第11話信長、怠ける
「……そんで、乱闘騒ぎの後、どうなった?」
京の壬生村、八木邸の一室。
苛立つ土方と対照的に、穏やかな表情の山南は「力士たちは去っていったよ」と返す。
「手強い者たちだったが、我々の敵ではなかった」
「ほう。そりゃあ凄い。流石に壬生浪士組の幹部たちは一味違うよなあ!」
土方の皮肉に対し、あくまでも表情を崩さない山南。
上座に座っている近藤が「あなたが居ながら……いや、あなたが居たからそうなったと言うべきか」と困った顔で笑う。
「普段は学者肌なのに、すぐに熱くなるのだから。やはり本質は剣士、というわけか」
「申し訳ございません。直さねばならないとは思っていますが」
「思うだけじゃなくて、努力しろ」
「もっともだね、土方くん」
まだ叱り足りなかった土方ではあるが、今後のことを考えねばならない。
大きく深呼吸して落ち着いてから「それでどうした?」と山南を促した。
「力士の親方のところに謝りに行った……まあ行ったのは信長さんと斉藤くんなんだが」
「うん? ……ああ。何の手打ちもないままでは斬った本人は謝れないか」
近藤が納得すると「私も一人斬ってしまいましたから」と頬を掻く山南。
あからさまに土方は嫌な顔をした。
「親方の
「芹沢に斬られた力士だな。でもよく許されたもんだ」
「これは斉藤くんから聞いた話なんだが……彼は頭を下げたようだよ」
「……あの野郎がか?」
これには近藤も土方も驚いた。
傍若無人な人柄を知っているからだ。
山南は「その場にはいなかったから伝聞になってしまうね」と言う。
「斉藤くん曰く『申し訳なかった。浪士目付役としてお詫びする』って。酷く後悔していたって傍目から見ても感じ取れたらしい」
「信じられない……あの信長さんが……」
近藤は信長に数度しか会っていない。
しかし土方を通していろんな噂を聞いていた。
だからこそ、その行動には驚愕した。
「だが器用な嘘が付ける奴じゃないぞ、斉藤は」
「土方くん。私もそう思う」
「……まあいいさ。問題はその後だ」
気を取り直して土方は山南に問う。
「なんで――この壬生村で相撲興行が開催されるんだよ!」
現在、八木邸だけではなく壬生村を上げての相撲場所が開かれようとしている。
壬生浪士組はその準備に総出で駆り出されていた。
かくいう近藤たちもこれから村の有力者たちへ挨拶回りに向かわねばならなかった。
その他にも大坂相撲と京都相撲の親方たちとの打ち合わせもある。
「斉藤くん、口下手だから詳細は分からなかった。ただ口八丁手八丁で丸め込んだらしい。あれよあれよのうちにね」
山南は苦笑しつつ「たいした人だよ」と付け加えた。
土方は苛立ちながら「結果的には良い結果に収まった」と呟く。
「大坂の力士との遺恨も無くなるし、興行も一回だけじゃなくて以降も続くかもしれない。その度に壬生浪士組が主催になれば大きな収益となる。加えて壬生村の住人たちへの心象も良くなる……」
「まさに良いこと尽くめだ。素晴らしい成果だよ」
山南の言葉に近藤は「やっぱり凄いなあ、あの人は」と大笑いした。
「近藤さんよ! あんたそれでいいのか!」
「どうしたトシ? いいに決まっているだろう。万事が好転したんだ。むしろなんで怒っているんだ?」
「全部、あいつの計算みたいで腹立たしいんだよぉ!」
山南は「計算……ではなさそうだよ」と言い始めた。
「じゃあなんなんだ?」
「多分、思いつきだ」
「思いつき!? 嘘だろ!?」
「全部計算だったら、小野川親方の心は動かせない」
そう考える山南の表情が真面目そのものだったので、土方は何も言えなくなってしまった。
「ま、話はそこまでだ。俺たちもやらないといけないことがあるだろ」
近藤の一声で話し合いは終わった。
土方も納得はしないものの、嫌々受け入れることにした。
「そういえば山南くん。信長さんはどこだ?」
