第32話 親子
「父さんっ……!!」
ヴィクターさんは、父サイモンが書き残したであろう手紙を読みながら泣いている。
「これがサイモンかよ……ちくしょうが!」
サイモンのことをあらかじめ聞いていたはずのボスですら、声を荒げている。
……目の前には、既に白骨化した遺体が朽ち捨てられている。
ガイアの剣を握りしめたボスのその手は、怒りで震えていた。
「……私達は外に出ましょう。」
そっと、アリサさんが告げた。
……ヴィクターさんへの慰めの言葉の一つも思いつくことができなかった。
励ましてあげることができなかった。
……あらかじめ、わかっていたことなのに。
その祠は、ゲームと同様、オリビア岬を通り抜けた先で見つかった。
孤島に寂しく設置された祠で、その中は牢屋のような形状をしていた。
ヴィクターさんも、ボスも、みんな無言のまま祠に入った。
サイモンの死が予測できるほど、人の気配が一切しなかったのだ。
……そして、祠の最奥にあった牢屋にて、白骨化した遺体とその側に置かれていた剣、そして、古びた手紙を発見するに至ったのである。
「……やりきれないわねぇ。」
ドネアさんが溜息とともに呟いた。
ボスとヴィクターさんは、まだ祠の中にいる。
「そうですね。考えたくもありませんが、私もボスがこのように死んでたら、きっと正気を保てないでしょう。」
アリサさんの顔色も悪い。
「だよねぇ……私だって、もしママが……」
キャシーちゃんですら、いつもの元気がない。
……両親が事故で死んだとき、初めて死というのを意識した。
ただ、あの時の両親の死に対する感情は一切忘れてしまっている。
いくら10年以上前の出来事とはいえ、あの時の感情が思い出せないでいる。
……両親の死という現実から、自分は逃げているのだ。
そして、改めて、自分がどれだけ薄情な人間なのかというのを、ここにきて思い知らされた気がしている。
そんな人間だから、慰めの言葉すら、思いつかないんだろうか。
慰めの言葉を発する資格すら、ないということなんだろうか。
……ヴィクターさんに、何もしてあげられないということなんだろうか。
「……目的のブツは手に入れた。一旦サマンオサに戻るぞ。」
気がつけばボスが外に出てきていた。
ヴィクターさんもボスの後ろにいるが、その顔は俯いたままだ。
「暫くはサマンオサで鍛える。ネクロゴンド方面の敵は強ぇからな。全員のレベルを最低でも30まで上げておく必要がある。」
いつものルーチンワークか。
頭を空っぽにして、ただ黙々と戦えばいいだけから助かる。
……逃げているだけなのはわかっている。
いつの間にか、逃げても何とかなるという甘えた考えを持つような人間になっていたようだ。
「……何とかしたいわねぇ。」
サマンオサに戻って3日が経過した。
サマンオサの国も、街も、だいぶ活気が戻ってきている。
しかし、ヴィクターさんの活気だけは、まだ戻らない。
この日はドネアさんと共に街の酒場に繰り出していた。
「パーティ内の空気も重いし。でもヴィクターに元気出せだなんて、簡単に言えることでもないからねぇ……」
「私も何か言葉をかけて励ましてあげたいのですが。歯痒いばかりです。」
こういった時に力になれないってのが、ホントに情けない限りだ。
「……ヴィクターを励ますなら、私はエルスが適任だと思ってるわ。」
ドネアさんの言葉に驚く。
「一番近しい人を失った経験があるのは私達の中だとエルスだけでしょう?他の私達だと安っぽい同情だと感じ取られちゃうかもしれないし。それに異性だからこそ言葉が響くこともあるかもしれない。」
「……異性だと下心を感じ取られそうな気もしますけどね。」
「アンタはヘタレだから大丈夫よ。」
貶されたかと思ったが、こんな自分を頼りたいというドネアさんの気持ちが伝わってくる。
まぁ、貶しているのも事実なんだろうけど。
「一度ヴィクターに声をかけてあげてくれないかしら。エルスに押しつけちゃって申し訳ないと思ってるけど……私じゃ何も思いつかないのよ。」
ドネアさんも現状を変えたいと思っている。
それはこちらも同じだが……何も思いつかないのも同じだ。
「正直、私も自信がありません。でも、このままで良いとも思っていません。一度ヴィクターさんと話してみます。」
「ホントごめん、ありがとねぇ。」
――― 覚悟を決める必要があるかもしれない。
ヴィクターさんに、嫌われるかもしれないという覚悟を。
ドネアさんと話をした日の夜、1人サマンオサ城内を彷徨っていた。
王様の御好意により、皆それぞれ城内にある個室が割り当てられている。
ヴィクターさんの部屋を訪れてみたのだが、返事はなかった。
「外にいるのかな……?」
テラスに出てみると、ベンチに1人の女性が座っていた。
……その姿を見た瞬間、体が固まってしまった、動けなくなってしまった。
覚悟を決めていたはずなのに、いざ目的の人物を見つけたらビビってしまったようだ。
こんな大事な場面でもヘタレてしまう自分が嫌になってくる。
「……エルス?」
先にヴィクターさんが声をかけてきた。
「こんばんは、ヴィクターさん。お隣、失礼してもよろしいでしょうか?」
「……どうぞ。」
さて、とにかく場は整ったんだ。何から話せば良いだろうか。
