第3話 カンダタ

「おう、待たせたな。オレ様がここのボス、カンダタ様だ。」

 希望はあっさりと砕れた。

 ゲームでの変態姿とは違う、無精ヒゲを生やしたおっさんが、不適な笑みを浮かべて座っている。

 体はごつい、というよりかなり鍛えられた肉体だ。上背もかなりある。

 見た目はワイルド系オヤジ。フード女がナイスガイと言っていたのもうなずける。

 そして、そのカンダタの周りには、ここまで案内してくれた女性を含め、フード姿3人と全身甲冑姿が1人、計4人が立ち並んでいる。

 どうやら、フード姿の3人は全員女性のように見える。

 ……これで全身甲冑も女性ならハーレムじゃないか、うらやまけしからん。


「まずはテメェのことを聞かせてもらおうか。」

「はぁ、あまりお答えできることは……」

「あぁ、記憶喪失なんだっけか。まぁいい、質問するからそれに答えろ。」

「はぁ、わかりました。」

 流石はカンダタというところか、威圧感がハンパない。

「どこから来た?」

「わかりません。」

「職業は?」

 職業とは戦士とか魔法使いとかってことかな。

「……それも覚えていません。」

「歳は?」

「25です。」

 年齢くらいは別にいいか。

「レベルはいくつだ?」

「わかりません。」

 ……個人情報保護っていう概念はこの世界にはなさそうだ。


「呪文は何が使える?」

「何も使えないみたいです。」

「呪文自体は知ってるか?」

 とりあえずゲームの知識で答えてみようか。

 この世界とどれほど整合しているか確認したい。

「……メラやギラなどの攻撃呪文、ホイミやキアリ-などの回復呪文があるかと。」

「……世界にどんな国があるかはわかるか?」

「アリアハン、ロマリア、イシス、ポルトガ、エジンベアといったところでしょうか。」

「……テメェ自身のことはほとんどわからねぇのに、その辺りのことは覚えてんのか。」

 どうやら呪文や国名も同じらしい。

 カンダタの目がだんたんと鋭くなってくる。

「それでだ……。」

 カンダタは一呼吸入れて続ける。

「……オルテガの息子のこと、なぜテメェが知ってるんだ?」


 ……この世界では勇者の存在が知られていないのか?

 主人公だぞ?

