第33話 ネクロゴンド
「――― 呪文を覚えました。モシャスです。」
「それってどんな呪文?」
「……他人に変身できます。」
「……アンタ、だんだんとヤバイ奴になってきたわねぇ。」
「……ドネアさん、後生ですからそんな蔑んだ目で私を見ないでください。」
透明になったり他人に変身したりと、少しずつ道を踏み外してる気がしてならない。
これも盗賊や暗殺向きの呪文なのだろうが、そもそもそんなものに憧れたりなんかしていない。
「アンタさぁ、そのモシャスとやらでヴィクターに変身でもしたら……ヤバイことになるわよぉ。」
「どういうことよ、ドネア?」
ヴィクターさんが不思議がる。
「だってさぁ、エルスの迸るパッションってやつを変身したヴィクターの体で発散ってことをやりそうじゃない。」
「ちょっ!!あ、あなた、何してるのよ!?」
「なっ、ま、まだ何もしていませんよ!ドネアさんの妄想です!!」
「ま、まだってどういう意味よ!?」
「あっ、ち、違います!今のは、言葉のアヤってヤツです!!」
「……はてさて、ホントに私の妄想って言えるのかしらねぇ。」
「……ボスに相談の上でルビス様に封印して貰います。これは私の信用問題というか、もはや死活問題です。」
この呪文もアレか、元の世界でもコスプレとかが流行ってたけど、その影響なのか。
さすがにこの呪文はマズすぎるだろう、冤罪とか簡単にできてしまうシロモノだ。
――― ボスは役に立ちそうだから封印するなとか言いそうだけど。
現在、我々はネクロゴンドの洞窟に来ている。
火山口にガイアの剣を投げ入れたときの迫力は凄かった。
マグマがこちらに流れてきたりでもしたら、一瞬でお陀仏だっただろう。
まぁいつでもルーラで逃げれるように構えてはいたんだけど。
――― ちなみに、モシャスの封印はやはりボスに却下された。
これで少しでも怪しい素振りをみせたりでもしたら……人生が終わってしまう。
「で、エルス。ここにはどんなアイテムが隠されてやがるんだ?」
相変わらずな質問だ。
「稲妻の剣と刃の鎧っていうアイテムですね。」
「どんなシロモノだ?」
「稲妻の剣については、戦闘中に使うと爆発呪文であるイオラの効果があります。刃の鎧についてですが、敵の攻撃を受けるとそのダメージの一部を相手に反射する効果がありますね。」
「ほう、どっちも大したシロモノだな。よし、回収に向かうぞ。案内しろ。」
「はいはい、そうくると思ってましたよ。」
あの雷神の剣を持っているというのに、相変わらずがめついボスだ。
――― いや、でもひょっとすると、稲妻の剣をこちらにくれるかもしれない。
そう思うと、途端にやる気が出てきた。
しかし、本当にトヘロスさまさまだ。
以前から思ってはいたが、ダンジョン内でもトヘロスの効果があるってのは、ゲームにはなかった有り難い仕様だ。
頑張ってレベルを30まで上げたお陰で、敵が全く出てこない。
そんなわけで、あっさりと目的のアイテムを見つけることができた。
「これらがそうか。確かになかなか強そうだな。」
うんうん。
「さて、この2つのアイテムだが……」
ボス、私の手、空いてますよ!
