第25話 偽の王

「エルス、やれ。」

「わかりました……レムオル。」

 草木も眠る丑三つ時……かはわからないが、ラーの鏡を回収したその日の深夜、サマンオサの城までやってきた。

「透明になったとはいえ、できるだけ物音は立てるなよ。」

 目の前の空気から突然声が聞こえてきて不思議な感じだ。

 カンダタを先頭に、各人が前にいる人物の肩に手を掴んで、はぐれないようにする。

 幼少の頃に遊んだ電車ごっこみたいな感じだ。

「城の裏口から潜入するぞ。」

「裏口のカギはどうなっているんですか?」

「城の内部に協力者がいてな。今夜はカギがかかっていない手筈になっている。」

 流石はカンダタ、根回しもバッチリだ。

「王に怪しまれる恐れがあるから協力できるのはここまでだそうだ。こっから先はオレ達だけでやることになる。」

 まぁそこまで期待してはいけないってことか。


 誰にも気付かれること無く、無事に城の内部へと潜入した。

「よし、ここから2手に分かれるぞ。オレたちは本物の王、ヴィクター達は偽物の王のトコだ。エルス、そっちの道案内は任せた。ヴィクターは謁見の間までしか知らないらしいからな。」

「了解しました。そろそろレムオルの効果が切れるので、もう一度かけ直しておきます。」

 再度レムオルを唱えた後、カンダタ達は城内の地下へと向かった。

「我々も行きましょう。私からはぐれないよう、しっかりと掴んでてくださいね。」

「頼むわね、エルス。」

 後ろに居るヴィクターさんが肩を掴んでいるが、その手が震えているみたいだ。

 いや、震えているのは自分の方かもしれない。

 ……流石に緊張してきた。

「……思ったほど見張りの兵がいないですね。」

「兵自体の数が相当減っているのよ、偽物の王に処断されてね。」

 ゲーム内でもサマンオサでの悪政が伝わるシーンがあったが、こうやって実際に体験してみると不気味さが増してくる。

 城下町の宿屋の側には、多数の墓が見えた。

 親しい人を亡くしたであろう、女性のすすり泣く声も聞こえていた。

「この上に王様の寝室があります。そこに例の偽物がいるはずです。」

「……いよいよね。」

 肩を掴むヴィクターさんの手が、ぎゅっと強くなる。


「……誰じゃ、そこにいるのは?」

 王の寝室に忍び込んだ途端、重低音の恐ろしい声が聞こえてくる。

「……ふん、おかしな術で姿を眩ましているようだが、わしには効かんぞ。」

 このまま簡単に暗殺とはいかないようだ、残念だが仕方ない。

 ……その見た目は、立派な王様の姿だった。

 ……そして、その立派な姿と声色が、あまりにもミスマッチだった。

「……出たわね偽物!覚悟してもらうわよ!」

「わしが偽物とは、なかなか面白い冗談だ。まったくもって笑えんがなぁ。」

 随分と余裕があるな、正体がバレないと見越しての発言だろうけど。

 ……このタイミングでレムオルの効果が切れた。

「……ぬっ、そこの小娘は見覚えがあるぞ。たしかサイモンとかいうやつの娘だったか。」

「ええ、そうよ。サイモンはどうしたの!?答えてっ!!」

「彼奴はわしへの不敬罪を働いてな。とても素敵な場所へ送っておるよ。」

「何が不敬罪よ!どこへやったの!?」

「とても静かなところじゃよ。一人で過ごすにはピッタリなところじゃ。ちゃんと反省してくれればいいのじゃが、その前にくたばっておるかもなぁ。」

「ふざけないでっ!!」

 偽物のとぼけた返事に、聞いているこっちもイライラしてくる。

「……さてさて、おかしな術も解けたことじゃし、衛兵を呼ばんとな。」

 偽物が近くにあるベルに手を伸ばしている。

「ヴィクターさん!」

「任せて!こっちを見ろ、化け物ぉ!」

 突然、ヴィクターさんの手にあるラーの鏡から目映い光が放たれる。

「な、なんじゃ、この光は!!……わ、わしの術がぁ!!」

 ――― 偽物の王が、その姿を大きく変えた。


「――― き、きさらまらぁ!よくもやってくれたなぁ!!」

 王様の姿は消え、代わりに大きな図体をしたモンスターが姿を現した。

 その身長はゆうに人間の倍以上、横幅はそれ以上ある。

 見た目はゲームと同じだが、実物の迫力は想像以上だった。

「あなたがボストロールとかいうやつね。これで終わりよ!」

