第35話 八岐大蛇

「わかったわねエルス!!決して、絶対に、前に出ちゃ駄目よ!!」

「わ、わかってますよ、ヴィクターさん。もう何度も聞いてますし、私だって死にかけたりするのはもうこりごりですから。」

「ヴィクターも過保護よねぇ。そんなに王子様が心配なのかしらぁ。」

「あのねドネア、エルスには前科があるのよ?ちゃんと言いつけておかないと、また何かやからすかもしれないじゃない!」

 ……躾のなっていない子犬扱いですか。

「まぁエルスはとにかく逃げ回っておけ。攻撃はオレ様に任せておけばいい。」

「回復役はアリサがいるからねー、私は攻撃呪文に全振りするよー。エルスは大人しくしてれば大丈夫だからねー。」

 要は立場というのを弁えろってことですね、わかります。

「大丈夫ですよ、エルスさん。フバーハもかけておきますから。すぐにやられるってことはないでしょう。」

 八岐大蛇は炎を吐いて攻撃してくるが、フバーハという呪文はそういった攻撃によるダメージを軽減してくれる、大変有り難い呪文だ。


 こうやって色んな方々に守られながら、とにかく逃げ回れというのが今回の自分に与えられたミッションだ。

 ……ホントにお姫様扱いだな。


「――― では僕達はこれから洞窟に向かいます。1時間後には八岐大蛇と戦うことになるでしょう。」

 勇者達と共にジパングまでやってきた。

 ジパングは、ゲームと同じイメージの街というか村という感じだった。

 ガイジン、ガイジンって言われるところまでゲームと同じだ。

「オレ達もその頃には卑弥呼の部屋に潜伏しておく。もしオレ達がやられちまったら、後はよろしく頼むぞ。」

「……お願いですから、無理はなさらないでくださいね。」

「心配なら洞窟で片付けてくれや。……まぁ、ああは言ったがこっちのことは心配すんな。オレ達もそれなりにやれるからな。」

 まぁボスは大丈夫だ。

 他のみんなも大丈夫だろう。

 不安要素はサポーターだけだ。

「アンタが一番死にそうだからね。精々気をつけなさいよ。」

 女戦士サラキアから葉っぱをかけられた。

「ふん、大丈夫よ。エルスは私が守ってみせるから。」

「あらまぁ、ヴィクターさんってばホントに素敵なナイトね。……これで男女が逆だったらもっと素敵だったのに。」

 ……サラキアはドネアさんと気が合うな、間違いなく。


 息を潜めて待つっていうのも中々の苦行だ。

 レムオルで全員透明になってるから、各人の様子も伺い知れない。

 勇者達と分かれてから1時間はとっくに過ぎているが、未だに何の気配もしない。

「……遅ぇな。あいつら失敗でもしたか?」

 ボスも少し苛ついているようだ。

「大丈夫でしょう。何と言っても勇者ですから。」

「オレ様はアイツらをイマイチ信用しきれてねぇんだけどな。まぁだいぶマシにはなってきたが。」

 何だかんだで勇者を認めてますよね、ボスも。

「もう少し経って何も起きなかったら、撤退も視野に……」

「――― ボスー、禍々しい魔力を感じるよー。」

 キャシーちゃんが気配に気付いたようだ。

 俄に緊張が走る。


――― 突然、8つの頭と尾を持った、巨大な化け物が目の前に現れた。

 間違いない、コイツが八岐大蛇だ。

 体中が傷だらけになっている、勇者にやられたのだろう。

「お、おのれ……まさか、あの勇者共がまたやって来るとは……」

 八岐大蛇の足がふらついている。

「は、早く変身を……だ、誰じゃ!そこに居るのは!!」

「はん、ようやくのお出ましかよ!待ちくたびれたぜ、化け物が!」

 ボスが担架を切った。

 そして都合良くレムオルの効果も切れ、皆の姿が確認できる。

 ……図ったかのようなタイミング、前回もそうだったが、やはり天才か。

 ……偶然の産物っていうのはおそろしい。


「ふん、ただの人間か、驚かせおって。……丁度良い、おヌシらで腹を満たしてこの傷を癒やすとしよう!」

「はっ、あんまし人間を舐めるんじゃねぇぞ!」

「フバーハ!」

「ピオリム!」

 開幕の補助呪文は、もはや鉄板だ。

「行っくよー、マヒャド!!」

 キャシーちゃんによる、氷系の最強呪文が炸裂する。

「こっちも行くぜぇ!ヴィクター、ドネア、オレ様に合わせろ!!」

「オッケー!」

「任せて!」

 じゃあこっちも、もう一丁。

「ボミオス!」

 ……どうやら効かなかったようだ。

 さて、頑張って逃げに徹することにしよう。


 3人で挑んだボストロール戦では大苦戦を強いられた。

 まぁそのうちの1人がサポーターだったからというのも苦戦した理由だろうけど。

