第37話 アレフガルト

「ここがアレフガルトの世界ってやつか。随分と暗いところだな。」

「光が当たることのない、闇の世界と呼ばれてますからね。これもゾーマの仕業ですが。」

「とりあえず人の居るところに向かうとするか。」

「ここから一番近いのはラダトームという国ですね、案内します。」

 ついに地下の世界、アレフガルトにやってきた。

 予想以上に辺りが暗い。ゲームで闇の世界だと言われていたのも納得だ。

 ちなみにルーラを使って地上の世界に戻ろうとしてみたが、イメージはできたものの呪文を発動することはできなかった。

 ゲームにはなかった仕様だし、イシスのスパイの件でも予想できていたことだが……改めて、上の世界に戻る方法がないってことが明らかになってしまった。


 ヴィクターさんがアレフガルトに来ることについてボスは反対していたが、女性陣が総出でボスを説得にかかり、結局ボスが押し切られる形となった。

「……女ってのは、だから面倒くせぇんだよ。」

「ボスは女性の扱いが下手なんですね。」

「……ホント、どの口が言うのかしらねぇ。」

 ドネアさんがなんか辛辣だ。

「まさか自分を守ってくれだなんてお願いするとはねぇ……。ヘタレヘタレと思ってたけど、ここまでとは思わなかったわぁ。」

 いや、そんなにおかしい論理だったかな。

 サポーターが弱っちぃのなんて周知の事実だと思うのだが。

「オレ様も最初は反対したけどよ。もうちょいマシな理由だったら実はそこまで反対するつもりはなかったんだよ。……まったく、聞いて呆れるぜ。」

 そりゃあボスは強いからなぁ、呆れるのも無理はない。

 でも、好きな女性にただ一緒に居て貰いたいがために、これでも頑張って考えた理屈なんだ。

 それをあんまり否定されると流石に凹んでしまう。

「……以前の勇者みてぇに素直すぎるってのも毒だけどよ。少しは素直にならなきゃいけねぇ場面ってのもあるんだよ。」

「ホントよねぇ。いい歳した大人が、なんでその辺りのこともわからないのかしら。」

 2人とも随分な言いようだ。これでも自分の気持ちに素直になって言ったのに。

 ……ちなみに当のヴィクターさんは、ギアガの大穴からのダイブでまだ放心状態だ。

 これでヴィクターさんからも口撃されてたら立ち直れなかったな、正直助かった。


「―――これからの行動についてだが、勇者達がゾーマの城にたどり着くまでに、なんとかしてオルテガと接触を図りたい。」

 ラダトームの城下町にある宿にて、ボスが今後の方針を告げる。

「暫くはオルテガについてこの世界で聞いてまわるつもりだが、同時にオレらも力を付けておかなきゃならん。」

 ラダトームに来るまでにモンスターと1戦だけしたが、流石にサマンオサ周辺のモンスターとは桁が違った。

 ボスが居なかったらかなりヤバかった気がする。

「しかし、どうやってオルテガと接触するんです?既にゾーマの城にオルテガが着いていたら厳しいですよ。」

「そこがわからねぇんだよな。テメェの話だとゾーマの城に行くには色んなアイテムが必要で、勇者はそれらを集めてからゾーマの城に行くんだろ?しかし、オルテガはその辺りを全部すっ飛ばしてたどり着いてるってわけだ。……だから、オルテガの動向を追ってれば、オルテガがゾーマの城へ渡った方法も見つかるんじゃねぇかと思ってな。」