「貴様、なぜわしを知っている!?いや、それよりもだ、どうやってわしの術を解きやがった!?」

「いやー、凄い効果だったねー。どういう仕組みなんだろうなー。」

 キャシーちゃんの反応が場にそぐわなくて困る。

「あなたに教えてやる義理なんてありませんよ。そもそもあなたはここで死ぬことになりますからね。知ったところで意味はないでしょう。」

 ……正直かなりビビってしまってるけど、余裕を見せるために頑張って煽ってみる。

 これで冷静さを失ってくれたら、しめたものだ。

「ここに至るまで、わしがどれほど苦労したと思っておる!バラモス様に何と御報告すればよいのじゃ!?貴様らのクビ程度じゃ割に合わんぞ!!」

 煽りよりも、今起きている事態そのものに対して怒り狂っているようだ。

「あなたのクビを差し出せば、バラモス様もお許しになられるんじゃないですかね。」

「……調子に乗るなよ小僧っ!じわじわと、嬲り殺しにしてくれるわっ!!」

 煽りに乗ってくれた……かな?

「エルス!お願い!!」

「ピオリム!!」

 開幕ピオリムは大正義だ。

「早速いっくよー!ベキラゴン!!」

 キャシーちゃんの攻撃呪文を合図に、戦いの幕が開けた。

 

 ヴィクターさんがもの凄い速さでボストロールに斬りかかる。

「小娘がぁ!くらえ!!」

 ボストロールがその大きなこん棒を振り下ろすも、ヴィクターさんは華麗に避ける。

「ボミオス!!」

「そんな子供だましの呪文なんぞ、効かんわ!」

 ……うわぁ、駄目かぁ。

 これで後は逃げ続けるしかなくなってしまった。

「あなたの相手は私よ!」

「ちっ!!うっとおしいぞ、小娘っ!!」

 ヴィクターさんは全然ビビっていない。

 こっちはまだ震えが止まらないっていうのに。

「ヴィクター、離れてー!メラミーっ!!」

 キャシーちゃんの呪文がボストロールを襲う。

 この子も胆力もたいしたものだ。

「ガキ共がぁ!舐めるなぁ!!」

 突然、ボストロールがこん棒でなぎ払ってきた。

 虚を突かれたが、何とかそれを躱す。

 ……こんな全体攻撃、ゲームにはなかった。

「ヴィクターさん!私が知らない攻撃もあるようです!気をつけて!」

「大丈夫よ!任せて!!」

「おい、そこの小僧!どういうことだ!?わしのこと、どこまで知っておる!?」

「教えるわけないでしょうが!」

 ……うかつに変なことを言うわけにもいかないな、こりゃ。


 ―――どれだけの時間が過ぎただろうか。

「小娘どもが!ちょこまかと!!」

 ボストロールの攻撃はまったく当たらない。

 しかし、どれだけヴィクターさんの剣で斬られても、どれだけキャシーちゃんの呪文をくらっても、ボストロールは倒れる気配がしない。

 こっちは何度かピオリムをかけ直すくらいで、あとはただ逃げ回っている有様だ。

 女戦士サラキアとの戦いでも感じたが、攻撃を避け続けるってのは精神的な疲労がヤバイ。

「あいつ、幾ら何でもタフすぎるわ!?」

「……流石にここまでとは思いませんでした。」

 そういえば……敵によっては体力が自動回復するヤツがいた。

 ボストロールもそうだったかもしれない。

 ――― くそっ、思い出すのが遅すぎた!

「やばいよー、そろそれ魔力が尽きちゃうよー。」

 マジですか、キャシーちゃん。

 攻撃呪文が無くなったら、下手すると与えるダメージ量が自動回復を上回れなくなってしまう。

「……私も攻撃に参加します!」

「む、無理よ!あなた、サポーターじゃない!」

「少しでもダメージを与えないと、このままじゃジリ貧です!」

 自動回復の件を失念していた自分の失態だ。

 覚悟を決めて、自身の行動で取り戻すしかない。

「キャシー、あと呪文は何回撃てる?」

「ベギラゴンだと2回、メラミだと4回だねー。」

「じゃあメラミを4回、アイツが攻撃しそうなタイミングで撃ってくれるかな。少しでも被弾のリスクを避けたいから。」

「りょーかい、私が合図したら避けてねー。」

「行きましょう、ヴィクターさん!」

「わ、わかったわ!無理しないでね!!」

 2人で、ボストロールに襲いかかった。


 ……カンダタ、早く来てくれ。

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