第36話 岐路

「これでオーブは6つとも揃ったか。」

「はい。僕達はこれからラーミアの復活に向かい、それからいよいよバラモスのいる城に突入するつもりです。」

 八岐大蛇を無事に討伐し、勇者達と一緒にジパングでひとしきり歓迎を受けていた。

「かなりの強敵だろうが、気合い入れていきな。この世界を頼むぞ。」

「はい、必ず、バラモスを倒して、平和を取り戻して見せます!」

 今の勇者は、とても頼りに見えてくる。

 以前とは比べものにならないくらいだ。

「カンダタさん、これまで本当にありがとうございました。これからどうなさるおつもりですか?」

「……オレ様にもまだ色々とやるべきことがあってな。また後日、勇者様とお会いすることもあるだろう。」

「そ、そうなんですね……?」

 とりあえず、ボスは勇者と一緒にバラモス退治に向かうつもりはないみたいだ。

 ……そういえば、ゲームでは勇者とカンダタは計3回会っていた。

 1度目はシャンパーニ、2度目はバハラタ、そして3度目は……地下の世界アレフガルトだ。

 となると、次のボスの行動は……そういうことなんだろう。


「……オレ様は、ギアガの大穴からアレフガルトに向かう。」

 サマンオサに戻ってきた日の夜、ボスがメンバーに告げた。

 やはりアレフガルトに向かうのか。おそらくはオルテガを助けたいのだろう。

「そして……オレ達のパーティもここで解散だ。といっても、エルスはオレ様についてきて貰うけどな。」

 ゲームの知識が引き続き必要だということですね。

 ……まぁここまで来たら自分も最後まで見届けたいし、そもそもこの世界では自分は根無し草だから別に構わないか。

「てめぇら4人はこの世界で好きなように生きていけ。一度下の世界に行っちまったら2度とこの世界には戻って来れねぇだろうからな。」

「私はボスについて行きます。」

 正直、アリサさんのこの答えは予想がついていた。

「……さっきも言ったろう。2度とこの世界に戻って来れねぇんだぞ。」

「それが何だと言うんですか。少なくとも私はこの世界に未練なんてありません。」

 アリサさんは両親に売られて奴隷になりかけた人だからな。

 何よりも、ボスとずっと一緒にいたいということなんだろう。

「……てめぇは最初からそうだったよな。相変わらず面倒なヤツだ。」

「ありがとうございます、褒め言葉として受け取っておきます。」

 まぁアリサさんの断固たる決意を覆すのは、ボスといえども無理なんだろう。


「えー、私も一緒に行くよー。」

 どうやらキャシーちゃんも下の世界に行く気満々のようだ。

「キャシー、母親と会えなくなるかもしれねぇんだぞ。」

「まぁそれはちょい寂しいけどさー。それよりも下の世界の方が気になるんだもーん。」

 何ともまぁキャシーちゃんらしい答えだ。

「あのなぁ、遊びに行くわけじゃねぇんだぞ。」

「……でもさー、この世界に残っても、ボス達がいないんじゃつまんないよー。だったら皆と一緒に居た方が楽しいもーん。」

「……そうよねぇ、私も付いて行く気満々だしねぇ。」

 これにドネアさんも乗っかってきた。

「ていうかさぁ、ボス。ここまできてリタイアだなんて、そんなのありえないわよぉ。それに、私もこの世界に未練なんてないしねぇ。」

 ドネアさんはもともと家出少女だったから、その辺りはアリサさんの考えに近いということか。


「……もういい、てめぇらの好きにしろ。言っとくが、オレ様は責任なんぞ取らんからな。」

「さっすがー。ボス、わかってるねー。」

「……ただし、ヴィクター、てめぇはこっちの世界に残れよ。」

「わ、私は……」

 ヴィクターさんは戸惑っている。

「てめぇにはサマンオサがあるんだ。サイモンの意思を継いで立派な騎士様になるのが夢なんだろ?バカなことに付き合って、その夢を捨てるんじゃねぇぞ。」

「で、でも……」

「……何を一体悩んでいやがる?サマンオサを捨ててまでして下の世界に行く理由なんて、ねぇはずだろうが。」

「…………」

 ヴィクターさんが、何故かこちらに視線を向けて助けを求めているように見える。

 ……こ、こちらに振られても答えようがないんだけど……?

「……まぁまぁ、ボス。ヴィクターもさ、これまでの付き合いとかもあって悩んでるのよぉ。だからさぁ、もうちょいヴィクターに考える時間を上げてやってよ。すぐに向かうって訳でもないんでしょ?」

 ドネアさんが助け船を出してきた。

「……そうだな、じゃあ3日だ。3日後に下の世界に向かうからそれまでに決めろ。悩むまでもねぇと思うがな。」

「わ、わかったわ……。」

 ヴィクターさんが力なく答えている。

 ドネアさんの言うとおり、これまで皆と仲良くやってきたからという想いもあるんだろうな。

 でも、やっぱりヴィクターさんにはサマンオサで立派な騎士になって、そして、幸せになって貰いたいかな。

……そりゃあ、ヴィクターさんが居なくなるのは寂しいけどね……。


――― で、どうしてこうなった?