「あの人なら市中に遊びへ行ったよ。私に小遣いせびって」
「……あんの野郎!」
◆◇◆◇
「京は平和……ではなさそうだな」
信長はのたりのたりと京の町を歩いていた。
不逞浪士らしき者をちらほら見かけるが、たいした者たちではないなと判断する。
この国を変えようとする気概が見えなかった。
「戦国の世はそうじゃなかった。
信長は懐かしいと思う反面、もし戻れたとしてもどうなるか分からなかった。
光秀が
欲しいものはくれてやった。地位も名誉も。そして城も。
だが裏切られた。己の人生は無駄になったのだ。
「人間、五十年か……」
寂しげな顔のまま、何の目的もなく歩いていると「おお! 信長さんぜよ!」と嬉しそうな声がした。
振り返るとそこには汚らしい風体の坂本龍馬がいた。
「おお、坂本か。ちょうど会いたいと思っていたのだ」
「そりゃあ奇遇ぜよ。信長さんは今、何しちょる?」
坂本も信長に会いたかったらしい。
喜色満面の笑みをしていた。
「壬生村で相撲が開かれる。その準備を壬生浪士組がしている最中だ」
「相撲か! そらあ楽しみぜよ! でもなんでおまん、こんなところにいるんや?」
「分かるだろう? 手伝うのが面倒だから逃げてきたのだ」
堂々と言う信長に「あははは! 偉そうに言うことじゃないきに!」と面白がった。
「そうじゃ。おまんに会わせたい人がいるきに。是非会ってもらいたいじゃが」
「会わせたい人? ……で、あるか。面白そうだ。ちょうど暇していたところだしな」
「怠けていただけじゃないの。ま、とにかく行くぜよ!」
信長は坂本の隣で歩く。
その道すがら弾薬を仕入れられることを伝えると、坂本は「
しばらく歩いた先、祇園の手前にある料亭に二人は入っていった。
繁盛しているらしく、女中が忙しそうにしている。
その中の一人が「あら。坂本先生やあ!」と嬉しそうに駆け寄ってきた。
「お久しゅうございます!」
「あんたは
「名前覚えてくれたんどす? 嬉しいわあ」
「まあの。それより先生はやめてくれや。むずかゆくなる」
「うふふ……そちらの方は?」
信長に水を向けた女中。
坂本は「織田信長さんじゃ」と紹介した。
「織田……信長さん? あの?」
「まあ込み入った話はあとじゃき。あん人はおるか?」
女中は不思議そうな顔で信長を見つつ「はい。二階の奥の間におります」と答えた。
「いつものとおり、逃げやすいところどす」
「そうか。じゃあ上がらせてもらうぜよ」
「その前に、足を奇麗にしておくれやす」
女中に言われて坂本と信長は足を水桶で洗った。
それから坂本の慣れた案内で二階の角部屋に向かう。
「先生! おるんやろ? 入りますきに」
返事を待たずに襖を開ける坂本。
その先には一人の男が窓の外を見ながら座っていた。
「坂本くん。来るのなら来るって言ってくれないかな」
文句を言うその男。
坂本と同世代――それより少し上ぐらいか、しかし彼と違って小綺麗な恰好をしている。
座っているのに刀を差している――立ち膝で座っているからだ――よほど用心深いのだろう。
眼光が鷹のように鋭い。頬はこけているが貧相な印象は受けない。
しかし特徴と言えばそれだけで、決して目立つ容貌ではなかった。
「手紙で伝えようにも、居場所をころころ変えるきに。意味ないぜよ」
「ま、そのとおりだ……そこの方は?」
信長に気づいた男は少しだけ重心を動かす。
臆病なのか、はたまた慎重なのか、この時点では信長に判断できなかった。
「紹介しますきに。織田信長さんぜよ!」
「織田信長? 冗談だろう?」
信用されないのはもはや慣れた信長。
代わりに「おぬしは何者ぞ?」と問う。
「坂本くん。教えてないのかい?」
「市中で先生の名を出せんきに」
「まあそれもそうか……」
男は立ち上がって信長に自己紹介した。
「――
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