第22話 禁忌

「……アリサさん、これ、ヤバくないですか。」

「……ボスに相談した方が良いかもしれません。」

「……あの、アリサさん。私って、信用されてますよね、皆さんに。」

「え、ええ。もちろんですよ。」

「私はその信用を決して裏切ったりはしません。当然です。こう見えて私は紳士なんです。ルビス様にも誓います。」

「い、一体どうされたのですか、エルスさん?」

 アリサさん、この呪文のヤバさが分かっていないんでしょうか?


「レベルが24になりました!」

 もはやルーチンワークと化したレベル上げにより、いつものレベルアップを体感した。

 ――― お、また新しい呪文を覚えたぞ。

「れ……レムオル……だと……!」

「何?レレムオル?」

「いえ、レムオルっていう呪文です……。」

「ふーん、聞いたことがないわねぇ。どんな効果があるの?」

「……透明になれます。」

「はぁ!?」

 ドネアさんが素っ頓狂な声を上げた。


「あ、あのですね。透明になるっていっても、壁とか扉とかをすり抜けることはできませんからね。あくまでも姿が透明になるってだけで、そこに存在はしてますから。」

「……お風呂を覗くこともできるってわけねぇ。」

「で、ですから。ちゃんと扉を閉めてくれたら、いつもどおり、何の問題もありませんよ。」

「……スカートの中も覗き放題っと。」

「いえ、あの、怪しいと感じたら脚元を踏みつけてみてください。もし私がそこにいたら人を踏みつける感触があるはずです。」

「……着替えるときだって……」

「いえ、あの、ですから、ちゃんと扉の付いた部屋でですね……」

 ドネアさんがからかってるのはわかってるんだが、呪文の効果が効果なだけにどうしても弁明してしまう。

 ていうか、なんだか言い訳がましくなってきた。

……そもそもこんな呪文が存在してるのがいけないんだ。

 もはや犯罪用じゃないか。


「まぁ、エルスのことだから害はないわよ。」

「……あらぁ、ヴィクターさん。随分とエルスのことを信頼なさってるわねぇ。お二人の間で一体何があったのかしらぁ?」

 ドネアさんがいつもの感じでヴィクターさんに絡んでいる。

「だって事実でしょ。もう半年くらいは一緒に生活しているけど、女性に手を出したりするようなヤツじゃないのは、私達もよく知ってるじゃない。」

「……まぁ、確かにエルスはチキンでヘタレだからねぇ。」

 ……えぇ、えぇ、事実ですよ。

 ヴィクターさんの言ってることも、ドネアさんの言ってることもね。

「……その呪文は、ルビス様に封印して貰うべき禁忌の類かもしれないわね。」

「ボスも今は不在ですし、拠点に残っているキャシーさんに聞いてみましょうか。何か御存知かも知れません。」

 アリサさんの言うとおりだ。

 呪文といえば、我らがマスコット・キャシーちゃんなのだ。


「しかし、アンタも随分と変な呪文ばかり覚えるわねぇ。サポーターゆえにってことなのかしらぁ。」

「私が異世界から来たっていう影響もあるのかもしれませんね。」

「……仮にアンタの世界がもたらした呪文だとしたら、倫理観ヤバイわねぇ、その世界。」

 ドネアさんにそう言われても否定しきれないところがある。

 覗きとか盗撮とか、そういった軽犯罪なんてよく耳にする世界だった。

 ……でも一つだけ言わせてほしい。

 自分には、そういった性癖なんて、ないんだ。


「……レムオルかー。私も知らないなー。」

「さとりの書にはこの呪文について書かれたりはしてないの?」

「これってさー、全部の呪文を解説をしているわけじゃなくて、呪文そのものの仕組みとか構築について解析してるものなんだよねー。人や魔物はそもそもなぜ呪文を使えるのかとか、そういった類いのやつねー。」

 呪文に関する研究書という感じか。

 しかし、キャシーちゃんもレムオルの存在を知らないとは意外だった。

 ……いよいよ異世界の呪文って気がしてきた。

「……レムオルで透明になったらモンスターも気付かないのかしら。」

 ふいにヴィクターさんが尋ねてきた。

「察知能力が一定程度あれば気付くようです。」

「やってみないとわからないってことね……それと、他人に対しても使えそう?」

「そのようですね、他の人に対しても使えます。」

「そう……それなら使い道があるかもしれない。」

「使い道ですか?」

「ええ、サマンオサの城に忍び込む時にね。」

 なるほど、侵入にはもってこいの呪文だな。

 もし気配に気付かれなければ、暗殺にだって使えそうだ。

 ……なんだか怖くなってきた。


「ちょっとさー、今ここでレムオル唱えてみてー。見てみたーい。」

 可愛いマスコットにお願いされたら、いつだって断れない。

「それではいきますよ。レムオル!」

 その途端、自分の体が一気に見えなくなった。

 すごいな、体が完全に透き通ってる。

「うっひょー、ホントに見えなくなってるー!」

「私が居る気配とか感じ取れますか?」

「喋ると流石にわかりますが、黙ったままですと私には感じ取れませんね。気付けるのはうちのボスぐらいでしょう。」

 アリサさんが何故かボスの株を上げている。

「……ちょっとエルスぅ。見えないからって変なトコ触らないでよぉ。もう、エッチなんだからぁ。」

「な、何をやってるのよ、エルス!!」

「な、何もやってませんよ!ドネアさん、お願いですから変なこと言わないでください!今の状態だと冗談に聞こえないんです!」

「アハハッ、ごめんごめん。」

 ドネアさんのとんでもない冗談でヴィクターさんに斬り殺されるところだった。

 ……これが冤罪というヤツか、心臓に悪すぎる。

「どれくらい効果がもつものなんですか?」

「5分ですね。効果が切れるまでここでじっとしてます。……いいですか皆さん、私は、決して、何も、やましいことなんて、しませんからね!」

 ……この呪文のせいで、皆から信用を得るのが難しくなった気がする。


「……まぁ教会には黙ってれば問題ねぇだろう。」

 カンダタは随分と楽観主義者なんだってことが判明した。

「いいんですかね、ボス?」

「テメェがその呪文を使って変なことやらかさなきゃ平気だろ。それよりも侵入に使えるメリットの方がデカい。」

「ルビス様は怒ったりしないですかね。」

「ルビスに小者の動向なんざ見張ってるヒマなんてねぇだろ。勇者のお守りで手一杯なはずだ。」

 また随分とヒドいことを言う。

「……そういや、レベルは24まで上がったんだってな。」

「はい、目標まであと1つです。」

「1週間後にサマンオサへ飛ぶ予定だ。それまでには上げておけ。」


 成長の伸びがだいぶ鈍化してきているが、1週間あれば1つくらいは上がるだろう。

 ……とりあえず、レムオルのような呪文を覚えるのは、もう勘弁だなぁ。

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