第12話 バハラタ

「アリアハンの勇者に関してだが、ここシャンパーニにはオレ様とエルスだけが残って、勇者と対峙する。」

 翌日の朝食中、カンダタがとんでもないことを言い出した。

「他はバハラタで待機だ。」

「なぜですか!?私もここに残ります!!」

 アリサさんが強い口調で反対する。

「駄目だ。勇者がどんなヤツかもわからん中で、おめぇらを危険にさらすわけにはいかねぇ。心配すんな、オレ様は平気だ。」

 ……子分Eの安全は?

「なぜ、エルスさんだけここに残すのですか?」

「エルスにはアリアハンの勇者がゲームとやらと同じか、実際に目で見て確かめてもらう必要があるからな。」

「ですが……」

「いざとなればルーラですぐ逃げるさ。エルスもルーラを使えるんだろ?」

 そうか、ルーラで逃げるのなら何とかなるかな。

 ……しかし、自分が勇者を見たところで一体何になるというのか。

 カンダタの真意がよめない。

「だったら、全員でここに残っても問題ないのではないですか?」

「勇者の強さも不明だ。その中で全員抱えてルーラで逃げ出せるほどの隙が作れるかはわからん。人質に取られる恐れもあるからな。」

 まぁそうだな、自分1人で逃げる分にはそれほど問題ではないだろうけど、全員まとめて逃げるとなるとタイムロスがどうしても生じてしまう。


「それにだ。オレ達がいない間、アリサ達にはバハラタにある胡椒屋の周りを探っておいてほしい。」

「胡椒屋……ですか?」

「最近、胡椒の価格が妙に高騰してやがる。どうも裏で色々と動いているヤツらがいるみてぇだ。」

「なんでボスが胡椒屋さんのこと調べてるのー?」

 キャシーちゃんの疑問はごもっともだ。

「……ボルトガの王からちょっとした頼まれごとがあってな。」

 今は詳細を語らずってことか。

 しかし色んな所にツテがあるんだなぁ、この人。

「どんな小さなことでも良い。調べてオレ様に報告できるようにしておいてくれ。それと、危険だと感じたらすぐに逃げろ。」

「……承知しました、ボス。」

 アリサさんはまだ納得がいかないみたいだ。

「ちなみに、胡椒の調査を開始するのはエルスがいない間だ。エルスがいるうちは引き続きモンスター相手に鍛えることを優先にしろ。」

「それを優先する理由は何?」

 今度はヴィクターさんだ。

「……今後も見据えてだ。おめぇにとっちゃあ、むしろ好都合だろ。」

「……そうね。バハラタ周辺の敵はここいらよりも強いし、ちょうど良かったわ。」

 ヴィクターさんは打倒ボストロールに向けて一刻も早く強くなりたいってことだろう。

 ……しかし、ボスはなぜ自分のようなサポーターなんぞを、そんなに鍛えたがるのだろうか。

「全員でバハラタの拠点に向かう。メシが終わったら出立の準備をしろ。暫くはその拠点で過ごすぞ。勇者がロマリアに来た頃に、オレ様とエルスはここに戻ることにする。」

 あぁ、せっかくのハーレム暮らしだったのになぁ……。

「でも、どうやって勇者がロマリアに来たことを確認するんですか?」

「オレ様がちょくちょくルーラで勇者の様子を見に行くつもりだ。」

 ……カンダタはかなり勇者の動向を気にしているみたいだ。

 敵対することがわかっているからだろうか。


「 ――― ここがバハラタですか。」

 カンダタのルーラでやってきた街は、カザーブよりも賑わっていた。

「エルスはここのイメージを頭に焼き付けておけ。いつでもルーラで飛べるようにな。」

 ルーラは飛びたい場所を鮮明にイメージする必要がある。

 最初は少し苦労したが、カザーブ村との往復を繰り返したことにより、あっさりとそのコツを掴むことができた。

 やはり天才だな。

「アリサはオレ様に付いてこい。胡椒屋の場所とか詳細を教えておく。他は拠点で過ごすための買い出しをしておけ。2時間後、ここに集合だ。」

 アリサさんはちょっと嬉しそうにカンダタについて行った。


