第24話 サマンオサ
サマンオサの城下町にやってきた。
ヴィクターさんはいつもの甲冑だと目立つおそれがあるということで、フードで顔を隠している。
誰にも怪しまれなければいいのだが。
「……随分と活気がないわねぇ。」
ドネアさんの言葉に納得する。
とにかく、街の空気が重いのだ。
「私が居た頃よりも更にヒドくなっているわ……」
ヴィクターさんの声も沈んでいる。
「エルス、ここのイメージはできたか。」
「ええ、大丈夫です。」
「よし、じゃあヴィクター達はすぐに試練の洞窟へ向かえ。」
「ボスのルーラで連れてってくれないんですか?」
「オレ様はそこに行ったことがねぇからな。ヴィクター、これを使え。」
カンダタがヴィクターに羽のようなものを渡している。
「キメラの翼だ。ヴィクター、洞窟のイメージはできるな?」
おお、確か千ゴールするというヤツだ。
出し惜しみなんかはしないということか。
「あそこに行ったのは5年以上も前になるけど、問題ないわ。」
「鏡を手に入れたらあそこにある宿屋に向かえ。夕方までに鏡が見つからなかった場合でも一度戻ってこい。」
「わかったわ、ボス。」
こうして、事前の打ち合わせ通り2手に分かれて行動することになった。
「……なんか開けてない宝箱がいっぱいあるよー、ヴィクター?」
「あれらは全部ミミックだからね。絶対に開けちゃ駄目よ、キャシー。」
3人で試練の洞窟に来ていた。
「ヴィクターさんは、以前は試練を受けにここに来たんですか?。」
「ここに来たのは騎士になる前だし、既に試練も中止になっていたわ。私がここに興味があったら父にお願いして連れてきてもらったのよ。……まぁ父との数少ない思い出ね。」
この辺りの敵はバハラタに比べて格段に強かった記憶があるが、サイモンと一緒だったなら納得だ。
……それにしても、ヴィクターさんはホントに父親のサイモンのことが好きなんだな。
今の話っぷりだけでもそれが伺い知れる。
「でもその時は1階のフロアを少し歩いただけなのよ。だから、洞窟の中の構造についてはあまり知らないわ。」
「大丈夫です、私が覚えています。ラーの鏡まではそう遠くはなかったはずです。」
「……ねぇ、ホントにその穴から落ちなきゃ駄目なの?他に行く方法はないのかしら?」
「ゲームと同じなら、他に道は無いですね。」
「そ、そう……」
ヴィクターさんは少し落ち込んでいる。
「あんなに面白いのにー。私もトベルーラ覚えたいなー。」
「何が面白いのよ。人間って、本来は飛べない生き物なのよ。」
……ヴィクターさん、ジェットコースターに乗せたらどんな反応をするんだろうな。
「――― こ、ここから飛び降りるのね。」
「うーん、ちょっと狭いねー。」
確かに、この穴は3人並んでっていうわけにはいかなさそうな狭さだ。
「……そうだねー、エルスが私をおんぶしてー、そんでエルスがヴィクターを正面から抱きしめるって感じで行けば通れそうだねー。」
「だ、抱きしめる!?」
……ヴィクターさん、なんか飛び降りることよりもショックを受けてませんか?
ていうか、そもそもこっちだってショックだ。
……興奮して鼻血なんか出たりでもしたら、格好悪いじゃないか!?
「のんびりしてるヒマなんてないよー、それー!」
「おわっ!あ、危ないよキャシー……」
いきなり背中に飛び乗ってきた。
「ほれほれー、ヴィクターもはやくー。」
「わ、わかったわよ。」
おずおずと両手をこちらの腰に回してくる。
「ヴィクター、もっとくっついてよー。それじゃあ通れないよー。」
「エ、エルス!変なトコ触ったら、ゆ、許さないからね!」
……ヴィクターさん、今の私にはそんな余裕なんてありません。
しっかりとヴィクターさんを抱きしめる。
……ヤバイ、凄く良い香りがする。
それに、思ってたよりも柔らかい。
……頼む、マイサン、どうか、どうか静まっててくれ。
「よしよし、そんなもんかなー。じゃあエルス、よろしくねー。」
「わ、わかったよ。」
ヴィクターさん、耳まで真っ赤になっている。
おそらくこっちもそうなっているんだろう。
……早くこの体勢から解放されないと、何か、色々ともたない。
「……これが、ラーの鏡なのね。」
「ええ、おそらくは。」
穴から落ちた先で見つけた宝箱の中に、鏡が収納されていた。
「これ、凄いねー。感じたことのないくらい大きくて不思議な魔力が秘められてるよー。」
キャシーちゃんも鏡に興味津々である。
「この鏡を偽物の前でかざせば良いのね。」
「はい、それで正体が暴かれるはずです。」
「これが終わったら持ち帰って色々と調べてみたいなー。いいかなぁ、エルスー?」
ラーの鏡の使い道はサマンオサで終わりだったはずだ。
「他に使い道はなかったはずだから、大丈夫だと思うよ。」
「やったー、じゃあとっとと終わらせようねー。」
「……そうよね、悪夢は、とっとと終わらせるべきよね。」
軽いノリのキャシーちゃんとは対照的な、決意が込められた言葉だった。
「それでは、ここから脱出してサマンオサまで戻りましょう。」
「ええ、お願い、エルス。」
リレミト&ルーラで待ち合わせ場所となっている宿まで向かう。
カンダタ達はまだ戻ってきていないようだ。
「少しでも休んで体力を回復しておきましょう。今夜が山ですからね。」
「そうね、できるだけ万善の体勢で挑まないと。」
「私に任せてよー、ガンガン暴れまくってやるからねー。」
「キャシー、あまり舐めてかからないでね。サマンオサの未来がかかってるわけだし。」
「大丈夫ー、油断なんてしてあげないからねー。」
今日ほどキャシーちゃんの言葉を頼もしいと思ったことはない。
ヴィクターさんだって頼もしい美人剣士だ。
……つまり、役立たずは自分だけってことだ。
「エルスもよろしくね、期待してるから。」
思いもよらなかった言葉を頂く。
「まぁ、私はピオリムとボミオスを使うくらいしか出番はありませんけどね。」
「……私は、エルスの呪文が今回の戦いでのキーになると思ってるわ。とにかく相手の攻撃さえ避ければ負けることはないんだし。あまり自分を卑下しちゃ駄目よ。」
ちょっと前まで蔑んでいた人とは思えないセリフに、思わず笑ってしまった。
「な、なに笑ってるのよ!せっかくあなたを勇気づけようと思ったのに!」
やべっ、拗ねちゃったか。
「いえ、ヴィクターさんからそのようなお言葉を頂けるなんて、以前は考えられなかったですからね。それを考えると可笑しくなっちゃって。申し訳ありません。」
「な、なによ。それはもう謝ったでしょ……」
以前の態度を恥ずかしく思ったのか、やや気まずい感じで呟いている。
「うんうん、仲良きことは美しきかなっていうやつだねー。」
「な、なんでそうなるのよ、キャシー!」
なんていうか、張り詰めていた空気が幾分和らいだ気がする。
いわゆるボス戦というやつなんだ。
体力的にも精神的にも、できるだけ良い状態で挑みたいからな。
……この世界に来て初めて迎える、大きなターニングポイントとなりそうだ。
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