「……どういう意味ですか?」

「オルテガが行方不明なのは知ってるな。」

「そちらにいらっしゃる方に教えて貰いました。」

「アリアハンはな、それを踏まえてオルテガの息子を勇者として育成しているところなんだ……国家機密事項としてな。」

 ……何その設定、聞いたことがない。

 ゲームでは16歳になった勇者が旅立つところからスタートしていたが、そんな裏事情なんて出てこなかった。

 まさか国家機密だったとは……うかつにフード女にしゃべったのは失敗だったか。


「それで、なぜ知ってる?」

「……わかりません。」

「そうか……。」

 俄にカンダタの雰囲気が変わる。

「……テメェ、何を隠してやがる?」

 ……怪しまれてしまった。

 記憶喪失という設定はちょっと無理がありすぎただろうか。

 気付けばカンダタの手が腰のモノに伸びている。

 ……冷や汗が止まらない。

「い、いや、説明したところできっと信じてもらえないかと……」

「……まぁいいから、知ってることを全部このオレ様に喋ってみろ。……そんなに心配すんな、決してテメェの悪いようにはしねぇよ。ルビスに誓ってやってもいい。」

 急にカンダタの雰囲気が和らぐ。

 まるで幼子に言い聞かせているかのようだ。

 ……不思議と、この男からは器の大きさというか懐の深さを感じ取れてしまう。

 もっとも……勇者に加護を与える神様のような存在の「ルビス様」を呼び捨てにしているのはどうかと思うけど。


 まぁいい、喋ってもなんとかなるだろう。

 このカンダタに下手な嘘は通用しなさそうだ。


 ――― 高校を卒業後、小さな会社の営業マンとして働いていたこと。

 ――― 目が覚めたらこの世界に来ていたこと。

 ――― この世界が、かつて自分がやりこんだゲームの世界とそっくりなこと。


「テメェ……気は確かか。」

「いたって正気です。この現状に混乱してはいますがね。」

「言ってることの半分もわからねぇが、この世界についてテメェが知ってることをしゃべってみろ。」

 ゲームでの知識を掻い摘まんで話す。

 バラモスのこと、勇者のこと、オーブ、ラーミア、竜の女王……そして、真のボスとして存在しているゾーマのこと。

「ゾーマだぁ?」

「イシスの南にギアガの大穴というのがあり、その穴がアレフガルトという地下の世界に繋がっております。そこにゾーマがいるのですが、ゾーマは人間の絶望とか憎しみとか、そういった負の感情を好物としていまして、それを得るために部下のバラモスをこの世界に派遣しているっていう話だったと記憶しています。」

「よくできた作り話……と言いたいところだが、ギアガの大穴も知ってやがんのか。」

「知られていないんですか。」

「……あれはイシスの国家機密事項だ。」

 ……多いなぁ、国家機密事項。


「……それでだ、この世界がテメェの世界でいうゲームとやらと同じだとしたら、このオレ様もそのゲームとやらにいるのか?オレ様の扱いはそこではどうなってる?」

「……気を悪くしないでくださいね。」

「いいから言ってみろ。」

「貴方と同一人物なのかはわかりませんが、そのゲームではカンダタという名前の盗賊がアリアハンの勇者に2回撃退されてます。シャンパーニの塔とバハラタ東の洞窟で。」

「バハラタ東の洞窟ってことは、オレたちの2つ目の拠点のことか?」

「拠点かどうかまでは知りませんが。」

「……なぜゲームとやらのカンダタがアリアハンの勇者と戦うハメになった?」

「1度目はロマリア国から金の冠っていうのをカンダタが盗んで、それを取り戻すためにロマリア王の依頼を受けた勇者がシャンパーニの塔に来て戦っています。2度目は……」

「ちょっと待て。金の冠とはこれのことか?」

 不意にカンダタの座る椅子の下にあった宝箱から取り出したものを見せてくる。

「冠の形状とかまでは知りませんが、もしかしてそれって……」

「ああ。つい最近、ロマリアの王室から盗んできたものだ。」

「ゲームと同じならばそう遠くないうちに……といっても、勇者はまだアリアハンから旅立っていないんですよね?」

「あと2ヵ月したらオルテガの息子は16歳の誕生日を迎える。そん時に勇者としてアリアハンから旅立つという話だ。」

 つまり、ゲーム開始の2ヵ月前に転移してきたということになるのか。

「で、2度目は?」

「バハラタにある胡椒屋の息子とその許嫁をカンダタが誘拐して、それを救うためにやってきた勇者と戦うことになります。」

「胡椒絡みか……」

 カンダタは何か考え込んでいるが、心当たりがあるのだろうか。


「……まぁ大体はわかった。テメェからは今後とも色々と話を聞きたいものだ。」

「自分で言うのもなんですが、私のことを疑わないんですか?」

「……疑う以前の話だ。夢物語としか思えんが、こうも色んな事を知ってるとなると、あながち嘘とも言い切れん。」

 意外と柔軟な考えを持った人なんだな。

 ここはファンタジー要素を受け入れやすい世界なのかもしれない。

「……そういうわけでだ。」

 カンダタが立ち上がってこちらに近づいてくる。

「……テメェは今日からこのオレ様の子分だ。光栄に思えよ。」

 ポンッとこちらの肩に手をかけ、その不敵な笑みでおっしゃってきた。

 ……まさか、こんな形で再就職先が決まってしまうとは。

 思わぬ方向に、望まぬ方向に。

「言っておくがテメェに拒否権はねぇ。ここから脱走なんかしやがったらどうなるか、言わなくてもわかるよな?」


 そして、どうやらこれが永久就職となってしまったようだ。

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