「じゃあ行きましょうか。エルスがいずれシャンパーニに戻るとなると、聖水とかも買っておかなきゃねぇ。」

 ドネアさんが言う。

「この辺りのモンスターってどれくらいのレベルなんですか?」

「大体16~18くらいねぇ。この2ヶ月で私達のレベルも上がったから、聖水を使えば多分モンスターは出てこないわ。それまではボス頼りだったんだけどねぇ。」

 カンダタのレベルは幾つくらいあるんだろうか。

「この辺りのモンスターと戦ったことはあるんですか?」

「ボスが一緒にいたときだけね。でも今の私達ならボスがいなくてもいけるはずよぉ。」

「いやー、楽しみだねー。ベギラマとかガンガン使っていくよー。」

 キャシーちゃんが新たに覚えた「ベギラマ」という火炎系の攻撃呪文は、シャンパーニではオーバースペックだったため使う機会がほとんどなかった。

 キャシーちゃんはこれを使いたくてかなりウズウズしていたようだ。

「私としては、エルスのレベルも可能な限り上げておきたいところだわ。」

「……へぇ、ヴィクターにしては珍しい意見ねぇ。ずっとエルスを毛嫌いしてるかと思ってたのに。」

「べ、別に毛嫌いなんかしていないわ。考え方を少し変えただけよ。」

 ドネアさんのからかうような言葉に慌てるヴィクターさん。

 ヴィクターさんが期待してくれている感じがちょっと嬉しい。

 ……まぁ、サマンオサ解放に向けて、知識面だけでなく戦闘面でも協力してほしいということなんだろうな。

「そうですね。ヴィクターさんの期待に応えるためにも、頑張って色んな呪文を覚えれたらなと思います。」

「……所詮はサポーターなんだから、そこまで期待はしていないわよ。」

 ……期待されているのかいないのか、やっぱりよくわからなくなってきた。


 2時間後、カンダタのルーラでもう一つの拠点がある東の洞窟にやってきた。

「ルーラって街とか村とかだけじゃなく、こういった洞窟にも行けるんですね。」

「あん?当たり前だろ?イメージさえできりゃ、どこだって飛べるさ。」

 ゲームでは洞窟などのダンジョンにはルーラで行けなかった。

 その点、こっちの世界の方が便利だな。

 ……そういや、ゲームと違ってシャンパーニの塔へもルーラで飛べるんだったわ。

「この洞窟内にはモンスターは出ないですよね。」

「モンスターが出るような所に拠点なんざ作りゃしねぇよ。色々とおかしなこと言うヤツだな。」

 ……ゲームと違うところもあるってことは、きちんと割り切らなればいけないな。


 拠点としての住居スペースは、シャンパーニと比べて狭かった。

 牢屋みたいな部屋が寝室となっている。

「右の狭い部屋が男、左の広い部屋が女用の寝室だ。エルスはオレ様と同室だ。」

 ……個室を期待していた自分がアホだった。

 オッサンと2人部屋かよぉ。

「といっても、オレ様はこれからまた暫く不在にする。次にここに戻ってくるのは、勇者がロマリアに着いた時だ。」

「その間、ボスはずっと勇者を見張っておくというわけですか。」

「勇者にだけ時間を割くわけにもいかねぇがな。オレ様は色々と忙しいんだ。」

 この男、一体何をやってるんだろう?

「ボス、せめてこちらで夕食だけでも……」

「そうだな……いや、やめておく。今日中に会っておきたいヤツがいるんでな。」

 アリサさんからの懇願を拒否したカンダタは、リレミトを唱えて出て行った。


 余談だが、地上では建物内にいてもルーラで飛べるが、地下ではリレミトで地上に出た後にルーラを唱える必要がある。

 その意味で、この拠点はシャンパーニと比べて移動が少し大変なのだが、両方の呪文が使える自分にとっては問題ない。


 何が言いたいかというと、自分の有用性がパーティ内で高まっているということだ。

 ……誰もそれに気付いてくれなさそうだけど。

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