第182話 いなくなればいい

 勢いよく中央棟から飛び出したラフラ。


 周りの視線も気にせず彼女は女子寮へと向かって走る。


 本当は今すぐに自宅へ帰りたい気分だったが、自宅に帰れば父がいる。父に学校を無断で出たことがバレると、連鎖的にこれまでの悪事まで露見しかけねない。


 それを恐れて、あくまで女子寮に戻る。


「? ラフラお嬢様? どうかしましたか?」


 女子寮に帰ると、先に無理やり待機させていたメイドのシーラが、顔を歪ませる主人を見て首を傾げた。


 なにかあったのかと思ったが、彼女はそれに答えない。


 無言で寝室のベッドに顔を突っ込む。


「なんで! なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!! なんで、上手くいかないの!? ラフラの想いが、あんな人たちに負けてるはずないのに!!」


 金切り声で叫ぶラフラ。


 盛大なボリュームは、顔を埋めた枕のおかげで幾分かマシになる。けれど、彼女の憤りは増すばかりだった。


 見かねたメイドのシーラが、部屋に入って尋ねる。


「もしかして……また、マリウス様となにかあったんですか? あまり関わりすぎると、旦那様に怒られますよ、ラフラお嬢様……」


「うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!! あんたなんかに何がわかるの!? ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっと好きだったのに! 何年も前からずっと、ずっとマリウス様だけを見ていたのに! その想いが粉々にされて、黙ってろって言うの!?」


 とうとうラフラの瞳から大粒の涙がこぼれる。頬を伝い、ぽたぽたと虚しく布団の上に落ちた。


 彼女は、あの日、マリウスに助けられてからずっとマリウスのことだけを考えてきた。


 晴れの日も。曇りの日も。雨の日も。雪の日も。嵐の日も。ずっと、ずっとずっとマリウスにだけ焦がれた。


 一度絶望を味わった彼女が、こうして二つの足で立ち上がることができたのも、すべてマリウスのおかげだった。


 ラフラにとってマリウスとは、文字どおり太陽のような存在だ。太陽がなくてはもう何も見えない。


 今回の件で、ラフラは光を失った。世界を照らす光を。自分自身すら照らす光を。


 その喪失感は、彼女にしかわからぬほど深かった。


「嫌よ……嫌! マリウス様のいない人生なんて……ラフラにとって無価値。無意味で、ただひたすらに空虚なだけ……」


 マリウスだけを愛した。マリウスだけを見た。マリウスだけを考えた。他のすべてはおまけで、マリウス以外に興味もない。


 だが、そのマリウス本人がラフラから視線を外した。愛してくれなかった。見てくれなかった。考えてくれなかった。


 本当はしっかりラフラのことを見て、好意を向けて、考えてくれているのに……。


 いまの彼女には、それが判らない。無意識に自分は捨てられたのだと思い込んでしまった。


 ずるずる深みにはまる。底なしの沼に、自分の意思で堕ちていく。


 そんな主人の姿を見て、メイドのシーラは瞳を伏せた。


「ラフラお嬢様……」


 彼女とて、叶うならばラフラとマリウスが結ばれることを望んでいた。


 シーラにとってラフラは特別だ。今でこそ冷たく乱暴で癇癪持ちになったが、元々のラフラは他人を思いやれる少女だった。


 それを知ってるからこそ、シーラは痛いくらい心を傷つける。まるで自分のことのように。


 なにか方法はないのかと自問した。すべてが理想どおりの結果を得る方法がないのかと。


 しかし、ラフラが幸せになる道はもうない。それを自分の手で壊してしまったのだから。


 ——結局、そういう結論にいたる。


「なんでなんでなんでなんでなんで……。なんで、マリウス様はリリア王女殿下たちしか見てくれないの? あの女がいるから、ラフラを見てくれないの? あの女が、いなくなれば……」


 ぼそりと、シーラに聞こえないほど小さな声でラフラは呟いた。


 呟き、まともではない答えを得る。


「そうよ……。あの女たちがいなくなれば……マリウス様はラフラを見てくれる」


 くすくす、とラフラは小さく笑う。


 それが許されないことであると、いまの彼女は理解できなかった。


 常識も倫理観も捨て去り、ラフラは狂気の世界に足を踏み入れる。


 視界の隅で、棚の上に置いてあった鋏がきらりと夕陽を反射して輝いた。


 ああ……すべてが狂う。


 なにもかもを、自分の手で壊していく。正気すらも。


———————————————————————

あとがき。


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