 アレフガルトに向かう前日の夜、サマンオサ城内の個室でぼんやりとアレフガルトの事を考えていたところに、部屋のドアがノックされた。

「どうぞ、空いてますよ~。」

「……失礼するわ。」

 まさかのヴィクターさんだった。

「め、珍しいですね。どうぞお掛けになってください。お茶、入れますね。」

「……ありがとう。」

 こういう時は「私が入れるわ」っていうパターンになるはずが、今日に限ってはそれもない。

 相当思い悩んだ表情をしている。

「どうぞ。ヴィクターさんほど上手ではありませんが。」

「そんなことないわよ、ありがとね。」

 少し微笑んで答えてくれた。

 でもその笑みには陰がある。

「……明日の件、まだ決めかねていらっしゃるんですか?」

「……ええ、そうなの。どうしても私1人では決めきれなくてね。それで、あなたに相談したかったの。」

 ……なぜ相談相手が自分なのだろうか。メンバーの中では一番付き合いが短いのに。

 ……まぁ、逆にその方が相談しやすいとか、そういうことなのかもしれない。


「……ヴィクターさんは何を悩んでいらっしゃるのでしょう?ボスの言われたとおり、サマンオサで騎士として生きていくことが、ヴィクターさんのなすべき事であり、夢だったと思うのですが。」

「そのとおりよ、そこに一切のブレはないわ。……でもね、どうしても後ろ髪が引かれてしまうの。そして、その理由をうまく説明できないというか……その……」

 なんだろう、なんか口ごもってるし、モジモジしている。

 ……何かしら心情的な引っかかりがあって、それを上手く言葉に出来ないということなんだろうか。

「……まずは順に言葉にしていってみましょうか。ヴィクターさんは、ボス達と下の世界に行きたいっていう気持ちがあるんですね。」

「ええ、そうね。できることなら私も一緒に行きたいわ。」

「それは下の世界を見てみたいという好奇心からですか?それとも、皆と一緒にいたいという気持ちの方が強いですか?」

「……後者の方ね、それは間違いないわ。」

「つまり、皆と2度と会えなくなるのは嫌だけど、一方で2度とサマンオサに戻れなくなるかもしれないことを怖れているというわけですね。」

「そうね、端的に言うとその通りだわ。……それでね、あなたに聞きたいんだけど、ゲームとやらでは最後はどうなるのかしら?」

「……ゲームでは、勇者達はこちらの世界に戻ってくることが出来ませんでした。」

「……そう。」

 ヴィクターさんのお茶を飲む手が止まっている。

「……シャンパーニに居た頃までの私なら悩むまでもなくサマンオサを選んでいたわ。でも今は……サマンオサよりも大事なものが、私にはあるような気がして……」

 ヴィクターさんが、こちらに何かを察して欲しそうな顔をしている。

 ……仲間との絆というのは、時に自身の夢をも超える力があるのだろうか。

 その辺り、親しい人間もおらず、夢も目標もなくこれまで生きてきた自分にはよくわからない。


 ……でも、こんなに悩んでいるのであれば、ちょっとぐらいは自分の想いというか、ワガママってやつを通させて頂くことにしよう。

 サマンオサには悪いけど、そんなの知ったことか。


「……ヴィクターさん。私は、貴女に一緒に付いて来て欲しいです。」

「えっ……!?そ、それって……」

 ヴィクターさんの顔が赤くなっているように見える。

「ヴィクターさん……」

 ヴィクターさんの手をとる。

「は、はい……」

「私は……貴女がいないと……」

「エルス……」

「……すぐに死んじゃうと思うんですよ、サポーターですから。」

「は、はぁ……?」

「ヴィクターさんも、自分の預かり知らぬところで仲間が死んだりでもしたら、やっぱり後味が悪いですよね?」

「そ、それは、まぁ……」

「……だから、一緒に下の世界に行って、弱い私を守ってくれませんか?」

 ……うんうん、良い感じにヴィクターさんと一緒に居たい理由付けができた気がする。

 ヴィクターさんの騎士としての矜持をくすぐり、サポーターの弱さをアピールし、ヴィクターさんと一緒に居たいという私利私欲な想いを完璧に隠しきった、なんて素晴らしい理論なんだ。

 ……まぁ自分の弱さを前面に押し出す形になったけど、そんなの今更だしな。


「……あなたって、ほんっとうに、私をガッカリさせてくれるわね!」

 ……なんか凄い罵られてしまった。

 ……ちょっと弱さを前面に押し出しすぎてしまっただろうか。

「わかったわよ!私があなたを守ってあげるわ!あなたは弱いからね!」

「ありがとうございます!いやぁ、ヴィクターさんが一緒に来てくれて嬉しいです!」

「……っ!そうよね!あなたの言う「嬉しい」ってのは、そういうことなのよね!」

 ……そういうことってどういうことなんだろう?

 ……ま、まさか、実は一緒に居たいだけという邪な考えがバレてしまったのか?

 ……そんなのバレたら格好悪いじゃないか!

 ……っていうか、だからこんなに顔を真っ赤にして怒ってるのか!?

「あ、あの、別に深い意味はなくてですね。ただ私を守ってほしいと……」

「だからそう言ってるじゃない!そんなに心配しなくてもいいわよ!」

 あ、あぁ良かった、邪な考えがバレたわけではなかったようだ。

 ……じゃあ何故こんなに怒ってるんだ?

「……はぁ、もういいわよ。何だかアホらしくなってきたわ。じゃあね、オヤスミっ!」

 結局、終始怒りながらヴィクターさんは部屋から出て行った。


 一体どこが……何がマズかったんだろうか……?

 DTには女性のこういった機微が読み取れなくて困ってしまう。

 DTを卒業できたらわかるものなんだろうか。


 でも、まぁとりあえずはヴィクターさんが一緒に来てくれそうで良かった。

 ……まだ一緒に居られるというだけでも、十分に満足すべき結果だよな。

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