第26話 死闘

――― 割と真剣に、元の世界で武道を習っておくべきだったと思っている。

 そんな後悔をするなんて考えもしなかった。

「エルス!私に合わせて!」

「はい!」

 ヴィクターさんの攻撃に追撃していく。

 自分なんかの攻撃が効いているのか、全く自信が持てない。

 それでも、無いよりはマシだと思って続けるしかない。

「小僧がぁ!死ねぇ!!」

 ボストロールがこん棒を振り下ろしてくる。

 それを何とか身をよじって避ける。

 ここまで距離が近いと、その恐怖も段違いだ。

 ……死が、間近に感じられる。

「2人とも離れてー!メラミー!」

 ボストロールに火球が襲いかかる。

「く、くそがぁ!」

 近くでボストロールの様子を見て気付く。

 こいつ、だいぶ弱ってきているようだ。

 ――― 光明が見えてきた。

「ヴィクターさん、このまま続けましょう!弱ってます!」

「ええ!」

「ぐっ、なぜだぁ!!なぜ当たらぬぅ!!!」

 正直、ピオリムがここまで役に立つとは思わなかった。

 これに星降る腕輪もあるから、少なくともヴィクターさんは大丈夫だろう。

 あとは、自分さえヘマをしなければいい。

 2人でしつこく攻撃を続けていく。


「2人ともー!4発目、いっくよー!!」

 キャシーちゃんが放つ、最後のメラミだ。

「ぐっ、があぁぁぁ!!!」

 ボストロールの脚元が覚束なくなってきている。

 あと少しだ。

 ただ、キャシーちゃんの攻撃呪文は、もうない。

「ピオリム!」

 ピオリムは自分たちの命綱だ、これだけは切らしてはならない。

 まだ魔力も数発分は残っている。

「こ、こんな、こんなところでぇ!やられてたまるかぁ!!」

 ボストロールが死に物狂いで攻撃してくる。

 その攻撃を慎重に交わしていく。


 ――― 突然、足下が揺れた。

 度重なるボストロールの叩きつけによる攻撃で、床が崩れたのだ。

「きゃあっ!」

 ヴィクターさんが脚を取られて体勢を崩す。

 そこに、タイミング悪く、ボストロールのなぎ払いが襲いかかる。


 ――― 咄嗟だった。

 体が勝手に動いたと言ってもいい。

 気がつくと、ヴィクターさんを突き飛ばしていた。

 ――― 次の瞬間、凄まじいほどの衝撃が、全身を襲った。

 体が、数メートル先の壁まで、一気に吹き飛んだ。


「エルスっ!!!」

 ヴィクターさんの、悲鳴に近い声が、遠くで聞こえる。

「キャシー!お願い!回復を!!」

「……無理なのぉ!もう魔力がぁ!!」

「そ、そんなっ!!!」

 体が、ぴくりとも、動けない、動かせない。

 頭の中で、ぐわんぐわんと、変な音が、鳴り響いている。

 景色が、ぐるんぐるんと、回り続けている。

 ああ、両親も、死んだ、ときは、こんな感じ、だったの、だろうか。

 なぜか、そんなこと、考えてた。

「や、やっと1匹か……くそがぁ!!」

 ボストロールの、声も、他人事に、聞こえる。

「エルス!エルスっ!!お願いよっ!しっかりしてぇ!!」

 そばに、ヴィクターさん、いる、みたいだ。


 大丈夫って、言って、あげなきゃ。

 早く、安心、させて、あげなきゃ。

 ――― でも、もう、声すら、出ない。


「――― おい、テメェ!オレ様の子分に、何してくれてやがるっ!!」

 遠くから、頼りに、なる、声、聞こえる。

「ボス!エルスが!エルスがぁ!!」

「アリサ!急げっ!!」

「はい!!ベホマっ!!」

――― 瞬間、暖かい、優しい風が、体中を、駆け巡った。

――― 指が動く、体が動く、視界が、戻ってくる。


「――― エルス!エルスっ!!……良かった……良かったぁ……!!」

 ヴィクターさんが、抱きついて、泣いていた。

 ――― だからさ、ヴィクターさんはさ、笑顔が一番なんだって。

 誰だよ、そんな人を、泣かせたのは。


「……後はこっちに任せて休んどけ。ドネア、行くぞっ!」

「了解よぉ!こっちもねぇ、はらわたが煮えくり返ってるんだからっ!」

「くっ!あ、新手か!」

 は、ざまぁねぇな、ボストロール。

 うちのボスは、滅茶苦茶強いぜ、覚悟しろよ。


 ……最後まで見届けたいが、起き上がることができない。

 完全回復呪文であるベホマをもってしても、体力までは戻らないみたいだ。

「怪我はもう大丈夫ですよエルスさん。ただ、失った血は戻りませんから、そのまま安静にしていてください。あとはボスがやってくれます。」

「ありがとう、アリサさん、でも、もう一仕事だけ、させて、ください。」

 寝っ転がったままの体勢で、わずかばかり残っていた魔力を振り絞る。

「ピオリム!」

 うまく呪文が発動してくれた。

「ふん、無理しやがって。いいからテメェは大人しく寝とけ。」

 だから、ちょっとは有り難がってくださいよ、ボス。


 ――― そして、そのピオリムを最後に、意識を、手放した。

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