戦い方としては八岐大蛇と同じようにやればいいわけか。オルテガがそいつと戦っている場所も把握しているか。」
「ええ、覚えています。」
「……勇者達と一緒に城に渡ったら、オレ達が露払いの名目で先行するぞ。そうすれば勇者がオルテガに会う前に遭遇することができる。」
上手くいくかは何とも言えないが、現状それしか方法はないか。
……せっかくゲームの知識があるというのに、何とももどかしい。
「……しかし、エルスもまた可笑しな呪文を覚えたもんだな。テメェも大盗賊カンダタ様の立派な子分になったってわけだ。」
全然嬉しくない。
「ねぇボス、流石にエルスが可哀想よ。早く呪文を封印してあげたら?」
ヴィクターさんが援護射撃をしてくれる。
「ゾーマの城にオレ様のピッキングが効かない扉があったらエルスの呪文が役立つかもしれんからな。封印するにしても全てが終わってからだ。」
「絶対ですねボス!約束ですよ!!」
「お、おう。……テメェ、そんなに嫌だったんかよ。」
「当たり前じゃないですか。私は人並みの人生を送りたいんです。」
「異世界から来たヤツが、何を今更人並みなんぞを求めていやがるんだ。」
そんな身も蓋もないことを言わないでください。
「良かったわねぇ、ヴィクター。エルスはちゃーんとマトモな人間になってくれるわよぉ。これで一安心ねぇ。」
何とも意味深な感じでドネアさんがいつもの絡みをみせている。
「え、ええ。このまま変な人間になっていくのを見過ごすなんて、できないからね。」
へ、変な人間って……そんなに変ですか。
「私はヴィクターさんが嫉妬している姿をもっと見ていたいですけどね♪」
「……はぁ、アリサも相変わらずね。もうツッコまないわよ。」
流石にヴィクターさんもからかわれるのに慣れてきたようだ。
「でも私に変身して嫉妬しちゃうならさー、エルスがヴィクターに変身すれば嫉妬もなくなるんじゃないのー?」
「なんでそうなるのよ!エルス!そんなことしたら、絶対に許さないからね!!」
「し、しませんよ。私は戦闘以外でモシャスを唱えるなんて絶対にしませんから。」
「戦闘中であっても私には絶っ対に変身しないでね!恥ずかしいんだから!」
「わ、わかってますよ……」
変な人間が自分に変身するなんておぞましいってことだろうか。
……これがヴィクターさんの好きな人とかだったら、きっとここまで言われることもなかったんだろうなぁと思うと、わかってても落ち込んでしまう。
「……ああ、なーんか色々と見えてきたわぁ。これ、エルスがヘタレっていうだけの問題じゃないわねぇ。」
……???
ドネアさんの言っている意味がよくわからない。
ヘタレ以外にも他に何か問題があるってことなんだろうか。
「……ねぇヴィクター。今夜あなたの部屋にお邪魔して良いかしら?ちょーっと、色々と、話しておきたいことがあるのよねぇ。」
しかも自分の前では話せないような問題なのか。
「い、いいけど……話したい事って何?」
「それはその時に詳しく話すけどねぇ。一つだけ今言わせて貰うと、ツンデレっていうのも相手によりけりよぉ。」
「……どういう意味よ?」
「……ま、後でねぇ。」
ドネアさん曰く、どうやらヴィクターさんがツンデレで、そこに問題があるということらしい。
正直どこにツンデレの要素があったのかわからないけど、とりあえず自分に問題があるわけじゃないとわかってホッとした。
「……エルスもホッとしてるんじゃないわよぉ。結局アンタがヘタレなのも問題なんだからねぇ。」
……くぎを刺されてしまった。
ドネアさんは一体何を問題にしているのだろう。
ヴィクターさんともこれまで何とか上手くコミュニケーションを取れてきたと思ってたのだが、それでも完全に信用を得られてないってところが仲間としてマズいと思われているのかもしれない。
その辺りは変な呪文さえ封印されればそれで解決……っていうわけでもないみたいだ。
人間関係って、想像以上に難しいものなんだなぁ。
この歳になっても、よくわからない。
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