第187話 いらない子
マリウスたちの下から去ったあと、ラフラは女子寮にある自室へ戻っていた。
いつの間にか消えていたラフラを探しに出ていたメイドのシーラと途中で合流し、二人で部屋の扉をあけて中に入る。
中に入ると、メイドのシーラには入ってこないよう厳命しつつ、ラフラは寝室に篭った。
「お嬢様……。なにかあったのかしら?」
最近はだいたいいつも何かしらやらかしてる、もしくは癇癪を起こすラフラが、先ほどからずっと静かなことにメイドは驚いた。
驚くのと同時に、嵐の前の静けさを感じる。
爆発するならせめて判りやすくしてほしいものだが、その願いはラフラには届かない。
薄暗い室内で、彼女は壁に貼ってあるマリウスのイラストを見つめる。
何度それを見たって変わらない。何度見てもマリウスへの好意が溢れる。たとえ拒絶されようと、冷たくあしらわれたって喜んでラフラは都合のいい女に成り果てる。それだけマリウスが好きだった。
しかし。
「……ダメ。ダメダメダメダメ。ラフラはもう、道を踏み外してしまった。イヤイヤイヤイヤイヤ。きっともう、マリウス様を想うことすら不敬に値する。なんで、なんでラフラは別の選択肢を選ぼうとしなかったの? どうしてそれが最善策だと勘違いしてしまったの? みんな、本当はあれだけ優しかったというのに……」
その小さな肩と背中に圧し掛かるのは、醜い自分とは正反対のマリウスたち。
マリウスたちが優しすぎるがゆえに、逆にラフラの罪の意識は何倍にも膨れ上がった。
自分はいらない子だと。自分は誰にも好かれない存在だと。自分はなんて矮小なんだと、繰り返し自問しては自答する。
これまで好き勝手に暴れた反動だろう。元々が心優しい女性だったこともあり、ラフラは大きなショックを受けている。
「辛い。苦しい。哀しい。なんで? イヤ。怖い。助けて。助けないで……。それ以上、もうラフラに優しくしないで……。後悔と自己嫌悪でラフラが潰れる……」
頭を抱えて彼女は泣いた。涸れたと思っていたはずの涙が残っていた。
顔をぐしゃぐしゃにして、壁に貼られたマリウスのイラストを引き裂く。剥がして、バラバラにする。
これは決別に近い。マリウスのために、彼女は自らの想いにすら蓋をする覚悟を決めた。
もちろんそれだけじゃない。これまで好き勝手にしてきた責任を取る必要がある。
情緒が不安定な彼女がどんな責任のとり方をするのか。すでに彼女の中では答えが出ていた。
「ハァ……ハァ……ハァ!」
荒い呼吸を繰り返して肩を揺らす。乱れた髪の隙間から、ラフラの瞳が闇を捉える。
これまでどおりの黒色に染まったラフラは、未だにぽろぽろと涙を流しながら誓った。
「ダメだ。いらない。ラフラはもういらない。どうやったってマリウス様たちに償えない。償えないラフラはいらない。マリウス様に想われる資格のないラフラは必要ない。きっと、死んでお詫びするべきなんだ……」
▼
三時間ほどしてから、部屋からラフラが出てきた。
今日は部屋の中から絶叫やものを壊す音は聞こえなかったな、と思いながらもメイドは笑いかける。
「ラフラ様! 紅茶を淹れましょうか? 気分が悪いときや疲れた時は、甘いものもいいですよ!」
すると。
「……そうね。ごめんなさい、シーラ。紅茶とお菓子をお願いできるかしら」
「——!?」
ラフラが微笑んだ。メイドであるシーラに。
邪気を含んだものではない。かつて見たどこか幼さの残る笑顔だった。
どうして、今さら? 多くの疑問がメイドの頭の中で溢れる。
その様子にラフラは首を傾げる。
「? どうしたの、シーラ。どこか調子でも悪いの? 調子が悪いなら言ってね。無理しないでちょうだい」
「!??」
またしても昔のラフラみたいな優しい言葉が出てきた。
ここ数年めっきり聞くことのなかった言葉だ。もう驚愕で魂すら抜けそうになる。
だが、彼女は腐ってもプロだ。染み付いたメイド魂が、意識を失いそうになった体を動かす。
「い、いえ……大丈夫、です。紅茶、淹れて、きますね……」
と半ば機械のような返事を返して部屋を出る。
部屋を出て、三階にある給湯室で紅茶の準備をしてる最中に意識を取り戻した。取り戻して真っ先に、彼女は叫ぶ。
「——だれ!?」
と。
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