「――― 2つとも勇者様に渡してやるか。あまりオレ達だけで貰っちまうのも悪ぃからな。」
……そうですよね、そういうオチですよね。
勇者様には平和を取り戻すために頑張って貰う必要がありますからね。
それなのに私利私欲でアイテムを独占するなんて良くないですよね。
……ぐすん。
「しかし、かなり広い洞窟よねぇ。ゴールはまだ先なの、エルス?」
ドネアさんが少しくたびれた様子で聞いてきた。
「まだ半分くらいですかね。」
「えー、まだ半分なのー?もう疲れちゃって歩けないよー。」
キャシーちゃんが愚図っちゃった。
「ったく、仕方ねぇヤツらだな。じゃあここいらで休憩するぞ。」
「はい、では食べ物と飲み物を準備しますね。」
アリサさんがそそくさと食事を準備してくれる。
ちなみにその辺りの荷物は男2人で背負ってきている。
流石にレディ達に重い荷物を持ち運ばせるわけにはいかないからな。
……荷物が軽くなって助かった。
「お疲れ様、エルス。」
「いえいえ。私にはこれくらいしかできませんからね、ヴィクターさん。」
ヴィクターさんも、あれからだいぶ元気を取り戻したようだ。
パーティ内の雰囲気も元に戻り、ドネアさんからもお礼を言われた。
「前々から思ってたんだけど、そうやって自分を卑下するのはあなたの悪い癖よ。トヘロスといいピオリムといい、あなたには随分と助けられているんだから。」
ヴィクターさんからの励ましの言葉に元気が湧いてくる。
「そうそう。いくらヘタレとはいえ、それとこれとは別だからねぇ。もっとドンと胸を張りなさいな。そういう男がモテるってもんよぉ。」
「……なにをバカな事言ってるのよドネア。こんなヘタレでお調子者なヤツなんかがモテるわけないでしょ。」
……ヴィクターさん、私を励ましたいのか貶したいのか、どちらなんでしょうか。
「ああ、ごめんねヴィクター。ライバルが増えちゃあ困るわよねぇ。」
「な、なにがライバルよ!ふざけたこと言わないで!」
――― ここまで全力で否定されると、流石に凹んでしまう。
コツコツと頑張って好感度を積み上げてきたと思っていたんだけどなぁ……DTの勘違いだったということなのか。
「エルス。こっから先、何かトラップはあるか?」
休憩中にボスが尋ねてきた。
「特にはないですね。1ヵ所だけ穴から落ちる必要がありますが。」
「ま、またなの……!?」
ヴィクターさん、そろそろ諦めましょう、慣れましょう。
「じゃあトベルーラの出番ってわけか。まぁそこに行ってみてから判断するか。」
「……ねぇ、エルスぅ。トベルーラを使うならさぁ、また私を運んでくれるぅ?」
ドネアさんが腕を優しく組んできつつ、上目使いで尋ねてきた。
……こういった仕草には、とっても弱いんだ。
「え、ええ。それはもちろん。」
「……顔、ニヤついてるわよ。」
ヴィクターさんがもの凄く冷たい目でこちらを睨んできた。
なんか、もはや懐かしさすら覚える。
「……あらぁ?そういえばさぁ、エルスはもう1人運ぶ必要があるわよねぇ。エルスは一体どなたを選ぶおつもりかしらぁ?」
勘弁してくれ、なぜこっちが選ばなきゃいけないんだ。
「いや、それはボスの指示に従いますよ。」
「別にどんな組み合わせでも構わないわよねぇ。だったらエルスが希望する人を運んだっていいと思わない?」
ドネアさん、私をからかって、そんなに楽しいですか?
……ええ、楽しそうですね、その顔を見ればわかりますとも。
わかりましたよ、お望み通り、ちゃんと答えてあげますよ。
「……それならば、もう1人はヴィクターさんをお運びします。」
「えっ、わ、私!?」
ヴィクターさんが、なぜかちょっと慌てている。
「そうよねぇ!……ちなみにぃ、どうしてエルスはヴィクターを選んだのか、皆に教えて貰えるぅ?」
「……私には、これまで2度ほどヴィクターさんをトベルーラで運んだという実績がありますからね。ヴィクターさんもそれで少しは慣れたというか、安心できるのではないかと思いまして。」
「……ああ、アンタはやっぱりヘタレだわ。」
ちょっ、なぜだ!?
私利私欲に流されず、下手に勘違いされるようなこともなく、真摯に、紳士的に答えたはずなのに、なぜその反応なんだ!?
「……なによ、ドネアの時はあんなにデレデレしてたくせに……なんで私の場合はそうなるのよ……」
あ、あの、ヴィクターさん?
何か、ブツブツと呟きながら怒ってらっしゃるみたいですが、そんなに私に運ばれるのが嫌だったんでしょうか?
「……はぁ、勇者も色々と不安なところがあるが、テメェは別の意味で不安だな。」
なんか、ボスも随分とおかしなことを言ってくれる。
そりゃあサポーターなんて弱っちい職業だから不安なのはわかるけど、あの勇者達と比べられる意味がわからない。
「いいのではないですか、エルスさんらしくて。」
「だよねー。ヘタレ王子だー。」
……おかしい、味方がいない。
気が付けば集中砲火を喰らってる有り様だ。
なぜだ、なぜこんな役回りになってしまってるんだ。
こんな扱い、元の世界でも経験したことないから、反応に困るじゃないか。
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