第179話 私は正しいはずなのに

「な、なに……?」


 ある日の登校。


 彼女は、校内に足を踏み入れた瞬間に違和感に気付いた。


 ——周りからの視線が痛い。


 まるで、彼女を睨むように多くの生徒が見ていた。


 一体なんなのかとラフラは首を傾げる。


 だが、誰も話しかけてこないし、遠巻きにラフラを見ながらひそひそと話していた。


 一種の不気味さを感じた彼女は、取り合えず教室へ向かう。


「何なの……? ラフラになにかあるの?」


 言い知れぬ不安を抱きながらもクラスに入る。


 すると、またしても多くの生徒から視線を向けられた。その全てが、とても友好的なものには見えない。


 むしろ疎まれてさえいるように感じた。


 意味がわからない。


 軽い混乱を抱えるラフラは、彼らからの視線に耐えられず席を離れた。扉をくぐって再び廊下に出る。


 急いでトイレに駆け込むと、人がいないことを確認してから憤った。


「なんっ! なんなの、あれ!? なんでラフラがあんな目で見られないといけないの? そもそも、みんなラフラの味方じゃないの!? たった数日でもう人を嘘つき呼ばわり!? ありえない!!」


 そう。


 たまたまトイレに行くまえに聞こえた話では、すでにラフラが流した話は自作自演のものだったという事実が出ている。


 誰にもバレていないと思っていたのに、なぜこれほど早く?


 原因は明らかだ。


 リリアたちだろう。王族や高位貴族の令嬢たちが、彼女たちをよく知る人物へ件の噂はウソだと言って回ったに違いない。


 所詮ラフラは孤独な人間。いくら噂を流して悲劇のヒロインを気取ろうと、圧倒的に足りないものがあった。


 それは、交友関係と信頼。


 彼女は昔に何度もマリウス経由で問題を起こした。そのツケが、巡り巡っていまさらになってラフラへ襲いかかる。


 恐らく、そのとき別のことをしていたなどの証拠も一緒に出回っているのだろう。


 ラフラの証言は行き当たりばったりなものが多かった。


 しかし、でも、だからといって!


 こんなあっさり切られるとは思っていなかった。最初はみんな面白そうにラフラの味方をしたくせに。


 違うかもしれない、そんな思いで簡単に手のひらを覆す。


 所詮、ラフラの言葉を信じる人間なんて、最初からそれが面白いくらいにしか思っていなかったのだろう。


 王族が動き出せばすぐに身を引く。利口で、ずる賢い方法だ。


「クソクソクソクソクソ! あともう少し仲間を増やすことができたら、まだ、挽回のチャンスだって……。いや、むしろ」


 ぴたり、とそこで動きをとめるラフラ。


 いっそう邪悪に染まった表情で、彼女はふとある作戦を思いつく。


 切羽詰った人間が、ダメだとわかっていながらもやらずにはいられない、最悪の作戦を。


「ふふ、ふふふ……。そう、そうよ。そもそも全部リリア王女殿下のせいなんだから……。根本的に、彼女を潰さないと……ふひっ」


 完全に狂ってしまったラフラ。彼女はもう止まれない。


 追い込まれはじめ、すべては自分が正しい、証拠さえなければなんとでもなる、という思考のもと、行動をはじめる。


 まずは、リリアを呼び出すところから始めないといけない。




 ▼




「……これはまた、珍しいお客さんですね」


 リリアは、突如現れた女生徒を見て、目を細める。


 昼休み、トイレにいった彼女を待っていたのは、あまり会いたくなかった人物。


 ラフラ・バレンタインだ。


 どす黒く濁った瞳で、彼女はリリアを見つめながら言う。


「今日の放課後……少しだけ、話ができませんか? 王女殿下に、謝罪をしたくて」


「謝罪? マリウス様の件ですか?」


「はい……。ラフラの行いを、正式に謝罪します。しっかりと人のいる中央棟の階段上であなたを待ちます。どうか、来ていただけるとラフラは嬉しいです」


 それだけ言ってラフラはとぼとぼとその場をあとにする。


 その背中が見えなくなるまで見つめたあと、リリアは盛大にため息をついた。




「まったく……あからさまな罠ですね。どうやら、よほど追い詰められている様子」


 これならば、と彼女は笑う。


 軽やかな足取りで、リリアは教室に戻った。

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