第39話 変身

「……皆さんに相談したいことがあります。」

「あん?どうした?」

 初めてメタル狩りを行った日の夕食時、意を決して皆に告げる。

「……モシャスを、解禁してもよろしいでしょうか。」

 そうなのだ、自分にはコレがあるのだ!

「モ、モシャスって、確か他人に変身できるってやつでしょ!?あ、あなた、何考えているのよ!?」

「あぁ、とうとう劣情を抑えきれなくなってしまったのねぇ。」

「ヴィクターさん、ドネアさん、これからその理由を説明しますので、どうかお静かに願います。」

 頼むから話を先に進めさせてくれ。

「このモシャスという呪文ですが、ただ姿形だけ変身するわけではありません。その人の能力も全て真似できるんです。」

「能力ってことは……ソイツの呪文も使えるってことか?」

「そのとおりです。これでキャシーに変身させてください。」

「なんでまたキャシーなんだ?」

「ドラゴラムを唱えることによって、はぐれメタルを確実に倒すことができるからです。これで私もレベルを上げることができます!」

 ……勿論わかっている、倫理的な問題が生じうるということも。

 でも現状、これが最も確実に自分が討伐できる方法なのだ。

 ……変身先が12歳の女の子っていう事実には、どうか目を瞑らせてくれ。


「おー、ダブルドラゴンってやつかー。私は全然いーよー、楽しそーだしねー。」

 ……なんか元の世界にそんなタイトルのゲームがあったような。

 それはさておき、キャシーちゃん本人からの許可が得られたのは有り難い。

「よろしいのではないですか。このままだと、エルスさんだけレベルを上げることができませんからね。」

 アリサさんも賛成してくれた。やっぱりこの人は優しい。

「……25歳の独身男性が12歳の少女に変身ねぇ。なーんかアブナイ匂いがしちゃうわぁ。」

 ドネアさんはやや否定的ってところか。

「そ、そんなことする必要なんてないわよ!エルスのレベルなんて上げなくていいし、私がエルスを守ってあげるから!……そもそも、そんなの変態じゃない……」

 ……ヴィクターさん、否定はいいんですが、変態は流石に言い過ぎでは。

「……おいエルス。オレ様は能力まで真似できるなんて聞いてなかったぞ。変化の杖みてぇに姿形だけの変身だと思ってたんだが。」

「この呪文は私自身の信用に関わるものですから、できれば一度も使わずにルビス様に封印して貰いたかったんです。だから詳細を伝えても仕方ないかと思ってまして。」

「そのモシャスだが……例えば例の勇者達にも変身できるのか?」

「私の見えている範囲に居てさえくれれば、できますね。」

「ふむ……試しに今、オレ様に変身してみせろ。」

 いきなりオッサンに変身してみせろと来たか。

 まぁ、いたいけな少女に変身するよりかは幾分気が楽だ。


「いきますよ、モシャス!」

 呪文を唱えた次の瞬間、自分が筋肉隆々の伊達男に変身できたのがわかる。

 そして……ボスが滅茶苦茶強いってことが実感できた。

 ボスのレベルや職業まではわからないが、自分なんかより遙かに強いってことぐらいは体感でわかる。

 そして、バギクロス、イオラ、ベホイミ、ルーラなど、ボスは多種多様な呪文が使えるってこともわかった。

「す、凄いですね。ボスにしか見えません。」

「ひょえー、ボスが2人いるー。どっちが本物かわかんないねー。」

「これは圧巻だわぁ。ルビス様に封印してもらいたくなる気持ちもわかるわねぇ。」

「エ、エルス、ちょっと喋ってみて。」

 請われたので挨拶してみる。

「どうもヴィクターさん。私はボスに化けたエルスです。」

「こ、声までボスと同じなのね……口調はエルスのままだけど。」

 ……自分の口からボスの声が出るなんて、何だか気持ち悪くなってきた。

「効果はどれくらいもつんだ?」

 本物のボスが聞いてきた。

「1分ですね。あと、今の自分だと3回までしかこの呪文は使えないです。結構魔力を消費するようですね。」

「……オレ様の声でその言い回しは気持ち悪ぃな。呪文が解けるまで黙ってろ。」

 ……こいつ、殴ってもいいよな?


「……で、八岐大蛇ん時も変身して戦うことが出来たはずだが、何故しなかったんだ?」

 モシャスが解けたタイミングでボスが聞いてきた。

「先ほども申し上げましたが、一度でもこの呪文を使ってしまうと色々と疑われかねないからですね。」

 実際、モシャスが使えるって聞いただけで、勇者達も疑いの目をこちらに向けてきたからなぁ。

「……まぁいい。オレ様は賛成だ、使ってかまわん。」

「ボ、ボス!大丈夫なの!?」

 ヴィクターさんが執拗に食い下がる。

「心配ならヴィクターがエルスを見張るなりすればいいだろ。それに1日3回までしか使えねぇんだろ?3回使っちまえばその日はもうモシャスが使えねぇってことだ。その方が逆に安心できるじゃねぇか。」

「そ、そうかもしれないけど、キャシーに変身だなんて道義的にも……」

「あ、あの、ヴィクターさん?私って、そんなに信用ないですか?」

 自分はそんなに変態っぽく見られているんだろうか。

「い、いえ、そういうわけではないのだけど……」

「だったらいいじゃねぇか。まぁそんなに心配するこたぁねぇよ。エルスに変なことができる度胸なんか、ありゃあしねぇんだ。」

「まぁ肝は据わってないわよねぇ。」

 ……ボス、ドネアさん、そこは喜んで良いところですよね?


「……そもそもさー、私にはヴィクターの心配してることがよくわかんないんだけどー。アリサはわかるー?」

「はい♪つまりですね、ヴィクターさんがキャシーさんにヤキモチをやいちゃうってことなんですよ♪」

「な、なんでそういう解釈になるのよ、アリサ!」

 アリサさんは見かけによらず、こうやってたまに人をからかう時がある。

 そのターゲットとなるのは、主に自分かヴィクターさんだ。

「あ、そっかぁ!そうよねぇ、エルスが変身したキャシーの魅力にメロメロ、なーんてこともありえるわよねぇ。」

 そして案の定、ドネアさんが乗っかってきた。

「ち、違うわよ!エルスがキャシーの、か、体とかを、意識できちゃうのよ?キャシーは抵抗とかないの?」

「別に構わないよー。っていうかー、それのどこが問題なのー?」

「そ、それはその……」

 純粋無垢なキャシーちゃんにうまく説明できなくなったようだ。

「せいぜい1分だろ?そんくらい笑って流すことができなきゃ、イイ女とは言えねぇぜ。」

 ボスもなんか悪のりしている。

 ……仕方ない、ヴィクターさんからの信用を得るためにも、ちゃんとフォローしよう。

「キャシー。ドラゴラムの効果も確か1分だったよね?」

「そうだよー、1分で元の姿に戻っちゃうねー。」

「ヴィクターさん、ご安心ください。モシャスの効果も1分ですので、キャシーの姿に変身した後すぐにドラゴラムを唱えれば、ドラゴラムの効果が切れる直前にモシャスの効果が切れます。私がキャシーの姿でいるのは、ドラゴラムを唱えるまでのほんの数秒間で済むはずです。」

「わ、わかったわよ……もうそれでいいわよ……」

 イマイチ納得していない感じだが、渋々ながらも了承を得られたようだ。

 

 やはり立派な騎士を目指している彼女からすると、大人と少女っていう構図が許せないんだろう。

 ヴィクターさんに斬り殺されないよう、今後も振る舞いには気をつけないとなぁ。

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