 でも今回は6人、まぁサポーター1人を除いても5人もいる。

 その火力は、まさに圧巻だった。

「があぁぁぁぁ!」

「はん、ヘロヘロになったヤツの攻撃なんぞ、喰らうかよ。」

 八岐大蛇は必死になって8つの首を伸ばして噛みついてきたり、炎を吐いてきたりしているが、皆はそれらをあっさり躱しながら攻撃を続けている。

「炎がくるぞ!避けろ!」

 ボスの合図で皆が一斉に飛び退く。

 ホントにボスは頼りになる男なんだなって改めてわかった。

 ボスの戦闘シーンを見るのは勇者達とシャンパーニで戦って以来となるが、今のヴィクターさんやドネアさんと比べてもその強さは圧倒的だ。

 流石はオルテガの仲間といったところか。


「――― ま、待て!待ってくれぇ!」

 八岐大蛇が懇願してきた。

「わ、わしを見逃してくれたら、この国をくれてやるぞ!金も、食い物も、若いおなごや男共も、選り取りみどりじゃ!」

「ほう、ソイツは魅力的な御提案だなぁ。」

 ボスの手が止まった。

「そ、そうであろう!だから……」

「だが残念だな。オレ様は化け物の施しなんぞは受けねぇんだ。欲しいモンは自分の力で手に入れなきゃ、意味はねぇんだよ。」

 ……ゲームの知識を頼るのは「自分の力」ってやつに含まれてるんでしょうかね。

「ま、待て……!」

「じゃあな。」

 ボスが繰り出した一撃により、八岐大蛇はピクリとも動かなくなった。

――― こうして、皆さんが御心配されていたサポーターは、逃げ回り続けるという困難なミッションを無事に達成できたのである。


「――― こいつがオーブだな。お、この剣は何だ?」

 ああ、そういえばオーブとは別に剣もドロップしてたな。

「草薙の剣っていう武器です。戦闘中に使うとルカナンの効果がありますが、雷神の剣や稲妻の剣に比べたら攻撃力は落ちますね。」

「なんだ、その程度か。じゃあコレも勇者にくれてやろう。」

 ボスはあっさりと興味を失ったようだ。

「エルス、お疲れさん。」

「お疲れ様でした、ドネアさん。皆さんも無事で何よりです。」

「まぁボスが居たから余裕だったわねぇ。」

 ドネアさんもボスの力を認めているということだ。

「エルスもヴィクターが守ってくれたからか、今回は無事で良かったわねぇ。」

「そうですね、お陰で私は怪我もなく済みました。ヴィクターさん、ありがとうございます。」

「当然でしょ。私は騎士だもの。」

 そう言いつつも、ヴィクターさんのホッとしている顔が見てとれた。

 誰も死なずに済んで一安心といったところなのだろう。


「――― カンダタさん!大丈夫ですか!?」

 勇者達がやってきた。

「遅かったな。おいしいトコは全部頂いちまったぞ。」

「いえ、無事に八岐大蛇を倒されたようで何よりです。」

 勇者も良い奴だな、功名心なんてかけらもないみたいだ。

「……本当に八岐大蛇が化けていたのですね。どんな術を使っていたのかしら。」

 魔法使いソフィが不思議がる。

「あれだねー、エルスのモシャスみたいなものかもねー。」

「モシャス?キャシーさん、それは一体どんな呪文なんですか?」

「他人に変身できるんだってさー。」

「えっ……!?」

 ……あ、あれ?何か、勇者さんたち、ひいてませんか?

「……アンタ、これまでの罪状を、今、ここで、正直に懺悔しなさい。……安心していいわよ、苦しむことなく、一思いにやってあげるから。」

 ……安心できる要素なんて何一つないんですが。

「わ、私は何もしてませんよ、サラキアさん!その呪文は使ったことすらないんです!」

「……あの、エルスさん。それ、ルビス様に封印してもらった方がよろしいのでは。」

 そうなんですよ、勇者さん!

 実は私も前からそう思っていたんです!

 ……だからそのセリフ、ボスにも言ってやってください!

「まぁいいじゃねぇか。こんな面白い呪文を封印するなんて勿体ねぇよ。」

「も、勿体ないって、カンダタさん……」

「勇者様、そんなに心配すんな。オレ様がちゃーんとコイツを見張っとくからよ。」

「ま、まぁ、カンダタさんがそうおっしゃるのなら……」


 ……ねぇ勇者さん、あなたはいつからそんなに聞き分けの良い子になってしまったんでしょうか。

 あれだけ曲がったことが大嫌いって感じの純真な子だったのに、誰があなたをそんな融通が利くような子に変えてしまったんでしょうか。


……私、勇者さんにはそこま求めてなんかいなかったのに。

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