「……エルス。1つだけ、あなたに聞きたいことがあるの。」
先にヴィクターさんから質問がきた。
「父……サイモンのこと、あなた、知っていたんでしょう?」
――― 覚悟は、決めていた。
「……はい、知っていました。」
「……そう。やっぱりね。」
心臓が破裂しそうだ。
「どうして、私に何も教えてくれなかったの?」
「……どうしても言えませんでした。貴女がどれほどショックを受けるのか、それを見るのが怖かったんです。」
「そっちの世界では違うのでしょうけど、こちらの世界では父も私も騎士なのよ。……親と子である前にね。そういった同情は不要よ。」
ヴィクターさんの言葉が痛い。
……それは、年頃の女の子が言うべきセリフじゃない。
「……私は、お二人は騎士である前に親と子であると思っています。それは……この世界云々とは関係ありません。」
「価値観の違いね。」
「いいえ、少なくとも私達には不変的なものだと思います。」
ヴィクターさんがこちらを睨みつけてきた。
「あなたに何がわかるのよ!この世界のことを!父のことを!私のことを!」
――― ここからが正念場だ。
「……この世界のことについて詳しくはわかりません。でも、私も、ヴィクターさんも、他の皆も、同じ人間なんだということは理解できました。」
「それが何だっていうのよ。」
「以前にもお話しましたが、私は、10年以上前に両親を事故で亡くしました。……そして、今の私は、その時の自分の感情を一切思い出せません。」
「……どうしてなの?」
「……わかりません。私にもわからないんです。でも、私は確かに両親から愛されていました。それはハッキリと覚えています。……ですから、私は両親が亡くなった時、自分の心を閉ざしてしまったのではないかと推察しています。」
「心を……閉ざす?」
「ええ。人間は、あまりにも辛いことがあると、心を閉ざすなりしてその辛さから本能的に逃げるものだという話を聞いたことがあります。いわゆる防衛本能というヤツです。……そして、その話を知った時、私は……自分が怖ろしくなりました。」
ヴィクターさんは黙っている。
「両親を失ったことの悲しみを、辛さを、ただの一度も感じたことがないんです。……それって、とても怖ろしくて、悲しいことだと思いませんか?」
――― 気がつけば、涙があふれ出ていた。
――― 人前で泣くのなんて、何年ぶりだろう。
「……あんなにも私を愛してくれた両親の死を、どうして私は悲しむことができないんだろう?私はもう人間ではなくなってしまったのか?この世界にいるモンスターと何が違うんだ?」
「あなた……」
「……そう考えるとですね、自分のことが怖くなってくるんです。……だから、ヴィクターさんには、父親の死と向き合う時間と覚悟を予め持っておいてほしかったんです。……こんな私のようにはなってほしくなかったんです。」
「…………。」
「……ヴィクターさんもサイモンさんに愛されていたのだと思います。でなければ、父を誇らしく思ったり、父との思い出を楽しそうに語ったりはしないはずですから。」
「……そうね、あなたの言うとおりだわ。」
気がつけば、ヴィクターさんも涙を流していた。
「あの残された手紙にね、書いてあったの。一人の女性として幸せになってくれ、それだけが父の願いだって。立派な騎士になれだなんてことは一言も書かれていなかったの……」
「私も、ヴィクターさんも、確かに親に愛されていたんです。私達は、それをしっかりと受け止めて、前を向いて生きていく必要があるんです。……それが、亡くなった親への孝行だと思います。」
――― こんな偉そうなことを言う資格が、果たして自分なんかにあるのだろうか。
単に薄情な人間なだけかもしれないのに。
――― でも、例えそうであったとしても、今のヴィクターさんの状態を見過ごすことなんて、自分にはできないんだ。
「……ねぇ、エルス。」
涙目で、でもあの素敵な笑顔で、こちらを見つめてくる。
「……お互いに両親の思い出とやらを語り合わない?明日から、私達が前を向いて生きていくためにね。」
「非常に建設的な御提案ですね。是非ともお願いしたいです。」
「ここはもう冷えてきたし、あなたの部屋に行きましょ。また美味しいお茶を入れてあげるわ。」
「それは大変魅力的なのですが、男はケダモノっていいますよ。サイモンさんも天国で御心配なさっているかと。」
「あら、あなたはヘタレなんでしょう?こいつなら心配いらないって父も言ってるわ。」
クスクスと笑いながら、こちらに手を伸ばしてきた。
「行きましょ。お部屋までのエスコート、よろしくね。」
「かしこまりました、お姫様。」
エスコトートなんてしたこともないけど、ヴィクターさんの手を取り、それらしく振る舞ってみる。
――― これが、人を好きになるということなのだろうか。
胸の奥に残されていた……いや、この世界に来て新たに生まれた、わずかばかりの人間らしい感情の全てを、ヴィクターさんに捧げてしまっている気がする。
……でもヘタレだから、この想いをヴィクターさんに告げる勇気が持てない。
チャンスの神様が、目の前をまだ通り過ぎていないことを、ただ祈るのみだ。
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