 ……ボスの言うことも一理あるが、個人的には余り期待できないのではと思っている。

 ゲームでもその点については最後まで明らかにされていなかったからなぁ。

「とりあえず、勇者達がアイテムを使って城に渡る場所を一度確認しておきてぇところだ。」

「それならここから東にあるリムルダールっていう街を目指すべきです。その近くにあります。」

「明日はここラダトームでオルテガに関する情報収集をオレ様の方でやっておく。明後日にはリムルダールとやらを目指すぞ。各自、それまではゆっくり休んでおけ。」

「……ボス、ゾーマの城に渡るアイテムは我々で探さないんですか?別の方法を探るよりも早いかと思うのですが。」

「その辺りは全部勇者にやらせる。オレ達がそれらを見つけて勇者よりも先に城に向かった結果、オルテガの死がそれに合わせて早まったりでもしたら本末転倒だしな。」

 ボスも、ここにきてゲームのストーリーに介入することの影響を心配しているということなのだろうか。

 ……もう既にかなり介入しちゃってる気がするんだけど。


「……あれが、ゾーマとやらが居る城なのね。」

 少し青ざめた顔でヴィクターさんが聞いてくる。

 ゾーマが居る城は、ラダトームから海を挟んで目と鼻の先にある。

 ただし、海流や暗礁の関係で、船では城に近づくことすらできないらしい。

 ボスから今後の方針が告げられた翌日、ヴィクターさんとランチをしながら、海の向こうに見えるゾーマの城を眺めていた。

「ええ、あそこに居るゾーマを倒せば、ヴィクターさん達が居た世界も、このアレフガルトも、真の平和が戻るということになります。」

「それなら私がここに来た意義もあるということね。騎士として、世界の平和を脅かしている事態を見過ごすわけにはいかないから。」

 ヴィクターさんは、サマンオサに戻ることを選ばずアレフガルトに来たことの正当性を探しているようにみえる。

 やはりサポーターを守るという理由だけでは自分を納得させるわけにもいかなくなったのだろうか。

 ……結構うまい理屈を考えついたと思ったのになぁ。

「この辺りの敵も強いわね。でも、あの城にはもっと強い敵がいるっていうことよね。」

「そうなりますね。レベルとしては少なくとも40以上は欲しいところです。その40っていうのも勇者基準なので、我々の場合はもっと必要になるかもしれません。」

「……なかなか厳しいわね。」

 へたすると50以上のレベルが必要になるかもしれない。

 ちょっと気の遠くなる話だし、そこまで目指していたら勇者達にも先を越されてしまうだろう。


 ただ、1つだけ希望というか、気になっていることがある。

「ヴィクターさん、はぐれメタルっていうモンスターは御存知ですか?」

「知ってるわよ。といっても滅多に姿を見かけるモンスターではないし、私も実物は見たことがないのだけど。」

「そのモンスターって、倒すとレベルが一気に上がるとか言われてたりしますか?」

「そのとおりよ。だからこそ滅多に見かけないんだけどね。」

「そうですか、それは良いことを聞きました。我々は、何としてでもリムルダールを目指す必要があります。」

 ヴィクターさんは不思議そうな顔をしていたが、すぐに思い当たったらしい。

「……ひょっとして、リムルダール近辺に出てくるの?」

「ええ、ゲームではそこが狩り場でした。ここも同じなら期待できるかもしれません。」

「ボスに報告した方が良さそうね。」

 夕食時に集まる予定だから、その時に報告することにしよう。


「ねぇ、エルス。」

 食後のお茶を飲んでいると、ヴィクターさんが話題を変えてきた。

「……あなたって、元の世界では、こ、恋人とかは、いたりしたの?」

「ブッ!!!」

 思わず吹き出してしまった。

 ついさっきまでシリアスな流れだったのに、どうしてまた?

「と、突然どうしたんですか?」

「ご、ごめんなさいね。昨晩ドネアとそういう話をしてて、それで少し気になっただけなのよ。」

 ドネアさんの差し金か。というより、ドネアさんに影響されてってことか。

 なんて罪深い人なんだ、ドネアさん。

 ……そしてヴィクターさん、なんで質問している側が顔を赤らめていらっしゃるんですか。

 そんなに照れくさいなら、こんな話題なんて出さなきゃいいのに。

「……私は顔も頭も腕っ節も平凡ですから、そういった縁なんて一切なかったですね。」

「そ、そうなのね。」

 ……なんで少し笑顔になったのでしょうか、ヴィクターさん。

 アレですかね、「その歳にもなって恥ずかしいわね」っていう嘲笑の類でしょうか。


「あなたは、どういった女性が好みなのかしら。」

 続けざまにヴィクターさんが口撃してくる。

 ……そういえば、随分前にドネアさんとも似たような話をしたことがあったなぁ。

 もっとも、その時はここまで具体的には聞かれなかったけど。

「……そうですね、一緒に居ても自然体で居られることが重要かなぁって思ってます。」

「自然体?」

「ええ。相手の前で見栄を張り続けて生きるってのは窮屈そうですからね。ありのままの自分をさらけ出しても平気と思えるような相手が良いです。」

「……それって、その相手の前でも泣いたりとか怒ったりとか、そういった感情を露わにすることができるってことかしら。」

「そうですね、そういったことですかね。」

「そ、そうよね!やっぱり、そういったことができる関係ってのは大事よね!」

 なんか凄い喜んでいる。

 よっぽど共感できる考え方だったのだろうか、ちょっと嬉しくなった。


「ヴィクターさんはどうなんですか?」

「私?」

「はい。私も答えたんですから、ヴィクターさんの好みとかも聞きたいですね。そもそも、恋人とかは居たりしたんですか?」

 後者の質問は、答え次第では大ダメージだ。

「恋人なんて居たことないわよ。そもそもそれどころじゃなかったから。」

 安心しました、ありがとうございます。

「あとは私の好みだけど……」

「ヴィクターさんは騎士ですから、やはり強ければ強いほど良いって感じですか?」

「相手に強さなんか求めてはいないわ。あ、いえ、心の強さというか、安心感みたいなのは欲しいけど。」

 ……ヘタレはダメってことかぁ、ちょっと凹んだ。

「あとは……やはり私を一番に、大切に思ってくれる人ね。」

「……なんかちょっと、意外な答えでした。」

「そう?女性なら誰しもそうだと思うけど。」

 愛するよりも愛されたいっていうことなんだろうか。

 ……やっぱりこの子は、騎士である前に1人の女の子なんだなぁ。


 自分はヴィクターさんが何よりも大事だ。

 コレに関しては誰にも負けないという自負がある。

 ……でもそれって、口だけなら誰でも言える。

 「私はあなたが一番大事です」って言ったところで、どうしても安っぽく聞こえてしまう。


 だから、ヴィクターさんが求める心の強さや安心感を与えることができれば良いのだけれども、弱くてヘタレな自分には期待できない。


……ホントに、恋愛ごとに対しては、どうしても楽観的にはなれないなぁ。

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