雨を降らさずにいられなかった

lty creation

雨を降らさずにいられなかった

溢れていく雫が、溶けていく雪のようだった。

朱梨が見せなかった朱梨の裏側が、涙と共に流れたから僕はその一瞬を今でも永遠の出来事に思う。僕はいつでも朱梨の胸の中に、小さな棘を残していたと思うよ。朱梨の柔らかい言葉に触れる度、雨を降らさずにいられなかった。

春はすぐそこなのに、冷たさに慣れた僕は、あなたと手を取ることもできなかったんだ。


朱梨と僕が再会したのは僕が田舎に帰ってきた時、カフェで偶然見かけた時だった。朱梨は帰りがけの僕に気づいて、声をかけてくれた。

「もしかして、真司?」

「うん、久しぶり」

「よかった。人違いだったらどうしようかと思った」

その声は少しだけ笑っていて、僕は少し安心した。カフェを出た僕たちは見慣れた地元の道を歩いた。

僕と朱梨は、昔はよくお互いのことについて話すような仲で、気兼ねなく言い合いもできる友人だった。朱梨も僕も今は25で、将来のことや、結婚観を語る年頃になっていた。


「真司は結婚とかしないの?」

「僕は考えてないや」

「私はね、、」


朱梨は自分の理想や、夢を僕に語ってくれた。

僕は相槌を打ちながら、時々なぜか寂しさを感じて、遠くを見ながら朱梨の話を聞いていた。


僕は結婚というものに昔からぎこちない嫌悪感を感じていた。母が新しい父親を連れてくると、僕は僕の存在理由をなくしたような感覚になった。

だから朱梨の話は僕にとってどこか現実味のない、夢の中の話のように思えた。


「真司のタイプは?」

「ほっといてくれる人かなぁ」

朱梨は、一瞬黙って、言葉を紡いだ。

「そんなへんな人初めて見た」


その日の帰り道、朱梨はどこか辛そうだった。

僕は朱梨を不快にさせる言葉を言ってしまったかと思い、朱梨に何度も謝った。

僕は、優しさを知らなかったし、混乱した。

それから、僕は僕から逃れるように、毎日をとても忙しく過ごした。


僕は朱梨が落ち込んでいたり辛そうだったりすると、とても心配になった。朱梨は朱梨で僕を心配しているようだったけど僕はその受け取り方がよく分からなかったので、結果的に僕は朱梨を無視してしまっていたんだろうと思う。


僕は田舎に新しい部屋を借りて生活していたけれど、何度も何度も希死念慮を感じて、とても刹那的な生き方をしていたと思う。

僕はいつでも最悪なことを考えた。それはいつでも僕が死ぬことだった。


朱梨は会う度、僕のことについて話してくれたけど、半分くらいは呆れている様子だった。


「真司はね、、」


僕がどういう人なのか、僕は僕に興味がなかった。考えたこともないようなことを朱梨から聞かされて傷つくこともあった。

僕のことなんか僕はどうでもよかったのに、その傷を感じないよう、どんどん僕から逃げた。

僕は朱梨を知らなかったし、僕自身を何も知らなかった。


ある日、僕が僕を諦めた日、僕は僕自身をなくしたんだと思う。

「真司は最低だよ」

朱梨が泣いていた。朱梨の僕に対しての苛立ち、僕に対しての哀しみ、僕に対しての希望と絶望、全てを含んだその目に僕は朱梨を知った。そして僕を知った。


雨を降らさずにいられなかった。

最後まで、朱梨に、何も伝えられなかった僕は、雨を降らさずにいられなかった。


僕は都会に戻り、朱梨と離れた。

駅のホームで別れた。


「ごめんね朱梨」

「なにが?」

「ありがとう」

「そっちでいいのに」


そして、僕は歩いた。


誰かを見ていられる空のような場所はもしかしたらいいところかもしれないけど、僕は、朱梨が隣にいた海のほうが好きだったことを思い出したから、いつか、朱梨に、伝えられたらと思うよ。


できれば心配をかけずにやっていくから、その優しさをこれからは自分に使ってほしい。

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